第5話 ラブコメでよくあるアレ
放課後。クラスメイトのモブキャラ達がわいのわいのと教室を出ていく中、京子が目を充血させて呟く。
「私、自習するフリしてここに残るから。見逃せないもん」
「は?」
「紙面で描かれてないシーンだけど、この後、姫歌ちゃんと友利君が教室に残って文化祭の打ち合わせしてくはずなの。お互い意識し始めてるこの時期の、貴重なツーショットなんだよ……!」
「そ、そうか。でも、ツーショット? 主人公とメインヒロインは?」
こいつが『黒オタ』の中でも特に好きなのは黒木屋瑠美だったはずだ。こいつほんとギャル好きだよな。俺も好きだけど。(NTR映えするから)
「いやだって、ほら。瑠美ちゃんと拓斗君はこの後、例のあのシーンに入るわけじゃん。生で見たいのは山々だけど、メインストーリーに直で関わってくるようなシーンに、本来いなかった私が映り込むのはさすがにマズいっしょ。そもそも教室と違って、部員でもないキャラがデジ研の部室訪ねるとか不自然すぎだし」
「おい、例のあのシーンって何だ。単行本派の俺は知らねーよ、例のそのシーン」
「うっさい、いま集中して盗聴してんだから、黙ってて」
まぁ、この世界で寝取られるのは嫁粉パンパンくんキーホルダーを持っていた黒木屋瑠美なわけだから、別キャラの方に注目してくれるというのは普通にありがたくはあるのだが。
でも、そんな重要なシーンであるならば、把握はしておきたい。近いうち起こるはずのNTR展開に関わってくる可能性も低くないわけだし。
そして、そんな理由とはまた別に。何故か、俺はそのシーンを見ておかなくてはいけない気がするのだ。
「…………」
窓際後方に全意識を向けている京子にツッコまれぬよう、俺はそっと席を立って教室を後にする。
強迫観念というのだろうか。理屈では説明のつかない、義務感めいた感覚に背中を押され、俺は主人公とメインヒロインが待つ場所へと足を進めていた。
デジタルメディア研究同好会は、黒オタのメインキャラ四人とその他数人のモブキャラが所属する学内サークルだ。といってもそれは表の顔。実際のところは、姫歌のVTuber活動を運営する営利団体であり、それに勘付いた生徒会執行部とのバトルもメインストーリーの一要素となっている。
コメディ寄りの日常シーンも、物語の軸にガッツリ関わってくるシリアスシーンも展開される、重要な舞台の一つと言える。そんなデジ研の部室の前に、いま俺は立っているのだ。まぁ、これNTR同人誌なんだけどな。
「今からここで重要なシーンが……もっちり嫁粉パン先生の世界観でもそれは再現されるはず……」
ドアに耳を押し当ててみると、どうやら男女が話しているだろうことは判別できたが……会話内容までは聞き取れない。拓斗と黒木屋さんの声っぽいけど、二人きりなのか、他のモブ部員もいるのか。
くそっ、小窓ついてないタイプの扉だとは思わなかった。覗けねーじゃねーか。もっちり嫁粉パン先生のことだから原作準拠なんだろうけど、京子でもねーのにそんなとこまで把握してねーよ、こっちは。
「そ、そこで何をしているんだい、君」
くぐもった声に振り向くと、腹の出た眼鏡男子と、小柄のショートカット女子が、訝し気な様子でこちらを見ていた。やべ、見つかった。
「いや、俺はそのー、」
「あ、もしかして入部希望的なあれッスか?」
俺が言い淀んでいると、女子の方が勝手に都合よい解釈をしてくれた。
このテキトーな感じの体育会系敬語に、スカートの下に履いているミニ丈スパッツ――あ、この子あれだ。5巻くらいで割と気合の入った登場したのに、思ったより人気が出なかったのかサブヒロインになり損ねた後輩女子だ! ピクシブで何度かエロ絵見たことある! 名前は忘れた。
「あー、そうです、入部希望的なあれで見学的なあれに来ました」
「し、新入部員は大歓迎だよ、き、君、見るからにオタクっぽいし」
