考え直した男
俺には大学に入ってすぐに付き合い始めた彼女がいる。2年間付き合い続けてきた彼女がチャラ男に寝取られていたと気付いたのは最近の事だった。なんとなく彼女とチャラ男の距離に違和感を感じたから…しばらく観察していたら輪郭が見えてきた感じ。…普通に好きだったけど、それほどショックを受けていないって事は大して好きじゃなかったのかもしれないな。
彼女は俺を上手く騙せていると思っているのか俺と別れる気は無いようだ。ふむ…暇だからしばらく茶番に付き合ってみるかな。
3ヶ月経った。彼女とチャラ男の関係に気付いてから1度も彼女を抱いていない。表面上は彼女に付き合って仲の良い恋人を演じているだけなのだが…彼女は全く気付いていないようだ。性欲はチャラ男で発散しているから俺を誘う事が無くなったのだと自分でも理解していないのかもしれない。
更に3ヶ月後…彼女とはまだ付き合っている。気分的には喜劇を特等席から見ているような感じだ。いや~…まさか半年も肉体関係の無い事を疑問に思わないとは…
俺達の微妙な距離感に気付いた友人達には彼女に下手な事を言わないように事情を全て話してある。
「…浮気する彼女が悪いんだろうけどさ…お前も性格悪いよな」
「浮気された男のささやかな復讐でございます。もはや彼女として見てないからな。痛む良心も無い」
「…さっさと別れて他の女を探したほうが建設的だと思うがな」
「ん~…なんかさ、彼女とかもういらないかなって…真面目に恋愛とか馬鹿らしくなっちまってよ…」
「…浮気する女なんかそんなにいねぇって。リスクを考えたら普通はしない。そんな関係を望む奴は頭がおかしい一部の奴だけだ」
「ふ~ん…で、その浮気しない女ってのはどうやって見極めるんだ?…そんな事で疑心に囚われたり頭を悩ませるくらいなら誰とも付き合わないほうが精神的に楽なんだよ」
「…まあ、お前の立場なら俺もそう考えるかもな…で、いつまで恋人でいるつもりなんだ?」
「彼女がチャラ男に捨てられた時に別れようって考えてる」
「…お前、やっぱり性格悪いよ」
とか言いながらも俺の話に付き合ってくれる友人には感謝している。だけど、そろそろ限界だろうな。俺が事情を話した奴らが彼女に情報を漏らす可能性もある…
なんて考えていた時に、彼女から予想外の言葉を聞かされた。
「…子供が出来たみたいなの…」
……どうするかな。まさかとは思うが、俺の子供なんて言ってこないよな…?
「…ねえ…私…産みたい…」
「………」
ご自由にどうぞと言いかけたが…なんだろう。彼女はまだ何か言おうとしている。黙っておこう。
「私の両親に会ってくれないかな?…一緒に説得してほしいの…」
「お、俺が?」
「…うん。この子は私達の子供だって…一緒に説明して欲しい」
……いや、俺の子供じゃねぇし。だって半年以上してないんですよ?仮に俺の子供だとするならお腹は相当大きくなっているはず…彼女のお腹は服の上からじゃ全くわからないくらい。本当に妊娠してんの?ってレベルだ。
そもそも学生の身分で避妊しない訳がない…結婚を前提にしてたらあり得るかもしれないけど。
「……」
「ねえ…お願い…」
チャラ男に何か吹き込まれてやがるのか?…そういうつもりなら仕方ない。自衛の為に動くとしよう。
「わかった。一緒に挨拶に行こう」
「本当!?ありがとう!」
満面の笑みで抱き付いてくる彼女に表面上は優しく接しながら頭をフル回転させて爆弾の準備をする事にした。彼女の両親に会う前に本当の父親の情報を集めておかないとな…
2週間後の休日…彼女と一緒に彼女の実家の近くに来ていた。すげぇ。田んぼしかねぇ。2時間も電車に乗ったらこんなに環境の違う場所に来れるのか…マイナスイオンが満ちている気がする。
「田舎でしょ?」
「ああ…田舎だな…」
高層ビルの建ち並ぶ中で息苦しい生活を続けてきた俺にとって見渡す限りの田んぼというのは感動しかない。ぽつぽつと建っている民家も風情がある。…民家だよね?どの家も町の工場くらいの大きさがあるんですけど…倉庫みたいな車庫もあるし…
「ここらへんの人達って大家族なの?」
「う~ん…そんな事は無いと思うけど…」
聞けば過疎化がかなり進んでいるらしい。跡継ぎがいない家もあるとか…彼女は一人っ子だから婿養子とか求められてるのかもな…まあ、俺には関係無いけど。
「あの家だよ」
彼女が指を指した方向には確かに家がある。あるけど…めちゃくちゃ遠い…
「…30分くらい歩かなきゃ着かない気がする…」
「20分くらいで着くよ。ほら、頑張って」
以前と変わらない彼女の態度に…やっぱり女って怖いな~って思ったよ。
俺に妊娠を打ち明けた後、彼女はチャラ男との関係を絶ったようだ。本気で俺の子だと主張する気なのだろう。妊娠している事を両親にはまだ話せていないらしいし…相当荒れそうな気がする…
歩き続ける事20分。彼女の家に着いた。彼女の家にも大きな車庫があり、中には年季の入ったトラクターが置いてある。…なんだろう。めちゃくちゃカッコイイ。変形とかしそうだな。これ、普通免許で運転できるのかな?
