第4話 第170話
「おい、京子、一応授業中だぞ。見すぎだ」
六時限目のロングホームルーム。俺の隣、廊下側最前列から斜め後ろをチラチラしまくってる白ギャル妹を、小声で咎める。自然にストーキングするだけじゃなかったのかよ。それのどこが自然なんだ、欲望に忠実すぎんだよ、お前は。自然なストーキングって何だ。
「からかってる……41話以来、紙面では描かれなくなったけど、そりゃ実際は今でも瑠美ちゃんは授業中に拓斗君をからかったりしてるよね……尊い……っ、これが生で拝めるなんて……っ」
こうやって授業中に話していても小声なら周りが気にも留めてこない。さすが漫画だ。ちなみに京子は興奮のあまり鼻血を垂らし始めている。さすが京子だ。漫画とか関係なく転生前からこういう女だ。
――京子の言う通り、作中の時間は二学期の始業日である9月1日。俺たちが転生に気づいたあのタイミングは昼休みだったようで、今はそこから二時間ほどが経過している。その間に、自分たちが持っていたスマホや財布の中のカード類、担任教師や他のモブクラスメイトたちとの会話を通じて、この世界における自分たちの基本設定はだいたい把握できたと思う。
俺たちはやはり30人クラス二年B組の生徒二人。親元を離れ、学校近くのアパートに二人暮らしする双子の兄妹、後藤清と後藤京子で。親しい友人も特にいない、ただ登校して授業を受けて真っすぐ帰っていく、目立たない生徒だと判明した。要するに年齢が変わっただけで前世の大学での俺達と全く同じだ。くそぉ。
対して、同じモブキャラクラスメイトの中にも作品における序列というのは存在していて、例えば今、教壇に立ってホームルームの司会をしている学級委員長の小浜さんなんかは、原作でのセリフも多く、メインキャラとの絡みもそれなりにある、上位モブキャラだ。ビジュアル的に真面目系美少女として描かれていることもあり、悪いファンからエロ二次創作の標的にされたりしているらしい。そういうの描くのも見るのも良くないと思うわ、マジで。
そんな、俺が何度も裸を見たことがある女、小浜琴奈が、クラスメイトに呼びかける。
「で、文化祭でのクラス企画なんですけど……何かあります? やりたいこと」
「――――っ」
その声に、京子は覗き見も忘れたかのようにハッとして顔を向ける。
あ? 何だ? その反応。
周囲のモブキャラから、コスプレ喫茶やらお化け屋敷やらの意見がハイテンション気味であがる中、京子はプルプルと体を打ち震えさせ、
「文化祭……漫画の文化祭だ……っ、後夜祭でキャンプファイヤーあるやつだ……っ」
どうやら感動していたらしい。いやまぁ、これから文化祭の準備が始まっていくことはわかってたんだけどな。
――京子の分析によると、今は原作で言うところの第170話、単行本最新刊である20巻に当たるという。京子の単行本を借りて読んでいただけの俺は19巻の169話、夏休み編までの話しか知らないのだが、京子は週刊漫画誌で連載中の最新話、185話までの内容をバッチリ把握している。170話から文化祭編が始まるというのも、先ほど京子から教えてもらったことである。
ただし、ここは原作じゃない。もっちり嫁粉パン先生の二次創作だ。
要するに、俺が買ったあの同人誌に描かれていたのが、原作170話をモデルにした場面からだったわけだ。(やけに最近の話を使ったものだが、おそらく文化祭という舞台が先生の琴線に触れたのだろう。)
絵柄を寄せるだけでなく(そもそも元々二人の絵柄はかなり似ているのだが)、ストーリーの軸も原作を忠実になぞっていくのが嫁粉パン作品の特徴だ。表側では原作と同じストーリーが進んでいるというテイで、主人公の視点から外れた裏側でヒロインが寝取られる様を描き出すわけだ。
だから基本的に、その裏側にさえ目が向けられなければ、京子の目には原作通りのストーリーが続いているように映る……はずなのだ。たぶん……。正直自信はないが、そうなるよう死ぬ気で頑張るしかない。
ともかく、こいつは今さら原作通りの展開に驚くようなことはないはずなのだが、まぁ前世のパンデミックによって学校行事とかあんま味わえなかった世代だからな。漫画っぽい行事ってだけで痺れるものがあるのだろう。
そんな風に、俺がごちゃごちゃと考えをまとめている時だった。
「えーっ、
声量としては際立ったものじゃないはずなのに、ひと際耳に残る、甘ったるい声が後方から上がった。
「姫歌ちゃん……! 紙面通りのシーン来た……!」
京子の目が一層輝く。メインキャラの一人、
黒ギャルメインヒロインとは対照的に、あざとさ満点・オタク受け抜群の黒髪姫系女子、佐分姫歌は、典型的なオタサーの姫キャラとして第8話で初登場したサブヒロインである。オタク男子に愛想を振りまく表の顔に隠れて、実は計算高く腹黒い裏の顔を持っている女子で、嫌いな黒ギャル黒木屋さんから拓斗を奪ってやろうと画策するも、オタクのくせに疑り深さから自分に全く靡かない拓斗にムカつき意地になってアピールしている内に、だんだんと彼を意識するようになってしまったところで、ストーカー化したオタクのしつこい告白から助けられたことで拓斗に惚れてしまい、メインストーリーにがっつり絡んでいくことになったのだ。(ストーカー化した京子さん談)
黒木屋さんが本当にオタクに優しいのか序盤から疑っていたことも相まって、彼女とバチバチのライバル関係を築いているわけだが、話が進むにつれて、互いを認め合い、不思議な友情も芽生えさせていてとても尊い。(バチバチのストーカー京子さん談)
「はぁ、仕方ないですね……じゃあ、
そんな風に主人公ともメインヒロインとも近い関係の姫歌だが、クラス企画に関しては友利とコンビを組むようだ。夏休み編から変化したという二人の関係に、ここでさらにフォーカスされていくのかもしれない。まぁこれNTR同人誌だけど。
「きたきたきたーっ、姫歌ちゃんの、伝わる人にだけ伝わる暗黒微笑! 86話で握った友利君の弱みをここで初めて利用してくるんだよね! でも、三つだけ言うこと聞くって契約のあと二つが残されてるのがミソなんだよ! 絶対終盤の重要なシーンで使われる! あーっ、友利君の苦々しい顔もたまんねぇ~、そんな反応しといて、どうせ結局めちゃくちゃ姫歌ちゃんを助けていくことになるからね! しかも姫歌ちゃん本人には気付かれずに! でもさぁ、30話のアレも104話のアレも、最後には姫歌ちゃんに気付かれる流れになると思うんだよね。だってさ――」
以上、伝わる人にだけ伝わる、ストーカー様の実況解説でした。
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