一級冒険者に愛される

幾多の種族が共に生活を営む街、ウェステル。この街は、モンスターの素材や鉱物など沢山の素材が手に入るダンジョンのすぐ近くに位置しており、冒険者や加工屋や雑貨屋や宿屋や金貸し屋など様々な職業が発展し、沢山の来訪者と住人で賑わっていた。

そんな街のやや東の方にある噴水広場。時刻は昼下がり。一人の青年が噴水の横に立ち、恋人を待っていた。

帽子を目深に被ったその青年はヒューマンである。青年は時折きょろきょろと辺りを見渡しているが、予定時刻を過ぎても恋人はまだ来ない。

まあ、そのうち来るだろう。

と、のんびりした性格の青年は大して気に留めることも無く、やがてポーチから小型の書物を取り出すと、立ったまま目を通し始めた。

そのままゆったりと時が流れる。

ふと。


「お兄さん、一人?」


声をかけてくる者がいた。書物に集中していた青年が反射的に顔を上げると、いかにもやんちゃをしていそうなリザードマンの若い三人組が青年の前に立っていた。彼らは矢継ぎ早に話しかけてくる。



「お兄さん、ヒューマンだろ? 俺たちと一緒に遊ぼうぜ」

「いえ。待ち合わせをしているので」

「いいじゃんかよ。俺たちと遊んだほうが絶対楽しいって。ほら、最高にハイになれる薬もある」

「興味ないです」

「釣れねーな。俺たちと来れば一日中楽しくしてやるし、なんなら夜だって最高に気持ち良い思いさせてやるって言ってんだぜ。こんな経験絶対できねえって」

「ほんとに、大丈夫です」


青年は頑なに拒否する姿勢を見せるが、それでもリザードマンたちはしつこく誘ってくる。

いわゆる、ナンパである。

この街において、ヒューマンは非常にモテるのだ。なんでも異種族にとってヒューマンの顔は童顔で可愛らしく映るようで、おまけに力も最弱な種族なだけに彼ら彼女らの庇護欲をそそり、ヒューマンは男女関係なく異種族に人気だった。だがそれ故に悪い噂も多い。夜中のウェステルには人攫いが出るだとか、反撃できない事をいいことにパートナーのヒューマンに暴行を働くだとか、どっかの貴族はヒューマンを好んで奴隷にしているだとか。ましてや青年には恋人がいる。だからこそ顔が隠れるように帽子を深くかぶっていたのだが、体温を見分けるリザードマンにはバレてしまった。

さて、どうしたものか。青年は悩む。強引な手段で迫られればヒューマンの青年に為す術はなく、かといって周りに助けを求めても面倒ごとは御免だとばかりに無視される事が目に見えている。考えている間にもリザードマンたちは逃げられないようにじわじわと距離を詰めてきて、やがてそのうちの一匹に腕を掴まれかけた、その瞬間、


「何をやってるんだ?」


横から威圧感のある低音の響きを伴った声がした。青年が顔を向けるとそこに立っていたのは、背が高く大柄で筋肉質な獣人の女性で、つまり彼の恋人であった。彼女は表情こそリザードマンたちを見定めるような冷静なものであったが、頭に生えた二つの耳は前に折れ、フサフサの尻尾が天に向かって直線的に上がっていることから、相当に怒りを滲ませていることが恋人の青年には伺えた。

それを知ってか知らずか、リザードマンが陽気に話しかける。


「おお、誰かと思えば、一級冒険者様のガルムじゃねえか。運が良いな。今からこのヒューマンを家に連れ込んでパーティしようと思ってるんだが、お前さんもどうだ?」

「腕を離せ」

「お前も好きだろヒューマン。パーティの参加代は少々お高めだがお前さんにとってh」

「聞こえなかったのか? 腕を離せと言ったんだ下衆が」

「おいおいおい。なんでそんなに怒ってるんだ。俺はあんたをパーティに招待してるだけだぜ。気に障るようなことを言ってないだろ」

「私はそいつの恋人だ。そしてこれが最後の通告だ。腕を離せ。さもないと腕をへし折る」


彼女の怒りを孕んだ言葉と殺気の籠った視線に気圧されてリザードマンはゆっくりと腕を離した。そうしてリザードマンたちはお互いに顔を見合わせると、次にはまるで示し合わせたかのようにげらげらと笑い始めた。


