第7話

  昼下がり、喫煙室で一服していた二階堂久丸は、相棒の刑事である真倉高雄が自分を呼ぶ声に気付き、タバコの火を消した。

「二階堂さん、例の失踪事件の情報貰って来ましたよ!」

真倉は小走りで喫煙室前まで来ると、入り口の一歩前で手招きした。どうやら、非喫煙者である彼は喫煙室の煙に当てられたくないらしい。二階堂はのそのそと喫煙室から出ると、彼から数枚の資料を受けとり、大雑把に目を通した。

「ご苦労だったなタカ、にしても行方不明者は若い女か……また家出少女じゃねぇのか?」

「連絡が取れなくなったのは5日ほど前、職場や両親からも連絡が着かず、自宅も手付かずの状態だったそうです」

真倉が横から補足情報を入れる。

「なるほどな、それで特異不明者に上がったワケか……」

普通、行方不明者に対して捜索願いが出されたとしても、直ぐに警察が動ける訳ではない。事件性が疑われ緊急を要するに事案だけ《特異不明者》として扱われ、操作の対象となる。

今回行方不明になったのは、来栖彩と言う名の20代前半の女性だ。何か事件に巻き込まれた可能性は確かにあるだろう。

「よし、行くぞタカ」

「え、どこに行くんですか?」

二階堂の背中を真倉が慌てて追いかける。

「失踪者の勤務先だ、車まわしてくれ」

「えー、また俺が運転するんですか?」

真倉は大袈裟に肩を落としながら言った。

「若いんだから当たり前だろ、少しは老いぼれを労れ!」

二人は並んで警察署を後にした。




「部長、頼まれてた資料出来ました。確認お願いします」

陽子は分厚い資料の束を持って部長のデスクへやって来た。来栖が出社しなくなったことで、彼女が抱えていた仕事が自分に回って来たのだ。とは言え、陽子にとってこれは全く自業自得というやつなのだが。

先ほどは、来栖のことで突然津田に話しかけられて驚いたが、あまり不自然な態度をとると怪しまれるかもしれない。ここは仕事に集中し、平静を保つのが得策だろう。陽子はそう考え、来栖の分の仕事を率先して請け負っていたのだ。

「おお! 花宮か、良いところに来てくれた」

部長は陽子の顔を見るや、立ち上がって言った。

「お前、来栖くんと親しかったよな?」突然の問いかけに陽子は目を白黒させる。

「いや、別に親しくはないですけど。私が教育係だっただので一緒にいることが多かっただけで……」

「どっちでもいいさ、実は今警察の方が事情聴取に来られててな……」


「け……警察?」陽子はドキリとした。

そういえば、部長のデスクの後ろに背広の男が二人立っている。

「いやぁ、事情聴取なんて大袈裟なもんじゃないんですが……」

こちらの話が聴こえたのか、二人の男がこちらに歩み寄ってきた。二人とも胸ポケットから警察手帳を見せる。

「刑事さんですか……?」

「まあ、厳密には刑事という役職はないんですが……、巡査部長の二階堂です」二人の内、50代くらいの男がそう名乗った。

「同じく、真倉です」こちらは二階堂より大分若そうで、体格のいい青年だった。

「来栖彩さんが数日前から行方不明になっているのはご存知ですよね?」

真倉の質問に、陽子はこくりとうなずく。

「花宮さんは彼女の教育係だったそうで……。社内での来栖さんの様子について少しお伺いしたいんですが、よろいですかな?」

二階堂は眉間のシワをさらに深くし、くしゃりと微笑んでみせた。

「分かりました。ここではなんですから、使っていない会議室に案内します」

ここは変に協力を拒むのは良くないだろう。陽子は努めて冷静に返した。しかし、内心では心臓が張り裂けそうなほど鼓動しているのが分かった。正直今も、ポーカーフェイスが出来ているかどうか分からない。

