第12話 そこは海賊たちの楽園

 馬の脚を持つ女性が、警戒心の強い目つきでこちらを睨んでくる。明らかに歓迎ムードじゃない。


「えっと、俺たちはただ安全な場所を少し借りたいだけなんだ。別に争う意思は……」

「関係ないわ。招かれざる者は疾く去りなさい。口でわからないなら、実力行使に出ます」

「っ!」


 女性がグンッと脚をたわませて前のめりの姿勢になり、そのままこちらへ突撃してきた。速い、またもや反応が間に合わない。


「させないわよ!」

「カナ!」


 同等かそれ以上の速度でカナが動く。振り抜かれた回し蹴りに対し、突き出された拳でそれを受け止めた。


 静かな衝撃音が周囲を揺らす。


 素早く後ろに跳んで下がる女性を、カナもまた追撃しない。よくわからないが、互いの実力を今の一合で理解したのだろうか。


「アンタ、なかなか練り上げられた魔力ね。その海の魔力から察するに、 "アッハ・イシュカ" ―――海霊ケルピーね?」

「そういう貴女こそこの気配……。まさか……」

「ほらほらルナ、そこまでにしておきなあ。客人をビビらせるもんじゃあねえぜ?」


 なにかに気づいたように驚く女性を宥める、聞き覚えのある声。


 振り向くとそこには、なぜかずぶ濡れの金髪イケメン、牢屋で俺を助けてくれた青年シンが屈託はないが胡散臭い笑顔を浮かべていた。


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 現れたシンに案内されて、俺たち三人が連れて行かれたのは、謎の空間の中でも七つの巨柱を除けば最も目立つ建物だった。


 どう形容すればいいのかわからないが、強いて言うならその建物は巨大な黄金のピラミッドだった。エジプトでもあるまいし、この世界で墓の意味を持つわけではないだろう。どうして家をわざわざこの形に……?


 ピラミッドの中は外からは想像もできないくらい広かった。それに造りはなんというかこう言うとおかしいけど、やけに現代的だ。


 応接室のような部屋でめちゃくちゃふかふかなソファに座らされた。


「でぇ? しっかり無事に辿り着けたみてえだなぁ兄弟。クソ領主も無事に倒せたみたいだし、何よりだ! ここは海賊の楽園、ゆっくりしていってくれや」

「シン…おまえ、あの領主の力とか知ってやがったな」

「あっはっは! もちろんさ!」


 こいつめ。こっちはおかげで死にかけたんだぞ。


「それになあ、お前さんには海神サマの加護があるのが見えたからよ。海賊としては勝つって確信がなけりゃチップは乗せねえよ」

「海神の、加護……」

「人の正体を勝手にばらさないでもらえるかしら。そういうアンタこそ自分の素顔晒したらどうなの?」


 シンの言葉を遮るようにして、カナが声を上げる。いや待ってくれ人の正体って。カナの……? デカいクラーケンのお姫さまじゃないのか?


「相変わらず失礼なことを考えているわねマモル!?」

「いや事実だろ」

「あっはっは! 愉快だなあ、お前さんら。つか、ホントに正体知らねえんだな兄弟。そこにいる方こそ、この海を統べる大いなる神。海の魔神さまなのさ」


 海の、魔神。カナが。


「はあ……。もう少し知らないでいて欲しかったのだけれど。そうそう、アタシこそが海の魔神。海の姫というのもホントだけれどねっ」

「神さま、なのか。ならあの領主みたいな神の使徒ってのは」

「あんなのを一緒にしないで欲しいのだわ、マモル! アタシは……っ!」


 珍しく声を荒げたカナに驚く。その顔は今まで見たことがないほどの怒りと悲しみに満ちていた。どうやら触れられたくない類の話らしい。


「……まあ、稀人たる兄弟にはわからんだろうさ。ロクに説明もしてないんだろう?」

「うるさいのよ、どいつもこいつも!!!」

「あっ、待てよカナ!」


 目じりに涙を浮かべて走り去っていくカナを追いかけようとして、ずっと黙っていたトワに学ランの裾を掴んで止められた。


「今は待つ、の。放っておく方が良い時もある、の」

「だけど…」

「今はわたしの傍にいるといい、の」


 ここぞとばかりにギュッと抱きついてくるトワ。なぜかいつも以上に距離が近い気がするんだが。


「ひとまず、この場所を案内させてくれ兄弟。ルナ以外のオンナも紹介したいからよ」

「ルナ……さんはおまえの恋人なのか、シン?」

「貴方、シン様におまえ呼ばわりだなんて!」

「いいんだいいんだ。にしても兄弟、その手の質問はちょいと無遠慮過ぎないかい? まあ、そこが面白いところなんだが。そうさあ、ルナは俺の愛人さ」


 愛人て。恋人よりもややこしい関係なんじゃないか? どう接するのが正解なんだよ。


 俺の心中も知らずに、シンはにやっと悪戯っ子のように笑うと、そのままこの空間の案内をするべく俺を連れ出した。トワは疲れたらしく応接室で待っているとのことだった。


 シンとルナに連れられてピラミッドの外に出て街並みを眺めながら歩いていると、いくつかシンについてわかったことがある。


 まず一つ。


「キャー! シンさまー!」

「こっちを向いてくださーい!」

「今日も色男だな、あんちゃんは!」

「美味いもの仕入れてるから、後で来いよな〜」


 街を練り歩くシンに掛けられる様々な声援は、彼がいかに人気者で慕われているのかを知るには充分だった。男女問わず誰もかれもが笑顔だ。それに、先の港町以上に人間以外の多種族で溢れかえっている。


「凄い活気だな」

「もちろんさあ。なんたって俺の街だからよぉ。気に入ってくれたかい、兄弟」

「まあな。てか、色んな種族がいるけど、これって普通なのか? あの領主のいた港町にもそれなりの数がいたけど」

「ん? ぁー……そういや、兄弟はこの世界の人間じゃねえんだっけか」


 なんだと。どうして、それを知ってるんだこいつ。話してないぞ。


「不思議そうな顔だが、まあお前さんの魂の色がこの世界の奴らとは明らかに違うからなあ。一目でわかったぜえ?」

「魂の色……」

「ま、そこら辺も含めて飯でも食べながら話そう」


 案内されて到着したのは大きな洋食屋だった。ここでも様々な種族が同じ食卓を囲んでいる。奥の一席に座ってシンが勝手に頼んだ料理が並ぶのを待ってから、改めて俺は自分のことをシンに話し始めた。


 神とやらにこの世界に召喚されてカナに助けられたこと、船の精霊を名乗るトワと出会い、海賊と戦って咲を助けた後であの港町で領主と一戦交える羽目に陥ったこと。そして、行方不明のクラスメイトたちを探し出して元の世界に帰りたいということを一通り説明した。


 自分で言っていてなんだが、ホントこの状況意味がわからないな。


「なぁるほどなあ。おおよそ状況は分かったぜえ」

「それで、俺のクラスメイトたちの居場所に心当たりとかないか?」

「ん~、実際どうかは知らねえが……。ここから南南東の方にある大陸ですげえ強い人間が軍に加わったらしくてなあ。隣国との戦争が始まるんじゃねえかっていう噂だぜい?」


 凄く強い人間……。もし、それが俺のようにジョブやらスキルやらを神から与えられたクラスメイトだとしたら、確かめないわけにはいかない。


「その話もっと詳しく―――」

「シン様、来ます」


 詳細を問いただそうとした瞬間、ルナが警告を発する。


 爆発音が入り江の方から轟いた。

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