第3話 考察大好きオタクが漫画の世界に転生した結果
だがこの世界は紛れもなく、俺が夏コミで買ってきた、『黒オタ』の寝取られ二次創作同人誌。俺は教室でメインヒロイン
あれは、俺をNTR沼に引き込んだ悪魔であり神である同人漫画家、もっちり
原作の雰囲気・キャラクター性を決して壊さずにヒロインを寝取らせることに定評のあるもっちり嫁粉パン先生が、唯一作中で我を出してしまうのが、この点。ターゲット――つまり、作中で寝取られる予定のヒロインに、必ず一つだけ嫁粉パンパンくんグッズを身につけさせておくのだ。自己顕示欲とかではなく、たぶんシンプルにそういう性癖なのだろう。さすがもっちり嫁粉パン先生。キモい。凄い。
結局、中身は見ずじまいになってしまったが、SNSなどの事前告知で、嫁粉パンパンくんキーホルダーをリュックにつけた黒木屋瑠美の一枚絵を、俺はしっかり目にしていた。ていうか思いっきり保存していた。くそぉ、あの超人気作の黒オタに、嫁粉パン先生が満を持して触手を伸ばしてくれたっていうのに……! 絵柄もめっちゃそっくりで、いかにも先生が好きそうな作品なのに何故かなかなか描いてくれなかったんだよな。焦らしやがって!
とにかく、この世界がもっちり嫁粉パン先生の新作NTR二次創作『黒木屋さんは寝○○れて○○フリをしたい』の中だということは間違いない。
そして、その事実に、この浮かれ切った妹が気付くことはないだろう。京子は嫁粉パンパンくんのことなんて知らないわけだしな。
「あれ? でもやっぱ変なとこもあるんだけど、お兄。瑠美ちゃんのリュックに見たことない変なキーホルダーが付いてた。そんなの次元が変わった云々とか関係ないよね?」
「…………っ!」
こ、こいつ、あの一瞬でそこまで……!?
「いや、それはあれだろ。まだ漫画に書かれてない話で付け始めるんじゃねーの。拓斗君にプレゼントされるとかで」
「なに言ってんの? まだ混乱してる? はぁ……落ち着きなって、お兄。今、漫画で言うと170話でしょ。あんなキーホルダー1回も出てきてないじゃん」
「は?」
こいつはしれっとした顔で、何をほざいてやがるんだ……?
「いや普通に、夏祭りエピソードを経て、ちょうど友利君が姫歌ちゃんを呼び捨てし始めるタイミングでしょ。さっきの教室で友利君が戸惑いがちに『姫歌』って呼んだ瞬間、瑠美ちゃんも拓斗君もキョトンとしてたもん。あれが友人二人にとっては初耳だったってわけかー。原作ではその描写自体は描かれてなかったからマジで生で拝められて興奮しちゃったっ! いやー夏休み編ほんっとエモ過ぎたよねぇ。てか当初はさ、ただの有能友人キャラでしかなかった友利君が拓斗君たちの三角関係にこんなに深く絡んでくるなんて思わなかったわけじゃん? こーゆーのって下手にやると特に男性読者からは反感買ったりするもんだけど、黒オタの場合はここまでの積み重ねが丁寧だったからね、いや、そりゃ友姫コンビの距離も縮まるよなって納得感しかなかったよね。むしろ縮まらない方がおかしいだろって縮まってから強烈に思わされたわ。ちょっと白井神ってこれが初連載とは思えないとこあるよね。普通読者に切られるのビビッて、序盤からあそこまで丁寧にサブキャラの掘り下げまで、」
「ちょちょちょちょ、待て待て待て! 早口すぎて何言ってんのか全っ然わからん! つまり、どういうことなんだよ!?」
「いやだからさ、今ちょうど19巻までの夏休み編が終わって、二年生の新学期初日だってことっしょ。作中では2022年の9月1日。あっ、そっか、あれって20巻の第一話目に当たるわけだもんね。私たちは新刊の20巻の中に入ったから、こっからスタートってわけか。もっと序盤からスタートできてたら尚よかったんだけどなぁ。実は既刊も全部おばあちゃん家に持ってってバッグに入ってたんだよね」
こいつ、マジかよ……! あの一瞬でキャラクターたちを観察して、ここまでの分析を……? 自分が死んで漫画の中に転生しちまったかもしれないって時に、なにラブコメ漫画の考察してんだよ俺の妹! 俺も自分が死んだことよりも妹にNTR性癖バレないことに必死だったけど!
舐めてた……オタクなのにオタク舐めてた……! そういやこいつ作者も考えてないようなことまで勝手に深読みして考察するタイプのオタクだったわ……!
「ね? だからさ、おかしいじゃん、あのキーホルダーは。少なくとも170話時点ではあんなの出てないわけだし。ましてや、あの拓斗君からのプレゼントって。それが紙面に描かれない裏側で行われるって線もあり得ないわけじゃん? そんなの本来、かなり大きな転換点になるんだから。伏線あったもんね。28話で生活指導の山下と揉み合って瑠美ちゃんのピアス取り返した後にさ、」
「わかった、もういい。そういうことじゃない。つまりアレだ。俺たちの存在が、バタフライエフェクト的に原作を変えちまったってことだろ」
「バターフライ……? なにそれカロリー爆弾じゃん」
よし、こいつやっぱバカだ! いや実は俺もよくわかってないけど、とにかくそれっぽい横文字ぶっ込むことで煙に巻くしかねぇ!
