第12話 お隣のメインヒロイン

 とは言いつつ。ホントに大人しく体育座りしてるわけにもいかない。アパートから京子の目がなくなるという、せっかくのチャンスなのだ。

 前世の俺なら、それをNTR作品堪能タイムに充てていたわけだが、もちろん今はそんなことしている場合じゃない。そもそも今の俺、未成年だし。

 俺が今すべきこと――それは、NTRの舞台になりかねないこのアパートを、しっかり視察しておくことだ。

 学校だけでなく、黒木屋さんの部屋もまた、NTRロケーションとして最凶のポテンシャルを持っている。あそこはメインキャラ四人の神聖不可侵な領域だと京子も言っていた。主人公にとってヒロインとの特別な場所であればあるほど、そんな思い入れをヒロインの貞操ともども間男に踏みにじられた際の絶望感が際立つというものだ。

 もちろん部屋の中まで視察することなんて出来ないわけだが、実は室内を見る必要性は元からあまりない。漫画を読んで、既に知っているからだ。黒木屋さんが住む部屋の間取りから家具の配置まで全てを。

 まぁ、そもそも、部屋まで間男が入っちまった時点で終わりだしな。目指すべきは、間男が押し入る前にそれを防ぐことなのだ。

「つっても、それも現実的じゃねーのかな……」

 間男のアパートへの侵入なんてどう感知すりゃいいんだ。いや、それを考えるための視察なんだけど、そんなの普通に不可能じゃね? 監視カメラでも付ける? バレるだろ、そんなの。盗撮って、京子じゃねーんだから。

「共用廊下での話し声とか物音とか、この部屋からでも聞こえたりしねーのかな……」

 試しに玄関扉の隙間に耳を当ててみる。もし聞こえそうであるなら、それはそれで大問題なのだが。京子にも勘付かれてしまいやすい環境だということなのだから。いずれにせよ、ちゃんと確認しておく必要があるわけだ。

「……ん? え……?」

 何か、聞こえる……? てか、絶対この外で誰か話してるわ。男女が何か言い合ってるわ。

 俺はさらに強く耳を押し当てて、届いてくる音に意識を集中させる。


 ――てかどうやってここまで入ってきたの!? 警察呼ぶよ、マジで!

 

 とは、女性の声。

 続いて、いかにもゲスそうな男の嘲笑混じりのダミ声で、


 ――別にいいぜ、でも大事にしたら困るのはお前なんじゃねーのか、オタクに優しい黒木屋さんよ(笑)


 気付いた時には、玄関を飛び出していた。前回と同じように、ワイシャツで顔を隠して。

 危なかった。もし、察知できていなければ完全に終わっていた。こんな場面に、帰宅した京子が出くわしていたら大変なことになっていた。大変なことになる、マジで。

 そうなる前に、ここは俺が一瞬で片を付けてみせる!

「モブキャラごときがメインヒロインに手ぇ出すなって言ってんだろうがぁああああああああ!」

 ポカンとした顔でこちらを見つめる派手柄シャツのツーブロック青年に、俺は間髪入れず飛び膝蹴りを決める。

「え? うごぱぁ!?」

「えええええええええええ、また出た、半裸の変質者!?」

 吹っ飛ぶチャラ男と、腰を抜かしたように尻から崩れ落ちる黒ギャル。黒ギャルを無視してチャラ男を敷地外へと引きずっていく上半身裸男、ていうか俺。京子が帰ってくる前に後始末まで済ませねぇと……!

 エントランスを出て、近くにあった公園までチャラ男を運び、砂場に転がす。苦しそうに呻くそいつの髪を掴んで顔を上げさせ――その邪悪そうなチャラ顔に見覚えがあることに気付く。

 こいつは……あれだ。黒木屋さんが中学時代に所属していたチャラいグループのリーダー格の男だ。彼女の回想シーンで何度か出てた。こいつを中心にグループ内の男女はみんなオタクを見下していて、空気に逆らうことを恐れがちな黒木屋さんも(元々オタクに嫌悪感を持っていたことも相まって)、奴らのオタクいびりに加わってしまったという流れだったはず。

 こいつなら確かに、間男になっても何らおかしくはない。黒木屋さんを狙うという流れは原作のキャラクター性とも合致している。

 といっても、所詮はチャラいだけのヤンキー崩れ。犯罪行為をするような描写は特になかったし、オートロックを無理やり突破してまで彼女を襲いに来るというのは、もっちりワールドにしては、いささかやり過ぎ感もある。やはり今回、もっちり嫁粉パン先生が生み出したこの世界は、これまでの作品とは少し違うのかもしれない。

 まぁ、どちらにせよ、きっちり成敗しとかなきゃいけねーことに変わりはないがな……!

