第8話 お前が転生者だと気付いている。

「二度と黒木屋さんに手出しすんなよ。俺が黙ってねぇからな」

「だから……っ、違うんだって……っ」

 間男先輩をトイレの個室に押し込めて、きつく警告しておく。とりあえず、これで充分だろう。てかあまり構いすぎても俺の正体がバレかねない。この人とは顔出して会話しちゃったばかりでもあるしな。

「じゃあ、そういうことだから。殴っちまって悪かったな。これからは身の程をわきまえつつ頑張ってくれ」

 それだけ告げてトイレを発つ。

 やった、俺はやり切ったのだ……。危機は去った。これでもう、黒木屋瑠美が寝取られるようなことはなく――なんて考えるのは、楽観が過ぎるだろう。

 確かに、俺が購入した同人誌に描かれていたのは、さっきのデブ先輩によるNTRだけだったのかもしれない。

 しかし、それを避けたとて。俺が生きている場所がNTR同人誌だという事実は変わらない。ここは、黒木屋瑠美が寝取られるためだけに存在している世界なのだ。

 そして、そんな世界は未だこうして続いている。一つの世界として永遠に続いていくのか、いつか何かのきっかけで消えてしまう世界なのか、それはわからない。わからないが、実際に続いている限りは、俺はここで生きていくために、自分の使命を果たさなければならない。

 NTR同人誌である以上、新しい間男なんて、いくらでも誕生し続けるはずなのだ。

 ただ……この世界の神は、凡庸なNTR同人作家なんかじゃなく、あのもっちり嫁粉パン先生なんだよな……。

 やっぱり不思議だ。嫁粉パン作品――通称、もっちりワールドでは、原作のキャラクター像を壊してまで、善良キャラが間男化したりなんてしなかったはずなのに。

 黒オタという作品において、間男になることに説得力のあるキャラなんて限られている。これまでのもっちりワールドであれば、安易なNTR展開などそうそう連発され得ないとは思うのだが……実際にモブデブ先輩の例があった以上、警戒は緩められない。

 終わりの見えない、ゴールの設定されていないミッションほど辛いものもないが、仕方がない。それしかないのだ、俺が生き残るためには。永遠に間男と戦っていく覚悟を俺は固めなければいけないのかもしれない。


 そう気を引き締めながら荷物を取りに教室に戻るも――中には誰も残っていなかった。姫歌さんたちも解散済みだったようだ。京子は別の場所でストーキング続行中なのだろう。

 あいつの気力と体力はどうなってんだ。俺はもう限界だよ……先に帰るぜ、俺たちの新たな住居にな。どうか俺の個室がありますように。

「はぁ……ほんっと怒涛すぎる一日だったぜ……ん?」

 廊下側最前列、俺の机の上に、一枚の便箋のようなものが伏せてある。

 不審に思いながらも、それをペラッと裏返し、

「…………っ!?」

 そこに殴り書きされた、短い文面を目にして、体が硬直する。

 ――あーあ、まだ終わってなかったのかよ、怒涛の一日。そんでやっぱり続くのかよ、この世界のNTR展開。

 俺に頭を抱えさせたメッセージ。ごくごくシンプルなその内容は――


『お前達が転生者だと気付いている。余計なことはするな。』


 ……NTR同人誌って、こんなにモブに厳しい世界だったっけ? くそぉ……。

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