第13話 モブキャラとメインヒロイン

 いやいやいやいやいや、あかん。マジでこれはあかん。早く退散しないと……!

「すんません、俺まだ訪問しなきゃいけない家があって。この隣の部屋の奴とか絶対受信料払ってないんで」

「え。いや待ってって。もしかして、照れてる? ずっと顔隠してたし……うん、てかさ、ごめん。ダメだよね、助けてもらったんだから、ちゃんとお礼しないと」

 黒木屋さんは居住まいを正し、神妙な顔で頭を下げて、

「ありがとうございました。本当に助かりました。だから、お礼させてほしいな、清君?」

「いやいやいや別にあれだから。家の前で騒いでる男がうるさくてムカついただけだから」

「でも、その前に部室に飛び込んできたのも君だよね? あれも助けてくれたつもりだったんでしょ?」

「うぐっ……」

 そりゃそっか。こうなっちまったからには、さすがに同一人物なことくらいバレバレだよな……。

「まぁ、あの件に関しては、清君が何か勘違いしてるっぽいんだけどね」

「は? 勘違い……って、あの先輩のことに関してか?」

「うん。そだ、それについて言いたいこともあったんだ。お礼だけじゃないんだからねっ。クレームなんだから! ちゃんと対応してよ、集金人さん?」

 うふふと、小悪魔めいた笑みを浮かべて、舌をチロッと出す黒木屋さん。何だこいつ、可愛すぎだろ。ラブコメ漫画のメインヒロインかよ。ラブコメ漫画のメインヒロインだったわ。まぁNTR同人誌なんだけど。

 それはともかく、あのデブモブ先輩に関する勘違い、だって? んなもんがあるというならば、スルーするわけにはいかない。NTR展開に直接関わる、重大な問題になりかねん。

 仕方なく、俺は彼女の向かいに腰を下ろす。

「てか、黒木屋さん、俺のこと知ってたんだね……」

 キッチンでハーブティーを淹れてくれているらしい彼女にビクビクしながら話しかける。腰は治ったらしい。

「え、当たり前じゃん、クラスメイトなんだから」

 しれっと言ってくるが、こっちからしたら、そこそこ重要な点なのだ、それは。

 まぁ、この人の、周囲の目を気にしすぎるキャラ性からしても、クラスメイトの名前くらい一通り覚えてるってのは自然な設定ではあるか。

「いやー、にしてもお隣さんだったなんて、びっくりだねー」

 黒木屋さんは「はい、受信料」とおどけながら、カモミールティーと手作りらしいフィナンシェを出してくれた。めっちゃ美味そう。晩飯おはぎだけで終わるハメにならずに済んだわ。

「ははは、俺も気付かんかったわ。まぁそんなもんなんじゃね、今どきのご近所付き合いなんて」

「そーなのかなー。でも、さっき初めて気付いたんだケド、意外とこの部屋の壁って厚くなかったみたいだからさ、」

 ローテーブルの向かいに座りなおして、黒木屋さんはカモミールティーをひと啜りし、

「清君さぁ、女の子連れ込んでるっしょ?」

「へ?」

 ジトッとした目を向けてくるのだった。

「だってさっき、明らかに若い女の子の叫び声聞こえてきたよ? 今までそんなことなかったからビックリしちゃった。……えっちなことしてた? 清君の彼女さんって、うちのクラスの京子ちゃんだよね?」

「うぅっ、吐きそう……!」

「何で!? ごめん、そんなショッキングなこと聞いちゃった!? もしかして、失敗しちゃった、みたいな……?」

「いや、あれ妹だから。兄妹で住んでるだけだから」

「えっ。そうだったんだ……付き合ってんのかと思ってた。仲良いんだねー!」

 ガチ驚いている様子の黒木屋さん。そんな認識だったのか……。あいつに知られたら、存在を認知されてたことに歓喜して泣き、俺の彼女だと思われてたことに絶望してキレるぞ。俺に。

 あっ、そうだ、京子! あいつ帰ってきちゃう! 外はサックリ・中はしっとりのフィナンシェに感動してる場合じゃなかった! さっさと本題だけ聞き出してズラからねーと!