「ん?帰ってきたか」
車庫の中のトラクターを見て感動していたら横からおっさんが近づいてきた。…彼女のお父さんかな?
「…うん。久しぶり」
「お前が男を連れてくる日が来るとはな…」
「もう…私だってもう21なんだよ?」
「ははは…そうだな。移動は大変だっただろう。中に入って休むといい」
「あ、挨拶が遅れて済みません。彼女とお付き合いさせていただいている〇〇と言います」
「ああ。よろしくな。俺はソイツの父親だ。そんなに固くならんでいいぞ?」
…俺は今からこの人を傷つけてしまう…そう考えたら凍らせていた感情が少し動いてしまった…
「…お父さん。後で…大事な話があるの…」
「ん?結婚するのか?」
「夜に…お母さんがいる時に話すから…」
「ん。わかった」
彼女の母親は少し離れたスーパーでパートをしているそうだ。家でジッとしていられない性格らしい。
夕方くらいにめちゃくちゃ元気なおばちゃんが帰ってきた。
「あら?思ってたよりいい男じゃない!流石は私の娘。見る目があるわ」
「ど…どうも…」
「お母さん。晩御飯作るよ。私も手伝うから」
「え~…帰ってきたばっかりなのに…」
「晩御飯の後に話したい事があるから…」
「わかったわよ…」
…本当に良い家族だな……心が痛んで決意が揺らいでしまいそうだ…
2人が料理を作っている間、俺はお父さんと一緒にテレビを見ていた。しかし…リビングも広いな。家は古いけどそこに味がある。古民家に住みたがる人の気持ちがなんとなくわかる気がするなぁ…
晩御飯はかなり豪勢だった。彼女も料理は得意だけど、お母さんから教わったんだろうな。めちゃくちゃ美味かったけど、量がおかしかった気もする。
「若い男の人はいっぱい食べるでしょ?」
「が、頑張ります」
楽しい晩御飯の時間は終わり…話し合いの時間となった。流石に彼女も緊張しているようだ。
「………最初に謝るね。ごめんなさい」
「…何に対しての謝罪だ?」
「私…妊娠してます」
「…え?」
彼女の言葉を聞いた彼女の両親は驚きのあまり固まっていた。
「……貴方にも…ごめんなさい…」
「…………」
「……この子の父親は…貴方じゃないの…」
その事については驚きはしなかったが…俺は動揺してしまった。彼女が自分からこの場で打ち明けるなんて予想外だったから…
「…わかってて…ここまでついてきてくれたんでしょう?」
「…ああ。俺の子供じゃない事は…わかってた…」
「……あの男…チャラ男がね…子供を堕ろせって…」
彼女が涙ながらに話してくれた内容に…俺はどう返したらいいかわからなかった…
数ヶ月前…彼女は友人のアパートで飲み会をしていたそうだ。女だけの女子会だったらしい。なんとなくそんな話をされた記憶がある。
飲み会の後、友人の部屋に泊まった彼女や他の友人は友人の彼氏であるチャラ男に襲われたらしい。動画を撮られ、1人でも警察に行ったら全員の動画を撒くと脅されたそうだ。飲み会自体が罠だったのだと思う。
彼女や他の友人はその脅しを受け入れた。一夜限りの悪夢だったと…忘れようと…しかし、チャラ男は普通にクズだった。彼女達を反抗しない相手だと認識すると気の向いた時に体を要求してきた。何を言っても聞いてくれず、時に暴力を振るわれる事もあったそうだ。反抗的だった子は顔を殴られ、首を絞められながら犯されていたと…
「…本当なのか?」
「その子は…今、入院してる。お見舞いに行っても会ってくれなかった…」
…病院の中のほうが安全だろうな。あの野郎…
「私も…体中痣だらけだったから…貴方にバレたくなくて…」
「………なんで、今になって…」
「アイツね…私が妊娠したって言った瞬間にお腹を殴ろうとしてきたの…「俺が堕ろさせてやる」とか言って…」
「………」
