第6話

 料理の後の片付は億劫なものだというのが世の常だが、今回の後片付けはとてつもなく骨が折れた。

来栖彩の脳味噌を取り出した陽子は、ひとまずそれを真空パックし、冷凍庫に入れた。

血塗れになった彼女の身体は、着ていた衣類や敷いていた絨毯ごと全て破棄することにした。

レシプロソーでバラバラにした彼女の身体を、幾つかのゴミ袋に分けた。


「どこか山奥にでも埋めるしかないか……」

問題はどうやって運ぶかだ……。

ふと、マスターから借りていた軽トラックを思い出した。

キャンプ好きのマスターのトラックには、アンモ缶やら寝袋やらと一緒に、スコップも積まれていたはずだ。

よし、あれを使わせてもらおう。


陽子はトラックにゴミ袋を詰め込むと、車を発進させた。

30分ほど走ってたどり着いたのは、町外れの小さな山の麓だ。周囲に民家はなく、時間帯のせいか人の姿も全く見えない。

スマホのライトを頼りに、真っ暗な山道をスコップ片手に登った。

山装う季節とは言っても、運動不足の陽子にとって真夜中の山登りはけっこう堪えた。じっとりと額に汗がにじんでくる。

山登りを早々諦めた陽子は、適当に土の柔らかそうな場所を見つけてスコップで掘り始める。

土が柔らかかったこともあり、穴はすぐに完成した。

陽子は完成した墓穴にゴミ袋を放り込み、土をかける。不自然にならないように、地面を均した後、落ち葉でカモフラージュする。


「よし、こんなもんだろう……」証拠隠滅を終えた陽子は、肩で息をしながらもなんとか下山した。



それから5日経った。来栖が出社しないことで社内は次第に不穏な空気になっていた。出社しないどころか、連絡も取れないとなれば怪しんで当然だろう。

しかし、まだ陽子を疑う者はいない。当たり前だ、まさか会社の先輩社員に脳味噌を抜かれた喰われたなんて誰も予想出来ないだろう。第一、彼女と陽子は普段から殆ど接点がない。疑えという方が無理な話だ。

そんなことより、今晩は彼女をどのように調理しようか……、そのことで頭がいっぱいだった。

最初の新鮮な内は、刺身にしたりソテーにしたりして本来の味わいを楽しんだ。思ったとおり、彼女はこれまでに食べたどんなものより美味だった。


……今日はワイン煮にしようか? いや、サンドにもしてみたいな……、でもサンドはどっちかというとランチメニューか……?


「何か考え事ですか? 花宮さん」

声をかけてきたのは津田だった。

「えっ? あー……まあね」

陽子はハラハラしながらなんとか答えた。

「そうですか……。やっぱり気になりますか? 来栖さんのこと」

不意に放たれた来栖の名前に、陽子はギクリとした。

「ここのところ音信不通だそうです。実家のご両親も連絡が着かず困っていると」

「そ、そうなんだ。心配だよね」

「はい。部長の話では今朝、ご両親から警察に捜索願いが出たそうです。」


警察? そうか、人が消えたんだから警察が動いて当然か……。え……じゃあ、もしかして私ってピンチなんじゃ?


ふと陽子は我に返り事態の重さを痛感した。


いや、待て。捜索願いが出されたとしても、すぐに警察は動かないと聞いたことがある。果たしてそれが本当なのかは分からないが、楽観するのは危険かもしれない……。


「どうしました? なんか顔色悪いですけど」

「だ、大丈夫よ。ちょっと部長に書類渡してくるわ」

そう言って陽子はなんとかその場を離れた。

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