第2話

 いつからだろう、私が彼女の脳味噌に食欲を覚え始めたのは……。

私が来栖彩に対し抱く感情は、親しみでも、ましてや愛情でもない。私が彼女を欲さんとする理由は、確かに食欲から来るものだ。

一体いつから?駄目だ……思い出せない。

私は狂っているのか?それとも、始めから狂った人間だったのか?少なくも、私が動物の脳を好んで食べるようになった切っ掛けは思い出せる。


私が最初に動物の脳料理を食べたのは確か大学生の頃、友人と南ヨーロッパを旅行した時だ。


ポルトガル料理のレストランへ入った私はメニューを見ながら頭を捻っていた。なんせ私はポルトガル語なんか読めないのだから。

私と違い語学に造詣が深い友人は、さっさと自分の注文を決めてしまっていた。

「陽子、迷ってるならこれにしなよ!絶対美味しいから!」

友人はとあるメニューを指差しながらニコニコ顔で私にそう言うと、勝手に店員を呼んで、私の分まで注文してしまった。

しばらくして、私達の前に料理が運ばれてきた。

友人には、豚肉の入ったポトフ。そして私には卵と何やら白っぽい物体が入った炒めもの。

「なんだろ、これ魚卵?」

私は訝しみながらもそれを口にいれた。

友人の話は本当だった。

「うまい!めちゃうまい!」

私は思わず声をあげた。トロっとしているけど、少しねっとりしていて、口の中に旨味が広がる感覚。白子に似ているけど、でも少し違う。

「美味しいねこれ!なんの魚卵なの?」

パクパクと料理を頬張る私を見て、何故か友人はゲラゲラと笑っていた。

そして、私にメニュー表を見せる。メニュー表には英語で小さく『egg & brain』と書かれている。

ふーん。エッグ&ブレインね、て言うか英語のメニューあったんだ。はじめからそっちを見れば良かっ……。

「ブブブ……、ブレイン!?」

私は口の中の物を吹き出しそうになった。それを見て友人は、笑い過ぎて呼吸ができなくなっていた。

「これ脳なの!?」

友人は笑いをこらえながらコクコクと頷いた。

「ごめん、ごめん……ちょっとイタズラしたくて……ブフッ」

よほど私の反応が面白かったのか、にやけ面を張り付けたまま友人が答えた。

「これはね、卵と刻んだ豚の脳を炒めた料理だよ……フフッ」

私は呆れて 、もう一度自分の皿に目をやる。

確かによく見れば、白子にしては形がしっかりしている。うねりのある形状も、刻んだ脳だと言われれば確かにそう見える。

「ごめんね、グフッ……違うの頼み直す?」

まだ余韻を引きずっている友人がそう提案してくる。

「うーん、別にいいかな」

「え、いいの?」友人はきょとんとして聞き返す。

「うん、美味しいから文句ないかな」

私は取りつかれたように豚の脳を頬張った。

動物の脳だと言われれば少なからず抵抗があるが、それを差し引いてもこの料理は美味だった。

「やっぱり陽子って変わってるよね」

あっという間にエッグ&ブレインを完食した私を見て友人が言った。

「そうかな?」

答えながら私は近くを通った店員に声を掛けた。

「えーと、アナザーワン プリーズ」

店員は笑顔で頷くと、厨房へ消えていった。

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