「で、黒木屋さん。あの部室での件なんだが。俺、何か誤解してたってことか?」

「うーん、要するにあれって、あーしがセンパイに脅されてると思ったってことでしょ? なんかそんな感じのこと言ってたし。てかそういう発想になるってことは、やっぱ清君も拓斗があーしを押し倒してるとこ見てたってことだよね」

「あ、はい……」

 結局もう全部バレたよ……。

「言っとくけど、あれ、ただの事故だからね? で、センパイもその件について話に来たんだけどさ、さすがに脅すつもりとかじゃないって。普通に注意しにきただけだったんじゃないかな。マジメでいい人だし、そんな大それたことするタイプじゃないよ、あのセンパイ」

「いや、彼の人柄は俺も知ってたんだけど、何かわざわざ拓斗君を部室から追い払ってるように見えたからさ」

「二人コソコソと話してたからよく聞こえなかったけど、何か友利君に呼び出されたとかだったみたいだよ。うん……確かに、わざわざ、あーし一人のときに話してくるのは不思議には思ったけどさ……まぁそれで、話が話だからか、センパイがいつも以上にオドオドとしてるうちに、キミが飛び込んできたってわけ。ちゃんと謝りなよ?」

「う、うん……それは悪いことしちゃったな、あの人にも黒木屋さんにも」

 とりあえず、黒木屋さんがそう思っているというなら、それはそれでいいだろう。あの先輩に対する人畜無害な印象も、原作通りのようだ。

 だがやはり。この世界におけるあの人はあの時、黒木屋さんを寝取ろうとしていたのだと思う。だってそもそも原作通りの先輩は押し倒しシーンを誤解するようなことすらなかったはずなのだ。嫁粉パン先生らしくはないが、この世界のモブ先輩は、黒木屋さんが知っているモブ先輩ではない。

 この世界がNTR同人誌である以上、あんたを寝取る間男は、どこに潜んでいるかわからないんだ。

「にしても、清君……っ」

 黒木屋さんは、上目遣いでチラッとこちらを見て、そして「ぷっ」と噴き出し、

「何か、『俺たちのメインヒロインに手を出すなー!』とか『君のラブコメは俺が守って見せる!』とか言っちゃってたよね? メ、メインヒロイン……っ、ラブコメ……っ、ぷはははははっ! もーっ、君、絶対オタクじゃーん!」

「ぐっ……まぁ、オタクだけど」

 ちくしょう、テンション上がって無駄なこと言っちまってたな……まぁ、別に問題ないか。クラスの女子から痛い奴と思われるだけの話だ。前世と同じことだ。くそぉ。

「そんなに恥ずかしがらなくていいってー。知ってるでしょ、清君も。あーしってオタクに優しいギャルだからさ」

 知ってるで。ホントはオタクに優しいフリしてるだけってことも。演技しているうちにオタクのこと本当に理解していくようになって、過去の偏見を恥じてるってことも。

「それに、カッコよかったよ、清君。あんな風に正体隠しながら、女の子助けちゃうなんてさ。何か……あいつに似てるのかも」

 あいつって……やめろ、モブキャラの俺を主人公と重ねるな! 間男が善人なパターンのNTR同人誌じゃねーんだから。あ、いやNTR同人誌だったわ、これ。

 ――あれ? ん? え、これってもしかして…………いや、まさかな。

 俺は、一瞬だけ浮かんだ突飛もない発想をすぐに打ち消す。さすがに馬鹿馬鹿しすぎたわ。考慮にも値しねぇ。

「やめてくれ、当たり前のことだろ、クラスメイトが困ってたら助けるくらい。拓斗君ほどの男なんて他にはいないぜ? だから黒木屋さん、君はちゃんと拓斗君と結ばれるんだ。絶対にな。応援してるぜ」

「なっ……!? ちょ、清君、まさかあーしと拓斗が付き合ってるとか思ってんの!? だから、今日のあれは誤解なんだってばー!」

 顔を真っ赤にして焦りまくる黒木屋さん。可愛い。これぞラブコメ漫画のヒロインに相応しい反応だ。

 じゃあ、俺も君を見習って、しっかりモブキャラらしい言動をしていくぜ。原作通り、その他大勢のモブキャラと共に、君らが付き合ってるという勘違いをするし、押し倒しシーンの噂が広まる手助けもしてやろう。それは無理か。噂話する友達いないし。

「まぁまぁ、そう恥ずかしがるなって。お似合いだからさ。あ、あと今日のこと――黒木屋さんを助けたこととか、こうやって顔見知りになったことは――絶対に妹には知らせないでくれ。ほら、あいつ実はブラコンだからさ、俺が他の女子と関わったりすると嫉妬してきて面倒くせーんだわ」

「あ、へー。そうなんだ、可愛い」

「だから、あいつのことは……そうだな、お隣にクラスメイトの後藤兄妹が住んでることくらい元から知ってましたよ? みたいなテイで接してくれれば構わないから。ていうか接しなくてもいいけど」

 それだけお願いして、名残惜しそうに引き留めてくる黒ギャルを振り切り、俺はモブキャラ立ち入り禁止の聖地から立ち去った。余ったらしいフィナンシェだけ貰って京子が帰ってくる前に完食した。涙出るほど美味かった。晩飯はみたらし団子だった。くそぉ。

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