陽子と刑事二人は、会議室とは名ばかりの6畳程しかない狭い個室に入った。長机が中央に置かれ、パイプ椅子が両サイドに三脚ずつ用意されている。

陽子と二人の刑事は自然と対面するような形で腰かけた。

「いやぁ、悪いですな。お忙しいところにお邪魔してしまって……」

額を掻きながら二階堂が年相応に白髪の混じった頭を下げる。

「いえ……、丁度ひと区切りついたとこだったので」

「それはよかった。では、早速本題に入ります。これ以上お手間をとらせる訳にもいきませんしね」

そう言いながら隣にいる真倉に目配せする。すかさず真倉は胸ポケットから一枚の写真を取り出す。それは来栖彩の顔写真だった。

「失踪した来栖彩さんですが、この顔で間違いありませんか?」真倉が尋ねる。

陽子は静かに頷いた。

「貴女もご存知のように、数日前から来栖彩さんとの連絡が跡絶えています。詳しくはお教え出来ませんが、状況から突発的な家出とは考え難い。事故や事件に巻き込まれた可能性が高いと我々は考えています」

真倉の説明を聞きながら、既に事件性を疑われていることに陽子は焦りを覚えた。

「花宮さん、最近彼女に変わった様子はありませんでしたか?」

替わって二階堂が陽子に質問する。

「変わった様子はないと思います。少なくとも職場では、いつも通りでした」

「そうですか……では、彼女の交友関係について何がご存知ないですか?」

「すいません、プライベートのことは全く知らないんです。自分のことあまり話す子じゃなかったし……」

それは事実だった。来栖は自分自身のことについて多くを語らないタイプの人間だった。自分をひけらかさない所が彼女の魅力でもあったのだが。

「すいません、あまりお役に立てなくて……」

「いえいえ、花宮さんが悪い訳ではありません、お気になさらず」

その後、真倉と二階堂から幾つかの簡単な質問を受けたが陽子は敢えて正直に答えた。変に偽るのは無意味だと考えたからだ。30分ほどで聞き取りは終わった。

「ありがとうございました。また何か思い出すことがあれば、こちらにお願いします」

二階堂は名刺を一枚陽子に渡すと、真倉と共に会議室の出口へ向かった。

ドアノブに手をかけたその時、ふと二階堂が振り返って言った。

「そうだ、花宮さんは来栖さんに連絡を取りましたか?」

陽子には、質問の意味が直ぐに解らなかった。その為、不自然な沈黙が会議室に流れた。

「いやね、部長さんから聞いたんですが、同じ部所の方の大半は、心配から彼女に電話なりメールなりしてたそうなんです。個人的にね」

「花宮さんも彼女に連絡、取ってみましたか?」

二階堂の視線が陽子を射る。

「いえ、私は特に……」

「そうですか……いやいや、でしたら結構です。それでは」

刑事達は陽子の元を去っていった。


「あんまり収穫なかったですね」

車に乗り込みながら、助手席の二階堂に向かって真倉が言った。

「いや、そうでもないぞ」

「どういうことです? 社内に怪しい人物はいなさそうでしたけど」

あの後二人は、陽子以外にも同じ部所の人間数人に聞き取りを行ったが、皆有用な情報は持っていなかった。

「あの花宮って女だ、どうも引っかかる……」

「あー、あの教育係の。でも彼女も怪しい所はなかったと思いますよ? 聞き取りにも快く応じてくれましたし」

「そこだよな……、同僚のしかも自分の教育担当が失踪したってのに、変に落ち着いてた。そこが引っかかるんだよ」

「また刑事の勘ってやつですか? ダメですよそんな先入観に囚われちゃ」

呆れたように真倉が言う。

「なんだよ、俺の勘はよく当たるんだぞ」

「じゃあなんで未だに巡査部長止まりなんですか? キャリア組でしょ? 二階堂さん」

痛い所を突かれたと、二階堂はシートに身を埋めた。

「現場に出て足で捜査するのが刑事の醍醐味ってやつだろ。指示だしだけの役職なんて性に合わないんだよ」

「嘘だぁ、俺知ってますよ。気に入らない上司ぶん殴って出世ルートから落ちたんですよね」

二階堂は持っていたタバコを落としそうになった。

「なんでお前が知ってんだよ!」

「さぁ、なぜでしょう」そう#嘯__うそぶ__#く真倉はどこか楽しそうだった。

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