で、こっちの汗っかき男がデジ研唯一の先輩キャラ。姫歌の姫ムーブにまんまと騙されて彼女を崇めている取り巻きの一人だ。普通に良い人で人畜無害なキャラなのだが、NTR同人誌ではよく竿役にされている。謎の催眠アプリとか持ってる。名前は忘れた。
まぁ、原作のキャラクター像を壊したりしない嫁粉パン先生のことだから、この世界でこの人が間男になるってのは考えづらいけどな。NTR同人誌特有のご都合主義なんかには手を染めないお方なのだ。俺は好きだけどな、NTR同人誌特有のご都合主義。
と、まぁ、棚ぼた的な流れで部室への侵入に成功しそうになったところで気付く。
あれ? これダメじゃね? 入部しちゃダメじゃね? 思いっきりメインキャラと絡んじゃうじゃん。俺はこっそり覗くつもりで来ただけなんだ。入部しないにしても、主人公たちがいる部室に入って正式に名乗らなきゃいけない流れは良くない。それはメインストーリーへの干渉の内に入ってしまう気がする。
いやまぁ、これただのNTR同人誌だから、ホントはそんなことどうでもいいんだけど。
でも、京子にはここが原作だと思い込ませているのだ。そしてそんな『原作』を俺が多少でも変化させてしまえば、あのガチオタならすぐに気付いてしまうに違いない。それだけでも半殺されかねないし、何でそんな行動をしたのか問い詰められた末に、この世界の真実にまで辿り着かれてしまえば全殺し確定だ。
よって、俺は今すぐここから立ち去るべき!
「あ、すみません、やっぱ俺バスケ部入るんで、」
「ダメっすよー、先輩はオタク顔っすから。大丈夫っす、うちはオタクウェルカムなんで」
踵を返そうとする俺の手を握って、落ちぶれモブヒロインが強引に部室の方へと引っ張っていく。ちくしょう、モブのくせに周りを巻き込むな! モブのくせに個性的な口調しやがって!
そんな出しゃばり都落ち元ヒロインは、出しゃばるように部室の扉を勢いよく開け放ち――
「ちわーっす、拓斗先輩に瑠美先輩! 新しい生贄捕まえてきまし――え?」
「あ、お……」
――室内の光景を見て、オタクモブ先輩と共に、体を硬直させた。
俺は、その光景を目にした瞬間に、モブヒロインの手を振りほどいて部室前から必死に逃げ出した。
室内で、拓斗が仰向けの黒木屋瑠美に覆いかぶさっていたからだ。
これは、アレだ。間違いなくラブコメでよくあるアレだ。だって扉が開けられる直前にガタガタって何かが崩れるような音したもん。二人の周りに雑貨が転がってたもん。でもたぶん、あのモブキャラ共はそんなことには気付かないんだろうな。さすがラブコメ漫画。
階段まで来たところで振り返ると、モブキャラ二人は「すんませんっす! お邪魔したっす!」「お、あ、お……っ」と明らかに状況を勘違いした様子で戸を閉めて、俺とは逆方向にそそくさと逃げ出していった。
なるほど、奴らにその役割が与えられたってわけか。さすが、モブはモブでも名前が与えられているだけのことはある。俺はその名前知らんけど。
問題は、モブ中のモブである俺にまでその使命が与えられそうになってしまったことだ。拓斗たちの視界に俺が入っていなければ良いのだが……果たして間に合ったのだろうか?
と言ってもまぁ、そこまで気にする話でもないのかもしれない。俺が目撃者の一人だと彼らに認識された――その程度の関わり合い、俺がこれ以上余計なことさえしなければ、京子の耳に伝わることはないんじゃないだろうか。
とりあえず、大事故は避けられたってことでいいのかな。
「はぁ……」
君子危うきに近寄らずってやつだな。視察も必要だとは思うけど、もう不用意にメインキャラに近づくのは控えよう……。
そう、胸を撫で下ろしながら階下の教室へと戻ろうとした、その時だった。
「何てことしてくれたの、お兄」
「ひぃ……!? きょ、京子……!?」
目の前二十センチの距離に、瞳孔を開いた妹のプリティなご尊顔があった。
いつの間に出てきたんだよ、こいつ!? 怖すぎんだよ、いちいち!
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