第三話「わたしの未来はこれから?」

「選択肢は……優先順位の問題になる。方向性の違い。三つの選択肢がある」


 もちろん落ちついた声色は正面に座るひと。手のひらを組んだ常務理事だ。

この大学病院の母体になる組織に派遣された。病院長より上の立場らしいよ。


「まずは選択してもらいたくない提案になる。資格手当と昇任による職能給。

もちろん院内最年少の出世になる。やっかみと嫌がらせ。問題は予想できる」


 双眸が全開で思わずあわあわと叫びそう。手のひらで口元を抑えて震えた。


「配置を変えることは割とかんたん。職権乱用でもなく適材適所の意味でね。

医療法人に属する老人保健施設。特別養護老人ホーム。相談センターもある」


 結局のところおんなじ女だけの職場。最年少で有資格者として配属される。

学歴社会の派閥争い。デカい身体で体育会系高卒おバカ。やっていけるのか。



 ちょっと待ってよ。最初になんていった? 三つの道があるとかなんとか。

いきなり進路二つも消えちゃってないかな。介護のお仕事転職不可能じゃん。


 無理ムリできない。改めて正面に座る常務理事の全身くまなく眺めてみる。

ゆうこりんから聴いたイメージ。そのままでも違う意味の恐ろしさは感じた。


 日本人離れした濃い顔立ち。黒髪を整えた優男。見たことない手足の長さ。

体育会系じゃない細さで2メートルの身長。アジア系ハリウッドスターかよ。


 白衣の生地誂えがわたしたちとは別もの。下の三つ揃えスーツも凄い質感。

傍らほほ笑む美人秘書と雰囲気がそっくり。距離感の近さは血縁関係だろう。


 名前が聴いてビックリの尾田優次さん。まんま同じ読みの俳優いるじゃん。

お互いの本名が他人事に思えない。名は体を表す新田ユリの妹はエリちゃん。



 現在の坂道系グループ。元祖になる夕方アイドルのオーディション番組だ。

一番人気の可愛い系女子が妹と同姓同名だ。外見でエリちゃんは負けてない。


 ふわふわロングの黒髪。顔から全身ちっちゃい。外出しないガリガリ白肌。

自閉だからあんま話さないけど半端ない集中力だ。器用な手先は天才クラス。


「すみません。いろいろと考えてやっと理解しました。わたしには無理です」


 ちょっとだけ頭を下げながらやわらかな声で伝える。進路が退職しかない。

周囲に可愛がられる環境下。人間関係は悪くないのに。金銭待遇も問題ない。



「理解早いのは助かる。想定より優秀かもしれない。忍くんの読みどおり?」


 眉目を細め常務を下からにらみつけた美女。シニカルに口元を上げて笑う。


「おにいさま余計なお世話です。挨拶もできずに初対面放置でヒドい仕打ち。

挨拶遅れてごめんなさい。信長の織田名字でシノブ。以後お見知りおきを!」


 整えた顔をこちらに向けると頭を下げながら謝罪する。兄妹じゃないよね?


「もしかしてお二人はご兄妹ですか。こちらこそ失礼しました新田ユリです」


「ちゃうちゃうちゃう。チャウチャウちゃうんちゃうってネタじゃないけど。

一応表向きに常務の従妹なんだよ。あんたと同い年だからため口でよろしく」


 一見するとおしとやかなお姫様だ。そんな外見だけど完璧すぎる関西訛り。

わたしの河内言葉とちょっぴり違う。京都に生まれたお嬢さまかもしんない。



「じゃあこっからは遠慮抜きの本心でいきます。ケアマネの登録まだですが。

ぶっちゃけ資格証だすとヤバいかな。経験値アップしていい人ばっかだけど」


「あんたも聴いたんだろうけど。前の院長と周囲までマジでヤバかったんだ。

優子さんとあんたたち姉妹は身内だからあれだけど。いろんな裏があんのよ。

ハニートラップに半島と大陸の関係者。かなり裏で調査して一挙の摘発だよ」


 シノブが話す言葉。その真意はなんとなくしかわからない。関係ないから。


「そっちは本題じゃない。この総合病院は地域医療で中心にくる重要拠点だ。

ウイルスの脅威を踏まえた対策上で医学的な観点になる。大学は研究メイン。

目指す道が違うんだよ。医療と密接に関係する介護じゃない。そうだよね?」


 難しい内容でも幼子に語りかけるようなイケボが響く。耳にすると幸せだ。



「はい先生っ。わたしの人生。流されただけのように見えるかもしれません。

それでも悔いるような過去はない。むしろ最速の環境づくりに成功しました」


「ここ学校じゃない……てかあんた。母親なくしてバレーボール捨てたよね。

父親なくして家も失う。妹を制度に任せて別居。従姉の補佐に転職だっけ?」


「バレーボールは学費免除で誘われたの。プロで稼げるほど素養もないから。

妹は軽度だけど自閉傾向ある知的障がい。幸せを目指して勉強を始めたんだ。

高校生活と並行する移動支援のヘルパー。介護福祉士卒業で5年の実務経験」


 そう恐らくだけど最短で準備を終えた。次は目標に近づく行動力なんだよ。


「ほら忍くん。彼女は一見おバカな振りして物語にいる賢いヒロインなんだ」


 やりたいことをやりたいようにやった。ヒロインじゃないよ勇者だからね。

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