「私はこの子を守りたかった。まだ産まれてないけど…私は…この子のお母さんだから…アイツとの子供だけど…絶対に殺したくなかったから…」
「……今、俺に話してくれたって事は…チャラ男に真っ向から逆らうって事か?」
「…うん。もう…大学には戻らない。貴方を騙して父親になってもらおうって考えた自分の事が本当に嫌になった…だから…別れて下さい…こんな最低な女…忘れて下さい…」
両親の前で俺に懺悔する彼女を見て…俺の感情は熱を取り戻した。…彼女の事を大して好きじゃなかったなんて嘘だ。別れようと思えば何時だって別れる事ができたのに…彼女が言ってこないからなんて理由で無理矢理先延ばしにしていたのは誰だ?
彼女の両親の前で浮気を暴露して彼女の家庭を修復できないくらい無茶苦茶にしてやろうって考えるくらい恨んでいたのは…それだけ彼女の事を好きだったから…だから…俺は…
「…絶対に許さない…」
「…本当に…ごめんなさい…」
俺が愛した女をここまで追い詰めたクズを…俺は絶対に許さない…
「……お父さん。お母さん。娘さんを…いえ、娘さんとお孫さんを僕に下さい!」
「…き、君…何を…」
「ついでに時間も下さい。その子が産まれる前に…クズに報復してきますので」
「…報復?」
「俺の未来の嫁さんに手を出した事…後悔させてやります。落とし前は付けてもらわないと…」
「……何をするつもりだ?」
「まずは彼女を含めた被害者に被害届を出してもらいます。クズは良くない人脈を持っている可能性があるのでこちらも警察に守ってもらわなきゃならない」
「…でも…友達の動画が…」
「…多分、もう手遅れだ。お前の動画も友達の動画も出回っていると思う…」
俺の偏見ではあるけど、チャラ男みたいな自己顕示欲が強いタイプは承認欲求も強いと思う。そんな奴が動画を黙って手元に置いておくとは考えにくいんだよな。最低でも画像なり動画を周りに見せて自慢していると思う。…ネットに上げてる可能性もかなり高いと思うし…
「警察が本格的に捜査を開始したら…もし良くない人脈があったとしても下手に動けなくなると思います。俺がそっち側の人間だとしたら警察にチャラ男を捕まえさせますね。蜥蜴の尻尾切りって奴です」
「…それで、娘の安全は確保できるのか?」
「絶対じゃないですけどね。クズを庇うリスクを考えると割に合わないってだけです。人脈がなかった場合はクズは問題なく逮捕されて終わると思います」
後ろ盾がなくてここまで出来る奴は異常者だろう。…まあ、あったとしても普通はやらないから異常者か。なんにせよ、クズには地獄を見てもらわなきゃなぁ…
「…ね、ねえ…本気なの?私…アイツの子供を産もうとしてるんだよ?それなのに…」
「そりゃ…正直、ほとんど納得できてないけどさ…子供を殺したくないって気持ちは理解できるから…だってさ、その子は…何も悪くないじゃん…」
「…うん。この子は…悪い事は何もしてない…」
「俺なりに頑張ってその子を愛するつもりだ。だから…次は俺の子を…じゃない…まずは結婚をだな…」
「…うん…私と…結婚して下さい…」
「…俺はあっちに戻ってケリを付けてくる。だから…少しだけ待っていてくれ」
「…うん…うん」
泣いている彼女を抱きしめていると彼女の両親にジッと見られている事に気付いた。…完全に2人の世界を作っちまってた…クソ…めちゃくちゃ恥ずかしい…
「…君の安全は大丈夫なのかね?」
「あ、俺なら大丈夫です。兄貴達が警官なので全力で頼りますから」
「お兄さん達が?」
「はい。俺は3人兄弟の末っ子なので」
兄貴達に仕事の愚痴を聞かされて育ったから俺も少しズレているのだろう。兄貴達も警官ではあるが別に善人って訳じゃない。悪人に対しては無慈悲だしな。
「…いろいろありすぎてまだ頭が混乱しているが…今日はゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」
