警察が愛される
若い男は絶望する。
様々な種族が共に暮らす大きなこの街で警察の職に就いているその男は、急な要請を受けてとある廃墟へと足を運んだ。
そこで、地獄を見た。
天井に空いた穴から降り注ぐ陽光に照らされながら、地面に描かれた魔法陣の上をなぞるようにして、竜人の子の生首が幾つも並べられていた。
明らかに何かしらの儀式が行われた形跡であった。竜人族は神獣たる竜と人間の混血のために特別な力を持っていると思う者が未だに多く、度々こうした惨い事件に巻き込まれる。今回生贄にされたのは、近頃行方不明になり警察が必死に捜索していた子供たちで、周囲に転がっていた頭部のない血まみれの胴体からそのことが特定された。
犯人の姿は無かった。男が他の警察と共に現場に到着したときには既に逃げた後だった。残されていたのは、子供たちの遺体だけ。
彼ら彼女らがそれぞれ浮かべる恐怖の表情を見て、命が奪われる瞬間はどれほど怖かった事だろうと想像し、男は立ったまま静かに涙を流した。同時に、事件を未然に防ぐことが出来なかった自分に腸が煮えくり返るような怒りを覚えた。
悲しみと怒りが心の中でごちゃ混ぜになって、男はうんと最低な気分だった。
「ただいま」
「おかえり~」
玄関の扉を開けると、リビングにいた妻が間延びした声で出迎えた。
家に帰った男は、努めて普段通りを装った。仕事のことを家に持ち込まないというのが彼の主義であった。そのためにいつものように手を洗い、いつものように着替え、いつもの表情でいつも通りソファに座る彼女の隣に腰かけた。
「今日暖かったよねー?」
「ああ」
「もう夕飯食べてきたんだっけ?」
「ああ」
「疲れた?」
「ああ」
他愛もない会話。
平静に、冷静に。
本当は何かを壊したいような叫びたいような言葉にならない衝動が心でぐるぐると滞留していたが、そんなことはおくびにも出さない。彼女に迷惑をかけるわけにはかない。
だが妻には、男の心中などお見通しであった。
「もう、しょうがないなぁ……」
妻はため息を吐くように呟くと、
ぎゅう~っ
と男の身体を優しく抱きしめた。
「急に、なんだ」
「いつも言ってるよね。辛い事とか悲しい事があったら私に言えって」
「……特に何もないが」
「あっそ」
妻は素直にならない男を責めるように、抱きしめる力を強くした。
「バレバレだから」
「……そうなのか」
「何年一緒にいると思ってるのよ」
「……」
それから暫く男は抱きしめられていたが、やがて男の方から心に溜まった感情をぶつけるように妻の身体を強く抱きしめ返した。
妻は黙って男の背中を軽く撫でていた。
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