魔王に愛される
この世界には魔王がいる。角を生やしてサキュバスのような色気と美貌を兼ね備えた女性型の亜人であるその魔王は、圧倒的なカリスマ性で数ある魔物を束ね、賢い頭で的確に指示を飛ばし、膨大な魔力で魔物やダンジョンを精製し、強力な肉体と魔法で挑んできた勇者たちを返り討ちにする。
敵う者など誰もいない。誰もがひれ伏し、恐怖する。
孤高にして最恐にして絶対の魔物。
魔物の王。
魔王。
そんな最上位種たる彼女が、唯一、心を許せる存在が……人間の夫であった。
「疲れたのじゃ……」
「お疲れ様」
魔王城最上階の寝室のベッドの上。魔王は横になって人間を抱きしめている。黒髪の羊を追いかけるのが似合いそうな素朴な青年。
この青年こそが、魔王の夫であった。
元は、勇者だった。仲間と共に城を登り、魔王である彼女を討伐しに来たのだ。彼女はその時も最恐だった。ゆえにパーティは壊滅した。しかし青年だけは生き延び、あろうことか魔王にトドメの一撃を喰らわす寸前まで追い詰めた。
だが、彼はそれをしなかった。
彼女に一目惚れをしたのだ。そして珍しいことに、魔王もまた、強く勇ましい彼に惚れてしまった。
こうして奇妙な巡り合わせをした二人は、夫婦として愛し合うようになった。
「今日は魔族会議に出席して、先月死亡した魔物たちも蘇生させて、登ってきた勇者の相手もしたのじゃ」
「それは大変だったね」
「全くじゃ。……でも、お主の事を抱きしめていると、どんな治癒魔法よりも疲れが癒される」
「ちょっと言い過ぎじゃない?」
「いいや。わしは真実しか言わん」
「はは。じゃあ、いくらでも抱きしめていいよ」
「そうか。では遠慮なく」
ぎゅうううう
「ああ……最高なのじゃ……」
「よかった」
彼女は青年を抱き枕のようにして、全身で抱きしめる。体温を感じられるその姿勢が彼女は堪らなく好きなようで、眠るときはいつも青年を抱きしめていた。
彼女は暫し青年を堪能する。
体温も、匂いも、柔らかさも。
愛しいものを構成する全てが彼女を癒していた。摂取すれば脳はたちまち幸せに満たされた。
それは劇薬のようなモノで、彼女は魔王であることを忘れ、恥も外見も捨て、更なる幸福を求める。
「頭を……撫でてくれぬか……?」
耳元でぼそりと呟いた。
「勿論いいよ。なでなで好きだもんね」
「そう言われると、子供みたいで恥ずかしいのお……」
「可愛いくて良いと思うけど」
「むぅ……。アレをされると、全身の力が抜けてふにゃふにゃになるのじゃ」
「怖い魔法みたい」
「怖い魔法なのじゃ」
そうして彼は注文通りに頭を撫でる。彼女は目を細めて嬉しそうに頭をすり寄せた。
「ああ、気持ちいいのじゃ」
「よかった。他にご注文は」
「名前。名前を呼ぶのじゃ」
「魔王様」
「お主の前では魔王などではない。一人の妻として扱え」
「ごめんごめん。イレリア。よく頑張ってるね」
「うむ……もっと褒めよ」
「イレリア。偉い、偉い」
「んん……死ぬのじゃ……」
なでなでを延々に繰り返す。
彼女は気付けば目を閉じている。
「ねむい?」
「……いや」
「ねよっか」
「……」
「おやすみ。イレリア」
「……うぬ」
こうして今日も彼女は眠りにつく。
その顔に浮かぶのは誰からも畏れられる冷酷な魔王の表情では無く、もっと穏やかで幸せそうな表情であった。
しかしそれは、夫である青年以外だれも見ることが出来ない。
彼だけが見ることを許された、無防備な魔王の表情であった。
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