「君は酒は飲めるのか?」
「…少しなら」
「なら少し付き合ってくれ。娘の事も聞きたいしな」
「…お父さん…」
「お父さんは貴女が全然電話してきてくれないって寂しがってたのよ」
「…大切な一人娘だからな」
お父さんは娘の事を聞きたいとか言いながらアルバムを引っ張り出してきて昔語りを始めた。写真には日付が入っていてかなり凝っている。めちゃくちゃ愛されてるなぁ…
お父さんにベロベロに酔わされた俺は彼女の自室で彼女と一緒に寝た。ベッドが少し狭かったけど…凄く気持ち良く寝れたよ。まだ何も問題は解決していないけど進むべき道が見えているだけでも気分はかなり違う。彼女の事を疑い、諦めていた時は本当に感情が死んでいたからなぁ…
彼女に一時の別れを告げて大学に戻った俺は人脈をフル活用してチャラ男を追い詰めた。彼女が被害届けを出した事はチャラ男にとって予想外だったらしく、かなり焦っているのがわかる。そんな状態でも大学に来ている理由…おそらくは根回しかな。チャラ男の本性を知っている知人への口止めと、他の被害者達に念入りに脅迫する為だろう。
だが…もう手遅れだ。チャラ男の知人達は既に口を割っている。隠したり庇ったりして共犯になったケースも少なくないと教えてあげたらほとんどの奴が「協力」してくれたんだよ。脅迫じゃないですよ?
そいつらの証言でチャラ男が彼女達の動画を業者に売って小遣いを稼いでいたのがわかった。おそらくはその業者まで捜査の手は伸びる。
その情報を彼女の友人達に伝えた事で彼女達も被害届けを出してくれた。金欲しさに切り札を売ったチャラ男には被害者を止める抑止力が無い。特に入院している子は強姦、傷害、動画拡散による名誉毀損といろいろ調べて全て出したらしい。恨まれて当然だよなぁ。慈悲なんかねぇよ。
俺が大学戻って来てから1ヶ月もする頃には周りもかなり片付いた。クズと業者は逮捕されたが、既に出回っている動画は地道に削除していくしかないらしい。個人がデータとして所有している動画に関してはどうしようもないしな…
クズが逮捕される前に彼女と関係を持っていた証拠となる動画と彼女の産婦人科の診断書を持ってクズの実家に突撃した。鑑定してクズの子供に間違いがなければ認知させる。両親のいる前で一筆書かせた。養育費は両親が肩代わりするらしい。息子が逮捕される事は理解しているようだ。
クズはかなりやつれてたな。…だが、同情する気持ちなんか欠片も無い。被害者達やその恋人、家族の心労に比べたらな…
俺は大学を卒業したら彼女の実家に婿入りして農業をやる。っていうかやりたい。俺の両親に話したら少し羨ましがられたよ。
「俺も定年を迎えたらそういうところでのんびり暮らしたいなぁ…」
「アナタ。まだ15年くらい先の話よ…」
実際にそこまでのんびりした生活かはわからない。農業って結構ハードらしいし。でも、あの長閑な雰囲気に強く惹かれた俺は迷う事なく決められたんだ。
「婿入りする形にはなるけど、別に家と縁切りする気はないからな」
「当たり前だ。…たまには帰ってこいよ」
「彼女さんを大切にね。貴方がしっかり支えてあげるのよ」
「ああ。…初孫は俺の子供じゃないけど、可愛がってくれると嬉しいよ」
「…お前や彼女さんの考えは間違えてはいないと思う。応援しているぞ」
「落ち着いたらちゃんと式を挙げるのよ?」
俺の両親は事情を全て聞いても俺を応援してくれた。落ち着いたら…ちゃんと彼女の両親と会う機会を作らなきゃな。
大学4年になった。他の奴らは卒論やら就活やらで忙しそうだが、俺も違う事で忙しく過ごしている。もうすぐ子供が産まれるからなぁ…出来れば立ち会いたいと思っているから嫁の実家に毎週行ってる。
「そろそろだと思うんだけどな…」
