第11話 この世界での親から仕送りがある設定

 まぁ、しかし、文化祭編の重大さについてはよくわかった。

 何てったって、『黒木屋さんはオタクに優しいフリをしたい』は、そのタイトルの通り、あるトラウマからオタク嫌いになり、過去には周囲に流されてオタクいびりまでしていた黒ギャル黒木屋さんが、オタクの主人公に惚れ、オタクに優しいフリをしていくコメディだったのだから。

 一方、ギャルに虐められていた過去からギャルを嫌っていた拓斗の方も、そんな黒木屋さんに惹かれていき、自分がネット上でギャル叩きをしていたという過去を隠しながら彼女との関係を深めていく。

 オタク知識ゼロの黒ギャルが、必死になって(見当違いな)オタクへの優しさを見せつけ、一方のオタク君もギャルに対して間違った偏見を発揮し――本性を隠した二人のすれ違いコントが、目新しいラブコメを求めていた読者にウケたのだった。

 そんな風にコメディ色の強かった序盤から、ストーリーはどんどんとシリアスになっていく。互いの内面に触れていき、互いの強さも弱さも知り合って、本当の意味で理解し合っていくにつれ、彼と彼女は、内面に秘めた過去とその罪悪感に押し潰されそうになっていくのだ。

 そんな黒木屋さんの秘密が連載四年近くになってついに拓斗たちにバレるというのであれば、それは間違いなく作品一の重大局面になると言えるだろう。

「気が重いよね……漫画で読んでる時も私、何度も呼吸が止まりそうになったもん。これからメインキャラ四人、特に瑠美ちゃんは本当に辛い思いをしていくことになる……生で見ちゃったら私、ついつい口を出しちゃいそうだよ……でも、もちろん我慢する。これは、瑠美ちゃんの成長のため、そして四人が本当の意味で仲間になるために、必要な痛みのはずだから……っ」

「嘘だろ、お前……俺が彼女にフラれた時も高校落ちた時も大学落ちた時も骨折した時も高校野球最後の試合でサヨナラエラーした時もあんなに爆笑してたのに、漫画キャラの秘密バレシーン思い出してそんなに泣けんのかよ」

「しょーがないじゃん、ほんっと胸に来るんだからっ! 特に177話までの青春シーンはニヤニヤものだったから、その落差がね……20巻ラストに当たる178話で過去バレして、そっからはメインキャラ四人の葛藤とぶつかり合い。拓斗君は瑠美ちゃんの秘密を裏切りだと感じて耐えられなかったわけ。でもさ、こっからがさすが黒オタなんだよねーっ。メインヒロインと主人公がピンチの時には、友人キャラ二人が輝くんだよっ! 姫歌ちゃんだってさ、ずっと拓斗君が好きで瑠美ちゃんのことは敵視してて、その二人の間に溝が生まれたこの機に乗じて、拓斗君を奪い去ろうとするってのが、したたか可愛い姫歌ちゃんらしさじゃん、これまでだったら。でもさ、姫歌ちゃんも変わってるんだよね、四人で過ごした時間の中で。姫歌ちゃんも瑠美ちゃんも、実はお互いを、自分が持っていないものを持ってる人間として憧れてるんだよね。瑠美ちゃんの背中押すシーンはマジでグッと来たよ~っ。あざと可愛いオタサーの姫と見せかけてさ、実はあんなにツンデレで男前なヒロインなかなかいないよねーっ! もちろんそれも、登場早々に姫歌ちゃんの腹黒さを見抜いた友利君との関係があったからこその変化なんだけど、」

「なるほどなるほど、確かにそうだよな、うん」

 このNTR同人誌の世界でも同じストーリーが展開されるはずなので、ここは長話に付き合ってでも情報を引き出しておく必要がある。めんどくせぇ。

「で、その友利君だよ、次に見せ場を飾るのは! 幼い頃からの、さっぱりとした、でも固く結ばれてきた拓斗君との悪友関係! そんな二人が初めて感情剥き出しにしてぶつかり合うという作中屈指の名シーンが――読めなかったんだよなぁ……!」

「あ? 何でだよ、黒オタオタクのお前が読んでねーって」

「そんなの仕方ないじゃん。週刊誌上で発表されてんのは、その185話までなんだから。コスプレ喫茶中の教室で拓斗君と友利君が睨み合ったところで引きだったんだもん」

「そういうことか……」

「信頼ゆえにいちいち口には出さないことが多い彼ら二人の関係だからこそ、互いに思うところも溜まってきた――そんな描写がこれまで丁寧に積み重ねられてきてるからね。姫歌ちゃんを含めての不思議で微妙な三角関係のこともあるし。それらが186話で爆発するのは確実だからね……読めなくて残念……じゃ、ないんだよ! あの場面には、クラスメイトみんなが揃ってるはずだから……堂々と! 生で! この目で! 伝説になるであろう186話を! 私は拝むことが出来るんだよッ!!」

「そ、そうか。それは良かったな」

 これNTR同人誌だけどな。

 だが、とにかく、一通りこれから起こり得る基本展開については仕入れることができた。

 間男の参入を防いで、この展開を崩さないようにするのが俺の目標なわけだが……NTRの隙ありまくりだな、これ。もう聞いた瞬間、「あ、これNTR同人誌のネタにされる!」って思ったわ。

 メインヒロインと主人公の決定的な仲違いになるわけだもんな。間男に付け入ってくれって言ってるようなもんだ。

 このNTR同人誌の世界でそんなことが起こったら、これはもう確実に間男が黒木屋さんに近づくはずだ。実際、こんな寝取られしろたっぷりな場面なら、黒木屋さんを狙う奴がいるのは、『黒オタ』の世界観としても全然不自然ではない。例えば、クラスの一軍でチャラめの茶畑辺りがそんなことをしても、それは原作の解釈通りというか、全くキャラ崩壊には当たらないだろう。

 ただ、裏を返せば、NTRが起こるタイミングが予想しやすいということでもある。これは朗報だ。しかも、どうやら今のところ、京子はまだ見ぬ186話の、男性陣のぶつかり合いの方に気が向いているようだ。そっちに注目させておいて、俺は裏側で暗躍し、黒木屋さんを狙う間男を成敗する。これで、最大の危機である文化祭編を切り抜けることができるんじゃなかろうか?

 うん、油断は禁物だが、ネガティブになり過ぎるのもよくない。前向きに行こう、前向きに!

「何か気合い入れたら腹減ってきたな……てかよく考えたら俺ら転生してから何も食ってねーじゃねーか」

「何に気合入れたのかは知んないけど確かにそだね。腹が減っては覗きが出来ぬって言うし。でも、冷蔵庫ほぼ空っぽだったよ?」

「仕方ねぇ、買ってくるわ。さすがに今日くらい出来合いのもんでも許されるよな……何か食いたいもんあるか?」

「んー、ざるそばと……あっ、いいや、私が行ってくる。おはぎでよかったよね、お兄は」

「よくねーよ、何だその絶妙に文句付けづらい嫌がらせは。てか、いいのか? てっきり、黒木屋さんが隣にいるこの部屋から離れたくないのかと……」

「や、ちょっと早めに買い揃えときたい物とかもあるし。ついでに見て回ってくる」

「そんなん言ってくれたら俺が買っとくぞ。お兄ちゃんに任せろ」

「乙女のデリケートなやつだアホ。大人しく待ってろゴミ」

 あ、はい。お兄ちゃん、大人しくしてます。……これたぶん、晩飯おはぎコースだな。くそぉ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る