第10話 覚醒するノーティラス

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 領主の館から数キロ離れた港の停泊場にて。


「マモル……!」

「怪物女。マスターに、何かあった、の」


 停泊している豪華客船の艦橋ブリッジにて、カナとトワは同時にその異変に気づいて顔を見合わせた。


 街に行ったきり思念波を送っても反応がなかったのに、急にマモルの強い魔力を二人とも感じたのだ。


「ダメ……、彼はまだ未完なのに!」

「未完? 教えろ、怪物女。お前マスターのことをどこまで知っている、の?」

「今それをアンタに話している余裕はないのよ。アタシも出るわ!」

「あっ。待つ、の……!」


 船から飛び出したカナを追おうとするトワだったが、船の内側にもう一つの大きな魔力反応を感じた。


 かと思えば、急速に船から離れていく。自らの意思を持つかのように、マモルの魔力の方へ飛んでいったようだ。


「アーティファクト、が……? マスターに、反応した、の…?」


 何が起こっているのだろうと首を傾げるトワだった。


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 領主館の庭園にて。


 美麗な花園も精緻な彫刻も整備の行き届いた園路も、全て破壊の渦に巻き込みながら、俺とアレックスは互いの武器をぶつけ合っていた。


 俺の元に飛来したアーティファクト〈マリステラ〉は抜群の切れ味だ。アレックスの武器が放つオーラの弾丸を完全に抑えている。だけどこれだけじゃジリ貧なのも事実。どうにかして懐に飛び込まないと。


「諦めが悪いぞ、不敬なる異邦人。だが、いつまでもつかな?」

「くっ」


 【信仰器官】とかいったか。なんでも、名前には意味があるはずだ。神への信仰が力となっているのだとしたら、そこを崩せばあるいは。


「考え事など余裕のつもりかい!」


 叩き込まれた拳をかわしつつ、言葉を紡ぐ。


「違えよ。ただお前の信じる神って、悪事すら認めるようなやつなのかと思ってさ」

「なんだと?」


 お、食いついてきた。


 その間も放たれるパンチを刃で受け止め、会話を続ける。


「だって人間を守るのが神さまだろ? なのに、こんな無法地帯を放っておくなんておかしいじゃないか」

「見解の相違だね。全てを赦すのが神だとも」


 確かに、それだけ強い力を持つならそれは神と呼べる存在なのだろう。だけど俺にはどうしても認められない。


「そういや、悲しいことはぜんぶ神さまの思し召しだって言われたこともあったけどさ。けどふざけんなよ。悲しいこと全部神さまに頼って誤魔化してんじゃねーぞ!!」

「くっ……!?」


 自分でも理解できない感情の高まりに従って迸る魔力を流し込んだ〈マリステラ〉の刃がドクンと脈打ち、アレックスの拳を弾いた。


 俺の気持ちに反応したのか? それとも言葉による信仰への攻撃が成功した?


「なんでもいいさ。力を貸しやがれ!」


 天を突かんばかりに伸びた魔力の光が長大な刃と化す。爆発的に増した威力でもって、アレックスを一気に突き放した。


 それだけに留まらず、俺自身の体中から湧き出る魔力の昂りを抑えられない。いや、どうしたらいいんだこれ。


「マモル、大丈夫!?」


 声の方を振り向くと、どうやって駆けつけたのか、真紅のドレスを纏った銀髪の美少女―――カナが心配そうな表情でそこにいた。


「よかった、無事だったんだなカナ。ちょっと魔力を抑えられないけど、俺もそこそこ大丈夫だぜ」

「大丈夫じゃないわよバカ!? そう、ジョブクラスが覚醒したのね……。急だけれど仕方ない、今ここで使いこなしなさい!」


 そんなこと言われても困るが、使いこなせないとマズそうなのもわかる。


「……これは驚いた。まさかそんなモノとつるんでいるとは。本気で神の意を見せねばならないようだ」

「この神力、やっぱり神の使徒ね。どうしてこんなのと戦っているのよマモル」


 そんなこと言われても知らない。今はただ目の前のコイツを倒して船に戻る。それだけを考えて、意識を集中。


「諦めたか。ではそこの化物共々、駆逐してやろう。【信仰ノ裁き】!」


 オーラの光が再び瞬き、周囲を鳴動させる振動が不快な響きとなり轟く。気づいた時には、一足飛びに踏み込んできたアレックスがスローモーションのように眼前に迫っていた。反応が間に合わない…!


「っ、ダメぇええええ!」

「カナ!?」


 突然俺の前に飛び出してきたカナ。彼女の胴に深々と突き刺さるアレックスの拳。血飛沫などは上がらなかった。ただ、ただ、カナがゆっくりと崩れ落ちていって。


「ぉ、おおおおおおおおおおおお!!!!」


 ぷつんと何かがキレた。視界が歪み周囲から音と光が消えうせる。全身の血液と神経を、一層激しくなった魔力の爆発が上書きする感覚。


 脳内に流れ込んできた呪文のような言葉の羅列を、意味も分からず唱える。


「“均衡を破る三叉炉心が一つを呼び起こす。我求めるは、あらゆる障害を乗り越えて切り拓く為の力。顕現せしは森羅に届くいしゆみ”!」


 体の奥底から無尽蔵に湧き出てくる魔力を、アレックスへの怒りに任せて眼前で練り上げる。可視化されたエネルギーが光のラインとなって描き出すのは錨の紋章だ。


「君は本当にヒトか…? その密度と量の魔力…、よもや亜神でもなければ……!」

「知らねえよ。さっさと道を開けやがれ!!」


 ありったけの魔力を注いで、臨界状態を迎えた〈マリステラ〉の切っ先を紋章へ掲げる。先端が姿を変えて巨大な銛のような形状の銃口へ。


 それは人の手には余るサイズな上に、拳銃ともボウガンともつかないフォルムだった。


「障害を砕け、〈トリアイナ〉ッ!」


 トリガーを引き絞って解き放った蒼く透き通る魔力光の砲撃が、アレックスとその背後の屋敷を丸ごと呑み込んで薙ぎ払った。


 息を呑むほどの破壊力に思わず正気に返ってカナの無事を確かめると、当の本人は平気そうな顔ですやすやと気絶している。


 不思議なことに特に傷を負っている様子もない。俺は安心して、カナを連れて急ぎその場を後にすることにした。

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