妊娠10ヶ月。予定日は目の前だからいつ産まれてもおかしくない。嫁の実家に初めて行った後、俺達はすぐに籍を入れた。嫁は本当に申し訳なさそうにしていたけどな。子供は間違いなくチャラ男の子供だったみたいだし…俺はあんまり気にしてないけど。
義母さんが嫁の入院している病院についてくれているので俺は挨拶と雑談だけして嫁の実家に泊まっている。義父さん2人でとのんびり過ごすのも悪くない。
「女の子らしいな。名前はもう考えあるのか?」
「はい。嫁の名前から一文字貰ってます」
「君には感謝しかない。本当にありがとう…」
「俺のほうこそ…来年から一緒に住みたいなんて無理を聞いて貰う立場ですし…」
来年からは義父さんから農業を教えてもらう予定だ。副業をしている農家もあるらしいけど、この辺りの田んぼの管理をしている義父さんは農業一本で生活している。田んぼだけじゃなくて畑もあるしな。かなりハードな気がする。
義父さんと話をしていたら家の電話が鳴った。義父さんが電話に出て対応しているが…相手は義母さんみたいだな。
「そうか。わかった。すぐに向かう」
そう言って電話を切った義父さんは外出の準備を始めた。
「娘が産気付いたらしい。行こう」
「はい」
父さんの運転する車に乗って病院へ向かう。なんだろう…めちゃくちゃ緊張してきた…自分の子供じゃないのはわかってはいる。でも俺は産まれてくる子供を自分の子供だと思ってしまっているようだ。
病院に着いても手術室には入れない。俺には嫁と子供の無事を祈る事しかできない…そう思っていたが…
「お二人が来てくれたと聞いて安心したみたいですね。奥さんはかなり落ち着いてます」
看護師さんが言うには俺達が手術室の前にいるだけで嫁の安定剤になるらしい。…そういうものなのか…
無事を祈り続ける事数時間…看護師さんから無事に産まれたと聞いた時は安心して体中から力が抜けた。相当気を張っていたらしい。
まだ触る事はできないけど、産まれてきた赤ちゃんは本当に小さくて可愛かった。
出産を終え、別室に運ばれた嫁が落ち着いた後に少しだけ時間をもらえた。
「…頑張ったな」
「…うん」
嫁は疲れ切って会話も辛いようだ。今日は休んでもらって、後日改めて来る事にしよう。
義母さんが残るそうなので俺達は帰る事にした。あまり大勢で残るのも病院に迷惑だろうしね。
家に帰って義父さんと2人で飲んだ。義父さん…ちょっと泣いてた。本当に家族想いな良い父親だ。俺も…見習わないとなぁ…
毎週のように嫁の実家に行く生活は大学を出るまで続けたよ。ちょっとずつ大きくなっていく娘の成長を身近で見られないのは悔しかったなぁ。
大学を出た後は宣言通り彼女の実家に住んでいる。娘はちゃんと俺の事を覚えているようで俺が抱くと嬉しそうに笑ってくれる。
「…アナタ」
「ん?どうした?」
「本当にありがとう」
「…こちらこそ」
都会の喧噪に嫌気が指していた俺にとってここでの生活は本当に楽しい。チャラ男が嫁に手を出さなければ…嫁は実家に戻るという選択をしなかったように思う。となると今の生活があるのはチャラ男のおかげ?
…もしそうだとしても許す気なんて無いけどな。出所してきたら法に触れない程度に嫌がらせしてやる…
少し成長した娘はアルバムで見た嫁にそっくりだった。チャラ男成分は遺伝子レベルで嫁に負けたのだろう。もしチャラ男に似ている男の子が産まれていたら…俺は受け入れられただろうか?考えるだけでも恐ろしい…子供に罪は無いとは思うけどさ…俺、そこまでできた人間じゃないんで…
「…次はアナタに似た男の子が欲しいな」
「…頑張るよ」
俺の遺伝子が嫁の遺伝子に勝てる事を祈りながら…妊活を続けている。農家の朝は早いから手加減して欲しいなぁ…
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