第11話 入り江の隠れ家

 カナを連れて客船に戻った俺は、トワに頼んで客船を急いで発進させた。


 はぐれたままの咲が気になるが追手が来ないとも限らないし、すぐに街を離れた方がいい。咲の強さならそこまで危険はないだろうし。あとはどこか身を隠せるところがあればいいんだが。


「マスター。何か光っている、の」

「これって……」


 トワに言われてシンからもらった羅針盤コンパスが光っていることに気付く。確か望む場所へ連れて行ってくれるんだったな。なら、今はこれに従うのが一番良さそうだ。


「トワ。この光のラインが指し示す方向に向かってくれ」

「了解、なの」

「ん……」

「目を覚ましたかカナ!」


 舵を取って動き出した客船の揺れに反応したのか、爆睡していたカナが目を覚ました。軽く頭を振ってはいるがやはり無事らしい。アレックスの攻撃が突き刺さったように見えたのに不思議だ。なんにせよ良かった。


「おはよう、マモル! あら、どこかに向かっているのかしら?」

「ああ。とりあえず逃げているところだな。場所は知らないんだけど、こいつが道を教えてくれてるんだ」

「ふうん…? あら、それって〈グリードパス〉じゃない! どこで手に入れたの? すっごく貴重な物よ!」


 マジかよ。見るからに高そうだとは思っていたけど、カナが驚くほどなのか。シンのやつ本当に良かったのか? 今さら返せって言われても嫌だぞ。


『そろそろ着きそう、なの。マスター、準備をする、の』

「わかった。さて…どんな場所かな、こいつが指し示した場所は」


 正直に言って、性能は理解したけど不安は残る。そもそもが貰い物でもあることだし。


「あ、そうだ。マモル!」

「どうした?」


 カナが突然思い出したといった様子で振り返った。心底嬉しそうな表情で、目を細めてにゃははと笑っている。どうしたのだろう。


「さっきは守ってくれてありがとうね!」

「さっき……? ああ、館での。気にすんなよ、あの時はかーっとなってブチギレただけだし」

「アタシが攻撃されて怒ってくれたってことよね? とっても嬉しいのだわ! それだけ!」

「そ、そっか」


 そんなことを面と向かって言われると流石に照れてしまう。相手がカナみたいに見た目が美少女な子からだとすれば尚更だ。中身がクラーケンだとしても悪い気は全然しない。


 そういえば……あの時の俺の攻撃を受けてアレックスはどうなったんだろうか。まさか死んではいないと思うんだが、あれで諦めてくれる雰囲気でもなかったしな……。


「マスター。ぼーっとしない、で。船はもう入り江につけた、の。ここからは徒歩、なの。船の近くならわたしも一緒に行ける、から」


 俺とカナの間に割って入るようにしてトワが急に現れる。船との同化を解いた直後らしく少し疲れた顔をしている。


 少し慣れ始めていたが、こんなでかい船を動かすのは結構な負担のはず。俺なんかに労うことなんてできはしないが、少しでも感謝を示そうと、トワの小さな頭をわしゃわしゃと撫でた。


「いつもありがとうな、トワ」

「………!」


 あれ? 子ども扱いされてるとか思って怒ってしまっただろうか。気になって顔を覗き込むと、


「んんっ!?」


 都合三度目となる、柔らかい唇が触れる感触。相も変わらず小さな体にそぐわぬ膂力で抱きしめられて逃れられない。さすがに慣れてきたせいで驚きより動揺が勝る。相手が幼女の姿をしていようと意識しないのは無理だ。


 てかぽんぽんキスしすぎだろ……!


「ちょ、ちょっと! なにこんな時にキスなんてしちゃってるのよ二人とも! はーなーれーなーさーい!!」


 それを見たカナによって強引に引き剥がされるも、トワは涼しい顔で名残惜しそうに舌なめずりをしている。


 止められなかったらずっとそのままだったんじゃないかと思うレベルでトワにがっちりホールドされていたから助かった……。


「諦めろ怪物女。これは完全なる私の勝利。マスターは私のもの、なの」

「ふざけないでよね。いつからマモルがアンタのものになったのよっ」

「だから喧嘩するなって。ほら、道はここから中に続いているみたいだし、行ってみようぜ」


 いがみ合う二人を宥めつつ、薄暗い入り江を進む。岩肌に囲まれた細い通路のような道だが、明らかに人の手が入っている感じだ。ある程度舗装されていて歩くのに支障はない。ただ……。


「やけに寒いな」

「うーん、これは……」

「マスター。気を付ける、の。この先に強力な魔力の反応がある、の」


 魔力? なんだかよくわからんが警戒しておいた方がいいか。


 念のためアーティファクト〈マリステラ〉を右手に握りしめながら道を歩き続けると妙な扉を見つけた。七つの円環と巨大な魚のようなレリーフの施された古めかしい扉だ。


 他に進める道もなし。覚悟を決めて押し開けたその重たい戸の先に広がっていたのは、あまりに予想外な光景だった。


 自然に流れ込んだのであろう海水によって形成されたちょっとした広さの湖。そこに停泊している数多の船々と、それらを煌々と照らす街灯まちあかり。だが最も目を引くのはそこではなく。


「なんだここ……!?」


 謎の空間を貫くようにして屹立する七つの巨大な柱上の槍。様々な色に染められたその巨柱は否が応でも目立つ。


「あー、そういうことね。思い出したわ。ここって―――」

「要警戒。なにか来る、の、マスター」


 思い出したことでもあるのか手をポンと鳴らすカナ。俺を庇うように前に出るトワ。そこに俺の反応は間に合わない。


 近くの建物から飛び降りた人影がその衝撃で巨大なクレーターを地面に穿った。


 肉付きのいい丸みの帯びたシルエットから女性とわかる。着ているのも薄青色の女性もののドレスだ。だが、人間の女性とは決定的に違う部位が一つだけある。


 ドレスの裾からのぞくのは太く力強い筋肉質の脚部で、とある動物のソレに酷似しているのだ。


「馬の脚……!? 」

「疾く去りなさい、招かれざる者たち。ここは何人にも侵すことのできない “楽園” なのよ」


 満月を思わせる薄橙うすだいだい色の瞳に強い意志を見せて、その馬脚の女性は俺たちの前に敢然と立ちはだかった。

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