「いいか、京子。そもそも俺たちはこの世界に存在しないキャラクターだったわけだ。個人情報周りの設定がどうなってんのかはこれから調べるとして……ただ、少なくともクラスからは何の違和感も持たれずに教室に溶け込んでたよな、さっきまで」
「……まぁ、確かに瑠美ちゃんたち二年B組の公式設定って、生徒数30人ってことくらいしかないし、そん中で実際に今まで一コマでも顔の映った二年B組キャラって28人だけだもんね。私たち二人がクラスメイトキャラとして入り込む余地はあった……そう言いたいってわけ?」
なんだこいつ、怖。そんなこと言ってねーよ一言も。
「ああ、それも言いたかったんだが、それだけじゃなく。いくら俺たち分の枠が余ってたからと言ったって、本来は俺たちが入り込んでいい枠ではなかったわけだろ? いなかったはずなんだ、俺たちなんて。そんな俺たちの小さな言動が、風が吹いて桶屋が儲かるかのように巡り巡って、黒木屋瑠美に謎のキーホルダーを持たせてしまった。そうは考えられないか?」
「モブキャラごときが瑠美ちゃん呼び捨てすんな。殺すぞ」
「俺たちの何気ない行動が、知らず知らずのうちに波及していって黒木屋さんにキーホルダーを持たせてしまったとは考えられないだろうか?」
「なるほど、それはあり得るね……って、ダメじゃん、それ! 今回はキーホルダー程度の話だったからよかったけど……私たちのせいで原作が変わっちゃうなんて、神への冒涜じゃん!」
京子は目をくわっと見開いて訴えてくる。相変わらず何言ってんだこいつ。これただのNTR同人誌だぞ。
「私決めた! この世界ではずっと大人しくしてる! 瑠美ちゃん達メインキャラと私らのような顔も名前もなかったモブキャラが関わるなんて許されない! 黒オタの緻密なストーリーを穢しちゃう!」
いやそこまでせんでもいいだろ、そもそもバタフライエフェクトとかテキトーに言ってみただけだし、ちょっとやそっと関わったくらいでストーリーとか変わらんから。そもそもこれNTR同人だし――なんてことは、もちろん口には出さず。
俺はこのチャンスに乗じることにした。
「そうだな、そうするべきだ。俺たちは特にあのメイン四人組から出来るだけ距離を取るべきだ。うん、そうしよう」
そうすれば、これから黒木屋瑠美が間男に寝取られていくことも、京子に気付かれずに済むだろう。
この世界が実は二次創作NTR同人誌だと妹にバレずにやり過ごす――それこそが俺の新しい人生の唯一にして最大の目的になるのだ。なんて悲しい第二の人生なんだ。
「うん、わかってるよ、お兄。私、メインキャラとは会話とかしない」
「うんうん、偉いぞ、さすがは俺の妹だ」
「傍観者として瑠美ちゃんたちの尊い恋愛模様を生で拝めさせてもらってハァハァするだけに留める。それが私の第二の人生の唯一にして最大の目的」
「よしよし、いい子だ。さすがは俺の――うん?」
「我慢する。瑠美ちゃんたちの人生に一切影響を与えないよう、遠くからストーキングするだけにする。盗撮までしかやらない」
京子は人生における重大な決心をしたかのように、キリッとした顔で力強く頷いた。
いやいやいやいやいやいや。
「いや京子さん、ほら、ただの観察って言ってもさ、巡り巡って大きな影響を、ってことも無きにしも非ずというか……」
「そんなこと言ったら、観察しないことでの影響だってあるかもしれないじゃん。私たちが転生してきちゃった時点で影響ゼロは無理だってキーホルダーの件で判明したし。こうなった以上、直接的にメインキャラと関わらないってのが私らにできる精一杯だよ。遠目に見るくらいいいじゃん。ていうか同じクラスに所属してるのに全く見ない方が却って不自然じゃん。そもそも作中で、黒ギャルの瑠美ちゃんと地味オタクの拓斗君が親密になってきてるのには、学校中が――つまり私たちと同じモブキャラたちも注目してるわけだし。他のモブキャラだって羨望だったり嫉妬だったり奇異だったりの目を瑠美ちゃんたちに向けてるの。大人しく傍観するという生き方こそ、モブキャラの正しいあり方なんだよ。それこそ、例えば瑠美ちゃんたちとの関わりを完全に断つために不登校になったりとか極端なことする方が無駄な影響与えちゃいそうじゃん」
「うぐぅ……っ」
こいつ、自分の欲望叶えるために、ストーキングを正当化しやがった……! でも、あながち間違ったことも言ってないし……ていうかまぁこれNTR同人誌なんだけどな。
「なに? 何でそんな不満げなの、お兄。傍観者に徹することの何が悪いの?」
そりゃ、黒木屋さんたちのことをじっくり観察されたら、凶悪なNTR展開に気付かれちまうからだよ。この世界が俺が買ったNTR同人誌だってバレちまうからだよ!
「怪しい。お兄、私に何か隠してる?」
「そんなわけないじゃないですか! 全面的に京子さんに賛成です! 我々は黙ってメインキャラを眺めているべきだと僕も思います!」
くそぉ、妹に睨まれたら媚びり倒すしかないのは、漫画キャラになっても同じか……。
俺の第二の人生、不憫すぎるだろ……。せめて、この同人誌を一発堪能してから死にたかったぜ……!
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