「恋人だってよ。あひゃひゃひゃひゃひゃ。こいつは傑作だぁ! 仲間殺しで人殺しで狂人と名高い最低最悪の冒険者ガルムがヒューマンの恋人だとよぉ!!」

「最高のジョークだなぁこりゃ! なぁヒューマン、お前は知ってんのか?? こいつが世話になったヒューマンの集落を襲って一夜の内に一人残らず頭をぶっ潰したこととか、ダンジョンに一緒に潜った仲間を全員殺したこととかよぉ!」

「うひゃうひゃうひゃ。お前も見る目がねぇ~な~。よりにもよってガルムを恋人にするなんてなぁ! 嗚呼、可哀想に!!」


ドウォンッッ!!


「「「ひぃっっ!?」」」


リザードマンたちが口々に好き勝手言い始めたのを、彼女は地面を殴り拳が埋まるほどの穴を開けることで黙らせた。


「失せろっっ」


彼女が歯を剥き出しにし、怒りの咆哮を上げた。その言葉は広場にいた全員の体内を稲妻のように駆け抜け、振動し、恐怖心を強制的に呼び起こした。間近にいたリザードマンたちは堪らない。すっかり怯えた彼らは、広場から転がり出るようにして逃げて行った。他の利用者も広場を後にした。

残ったのは、青年と彼女だけだった。




それから二人は手を繋いで、店の並ぶ通りを歩いていた。


「さっきは助けてくれてありがとう」

「気にするな。むしろすまなかった、私が遅れたせいで」

「いや。換金所が混んでるのはいつもの事だしね。しょうがないよ」


彼女は先日ダンジョンで獲ってきたモンスターの素材を査定してもらっていて、それが済んだので受け取りに行っていたらしかった。


「それにもう一つ謝らなければいけないことがある。私の恋人であったばかりに、君がいらぬ罵声を受けた。本当にすまなかった」

「謝らないで良いって。あいつらの言ったことなんて全然気にしてないよ」

「だが」

「ガルムこそ大丈夫? あいつらに酷いこと言われさ」

「……大丈夫だ。私はもう慣れている」


返答までに少し間があったことに青年はしっかり気付いている。


「僕はさ。ガルムの噂が誤解されたまま広がっていることを、知ってる」

「……」

「ガルムが、僕の故郷の村の人たちを殺さなければいけなかったのは、植物型のモンスターのせいでみんなの中に埋め込まれた種が一晩で一斉に発芽して、もう殺してあげる以外で救える手段が無かったからだし。ダンジョンの仲間を殺したのだって、実際は、もう死んでいた仲間がゾンビになってしまったところを、再び殺したんだって、分かってる」

「あぁ……」

「それに、ガルムはすごく優しくて、僕が病気になったら“大丈夫だから”って言っても付きっ切りで看病してくれるし、つらいことがあったら慰めてくれるし、楽しいことがあったら一緒に笑ってくれる。僕はそんなガルムが大好きで、だからどんな時でも味方だからね」


そう言って青年は背の高い彼女と視線を合わせてにこりと笑った。

彼女は、目を見開いた。

そして無言のまま彼の手を引いて人目の無い路地裏に連れ込むと、ぎゅっと抱きしめた。青年の身体が大きな彼女の身体に包まれる。


「うぇっ!? ガルムっ。急に、どうしたのっ!?」

「ルカ……ルカ……。好きだ。大好きだ。心から愛している」

「うん。僕も愛しているよ。ガルム」

「ルカ……っ」


どうやら彼女は、彼から愛情を向けられて堪らなくなったようだった。彼女は蕩けた表情をして、尻尾をぶんぶんと横に振った。

二人はそのまま暫し抱き合っていたが、やがて青年の腹が鳴ってお互いに身体を離した。

彼は恥ずかしそうに顔を赤くし、彼女は愛おしそうに微笑んでいた。


「ごめん。お腹減っちゃった」

「可愛い腹の虫だ。……よし。昼飯を食べに行こう」


そう言って二人は硬く手を繋ぎ、再び雑踏へと消えた。

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