「おい、チャラ男。お前、わかってるよな? 一切の躊躇なく初対面の人間の腹に膝入れられる人間のヤバさが」

「ひっ、ひぃ……!」

 怯えた顔でガクガクと震えるチャラ男。ガチでヤベェ奴に目ぇつけられたことを自覚したのだろう。

 今の俺に、間男に暴力を振るうことへの抵抗感は一切ない。そうでもしないと自分が殺されるからだ。最悪、懲役刑までならオーケー。京子の手が届かないという意味で、むしろ塀の中の方が安全かもしれない。

 それにどうせ、この世界なんてNTR同人誌だしな。

「今度また黒木屋さんに手を出すようなことがあったら、こんなんじゃ済まねぇからな? 二度と彼女の前に現れるな。全ての連絡手段を断て。わかったな?」

「は、はい……!」

「ならばさっさと立ち去れ。蹴ったりして悪かったな」

 よし、これでこいつは大丈夫だろう。黒木屋さんを寝取る間男としては、完全に無力化できたはずだ。これからはメインキャラの目に入らない場所で寝取りに励んでくれたまえ。

 この作品から退場することになった元間男の背中を見送って、一仕事を終えた俺はため息をつく。

 今日はもう疲れ果てたわ……。とりあえず玄関前なら外の音も拾えるという情報は手に入れられたし、今日はもう大人しく部屋に籠ってよう……。いつ京子が帰ってくるかもわからんし。

 フラフラとアパートへ戻った際に、エントランスから出てきた女子大生っぽい人にギョッとされて、俺は自分が上半身裸であったことを思い出す。やべ、完全に変質者だったわ。

 顔に巻いたワイシャツを取って、袖を通しながらエントランスを通り、自分の家である103号室へと歩を進め、

「…………っ!?」

「あ、変質者さん……」

 一つ手前の部屋、つまりは102号室の前で――その居住者である制服姿の黒ギャル――黒木屋瑠美が、先ほどの状態のまま、お尻をペタンと床につけて脚を伸ばしていた。思いっきり目が合ってしまった。目が合って、思いっきり立ち止まってしまった。

 え? あ、マジで? え? あれ? これ、マズくね? だって、今の俺って、

「って、あれ? 変質者さんの顔、どこかで……ってか、」

「黒木屋さん、あなたテレビ持ってますよね? 受信料払ってください」

「え? いや持ってないですけど。何ならその目で確認してもらって構いませんけど。うん、確認してください」

 俺は機転を利かせて、華麗にピンチを切り抜けた。天才かよ、俺。

「ただ、すみません、集金人さん。あーし、いま腰が抜けちゃって立てなくて……部屋の中まで支えてください」

「ふむ、仕方ないですね」

 受信料の徴収人がこんなチャンスを逃すわけがない。正体を隠し通さなければならない以上、最後まで徴収業務委託業者に成り切る必要がある。まぁ、この部屋にテレビがあることは原作漫画読んで知ってるんだけどな。

「よいしょ」「ん、ありがと」

 肩を貸して黒ギャルを立たせ、二人一緒に部屋へと入る。

「ここが、あーしの寝室で、で、こっちがリビング? 居間? 的なやつです、集金人さん」

 その柔らかい身体を支えながら、住居を案内されていく。

 玄関、寝室、そしてこのダイニングキッチン、そのほとんどを俺は知っているし、家具の配置から何まで、漫画で読んだ通りだ。ただ、この桃のようなバニラのような、甘く、それでいて品のある微かな香りだけは、実際に入ってみて初めて知れたことだ。……ん? いま俺、何て?

 ――実際に、入ってみて……?

「ん……? あれ……? あっ、ほらやっぱりテレビあるじゃないですか、黒木屋さん。でも安心してください、実は免除制度とか家族割とかがあって、」

「プ――あはっ、あははははっ! もーっ、いつまでコントやってんのっ! そんな上半身はだけさせた公共放送の仕事なんてあるわけないじゃんっ」

「え」

 クッションに腰を下ろした黒木屋さんは、何故かお腹を抱えて爆笑していた。

 は? え? 何で? 黒木屋さんは今、受信料徴収人にテレビを発見されて焦ってなくてはいけないはず――なわけ、ねーよな……。

 やっちまった。完全に泳がされた。俺くん、アホすぎた。しかも今の俺くんは、こうやって顔を出してしまっているわけで。ってことは、最悪――

「やー、こんなに面白い人だったんだねっ。しかも、お隣さんだったなんて! 何であーしら、今まで話したことなかったんだろ。ね、清君?」

「…………っ!」

 はい、最悪来ましたー。何故か急に飛び出してきてナンパ男撃退した男がクラスメイトでお隣さんだということがバレましたー。

 しかも、それだけじゃない。最もやってはいけないミスを、俺は犯してしまった。

「で、いつまで立ってんの、清君。座りなよー、お茶くらい出すからさ」

 俺くん、モブキャラのくせに、メインキャラ以外立ち入り禁止のお部屋に入ってしまったでござるの巻(上)。下巻で妹に殺されるでござる。

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