第5話

 さて、いったい何から始めたらよいのか。羊や子牛の頭を解体したことはあるが、人間の解体は初めてだ。当たり前だが……。

陽子は数秒悩んだ末、クローゼットの中からブルーシートを持ってきた。以前自宅で羊頭を解体した時に使ったものだ。それを来栖の下に敷きこむ。解体の過程で大量の出血が予想できたからだ。ただ、これだけでは十分ではないだろう。さらに、大量のアルミホイルとゴミ袋を用意する。アルミホイルをタライ型に型どり、その上にゴミ袋を被せる。即席のケリーパッドの完成だ。これで概ね大丈夫だろう。

次に道具だ。陽子はとりあえず、『頭落とし』といわれるナイフと、電動のレシプロソーを用意した。


「よし、はじめるか」胸が高鳴り、気分が高揚しているのを感じた。


始める前に、来栖の様子を確認する。

まだ意識は微睡んでいるようだが、先ほどと違いうっすら開眼している。

意識が覚醒しつつあるのだろうか、だとしたら急がないといけない。


そうだ……、頭を開ける前に大事なことがあった。


陽子はおもむろに頭落としナイフを握り占めた。

それは『止め刺し』だ。頭を解体する過程で恐らく来栖自身は絶命するだろうが、すぐに身体が活動を停止するわけではない。心臓が動いている限り、ポンプ作用で大量に血が溢れ出るだろう。それに、途中で暴れたりされたらかなわない。確実に心臓を止め、動きを止める必要がある。

陽子は来栖の上着を脱がし始めた。一般的な女性用のスーツに白いブラウスなので脱がせるのは比較的簡単だった。ブラはリアホックタイプだったので多少手こずったが、肩ヒモを切ればなんとかなった。

半裸になった来栖の身体は、女性である陽子が見ても見とれてしまうほど綺麗だった。

しばらく来栖の肢体を眺めてから、意を決してナイフを彼女に向ける。

一瞬……、彼女と目が合った。

陽子の手が止まる。もう引き返せないところまで来ていた。


「……ごめんね、来栖さん」

陽子は呟いた。なんて自分勝手な発言なんだろうと、自分で思った。


陽子は指で肋骨と肋骨の隙間を探し出すと、素早くナイフを刺し入れた。

「ひっ……」来栖の短い悲鳴が聴こえた。次いで、暖かな血が陽子の手を濡らす。

来栖のからだが小さく跳ねたかと思うと、ピクピクと痙攣を始めた。しかし、それも数分で収まり、やがて完全に動かなくなった。

これで止め刺しは完了だ。

次に、頭部の解体に移る。

横に寝かせたままだと作業し難いので、背中にクッションを噛ませて半座位にする。

陽子は既に血塗れのナイフを使い、来栖の頭皮を額から後頭部にかけて円状に切り抜いた。髪が邪魔な部分はバリカンで刈ってしまう。

キレイに切り取られた頭皮を剥がすと、白い頭蓋骨が現れた。

人間の頭蓋骨は一つの大きな骨で出来ているのではなく、8個からなる骨が連結して形成されている。今はちょうど頭頂骨と前頭骨の繋ぎ目である冠状縫合から、後頭骨との継ぎ目であるラムダ縫合までが剥き出しになっている状態だ。

継ぎ目部分にナイフの刃をたててみる。やはりびくともしない。人間の最も重要な臓器を守っている骨だ、かなり頑丈に出来ている。

仕方なく陽子は、ナイフをレシプロソーに持ち替えた。レシプロソーの電源をオンにする。

けたたましい音を立てながら、刃が頭蓋骨をガリガリと削っていく。

近所迷惑極まりないが、仕方ないだろう。素早く終わらせるしかない。

刃の振動に合わせて、来栖の体もガクガクと揺れた。眼球は上転し、口からダラダラと唾液が流れる。

しばらくして、隙間から透明な液体が漏れ出てきた。髄液だ。

後頭骨、側頭骨側にも刃を入れ、同じように切り開く。蟹の殻を剥くように頭蓋骨がパカリと開く。

薄い膜に覆われた脳が見えた。陽子は思わず息を飲む。だがまだ作業は終わっていない。

脳は頭蓋骨だけでなく、三層の膜によっても保護されている。一番外側を守っている硬膜の大半は、切り抜いた頭蓋骨に一緒にくっついてきていた。その下のクモ膜も、硬膜に密着しているので一緒になって剥がれただろう。

問題は脳実質自体に密着している軟膜だが、これは脳ごと取り出すしかないだろう。

ふと、異臭がするのに気付いた。来栖の下半身を見ると、どうやら失禁しているようだ。死亡し、膀胱や肛門の括約筋が緩んだためだろう。

陽子は特に気にせず、後頭部側から小脳を目印に、ナイフを差し込んでいった。

ナイフの先が何かに当たる。びくんと来栖の身体が波打った。

刃先が延髄に当たったのを感じた。

陽子は第一頚椎の真上を狙って、ナイフで延髄を切り取った。頸動脈や、その他の細かい血管も多少強引に切断した。

これで来栖の身体から脳だけが完全に分離したことになる。


「あぁ……、貴女はなんて美しいの……」

取り出した来栖の脳が、部屋の灯りに照らされてぬらりと輝く。

それを見て思わず熱い吐息が漏れてしまう。


血の池となったブルーシートの上で、しばらく陽子はその美しさに魅入られていた。

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