解雇した男
会社の会議室には社長である私。社内結婚した2人。そしてその上司にあたる男の4人がいた。上司の男が社内結婚をした女性と関係を持っていたとの密告があったからだ。社内に設置された防犯カメラの映像を見てみると…間違いなく黒だった。
「私の会社で何をしているのかね?」
勤続8年になる上司の男に質問した。妻も子供もいる身で何をしているのやら…
「2人が会社内でしていたので…黙っている条件として…その…」
2人を見る。男は愕然とした表情…妻と上司の不倫を知らなかったようだ。女はずっと泣いている。…ふむ。状況を把握する為にとりあえず集めたが…弁護士が必要だったかもしれない。
「…それは君から提案したのかね?」
「い…いえ…会社に黙っておく代わりに…好きにして良いと彼女から…」
なるほど…馬鹿な提案をしたものだ。仮に会社がその事実を知っても初犯なら厳重注意程度で済ませるのだが…若い夫婦だからな。そういう事も…まあ、あるだろうし。説教の後に2度としないという誓約書を書かせて終わりだ。若い2人は貴重な人材だからな…恩を売って離職しないようにする必要もある。
だが、上司との不倫となると話は変わってくる。明らかにコンプライアンス違反。もし脅迫されていた場合は社内的に済む話でもなくなってくる。不倫の噂は広まっているらしいしな…
「…君達は来月いっぱいで解雇させてもらう。退職金は出すが、違反による懲戒解雇だ。期待はするな」
「…か…解雇…」
「待って下さい!家のローンが…」
「真面目に働いてくれていれば問題はなかった。仮に経営が苦しくてもそう簡単に社員を解雇するような事はしない。社員の生活を守るのも社長の務めだからな」
「………」
「だが、違反をしたなら話は別だ。会社の意向に背くような社員を守ったら他の社員に示しがつかん。信賞必罰という奴だな」
再就職先の斡旋くらいは考えてはいるが…夫婦は離婚するかもしれない。3年前に新卒採用している2人…去年の結婚式で見た2人は本当に仲が良く、私も妻と一緒に若い2人を祝福した。それがこんな事になるとは…
「君達への処分は以上だ。…社内で暴力沙汰を起こされても困るからね。1人ずつ退室しなさい。今日はこのまま帰宅して構わない」
「社長…」
「行きなさい」
上司にあたる男から退室させた。あの男は中途採用だったが…仕事は真面目に取り組んでくれていたんだがな…数年前に子供が生まれた時にマイホームを建てたと聞いている。…有能ではあるから再就職先に困る事は無いと思うが…
「…失礼…しました」
「ああ。気をつけて帰るんだぞ」
次に女を退室させた。ずっと泣いていたが…何故だろうか。私には安っぽく見えた。社内での淫行以外は特に問題はないと聞いていたが…女の本心はわからない。なんとなく感じた違和感もいろいろな人物を見てきた私だから無意識に疑ってしまっただけかもしれないな。
「…社長…誠に申し訳ありませんでした…」
「…帰る前に少し話をしようか」
妻の不倫をさっき初めて知ったのだろう。少し放心してはいたが、謝罪をしてきただけ先に退室した2人よりはまともな感覚を持っているのかもしれない。…先の2人もかなり不安定だったから余裕が無かっただけかもしれないが…余裕が無いのはこの男も同じだしな。
妻とは仲良く暮らしていたらしい。基本的にはいつも一緒に行動していたが、部署が違うので帰る時間はバラバラだったそうだ。いろいろ話して少し落ち着いたらしい。多少は目に力が戻ったように見える。
「…話に付き合っていただいてありがとうございました」
「誘ったのは私だ。気にしないでくれ。…奥さんの事はどうするつもりかね」
「帰って…話し合ってみようと思います。まだ事情の全てを把握した訳ではないので」
「…そうか。忠告しておこう。奥さんの話は慎重に聞くんだ。奥さんは不安定な状態だ…噛み合わない支離滅裂な部分や主観による感情論的な部分もあるかもしれないからな。君はできるだけ冷静にな」
「…わかりました」
男は最後に頭を下げて退室していった。さて…こちらもいろいろ手配しないとな。かなり強引に退職させるから引き継ぎも急がせなくては…貴重な人材を3人も同時に失う事になるとは…100人程度の社員しかいない私の会社にとってはかなりの痛手だ。
男女が一緒に働いている職場だとこういう問題は常に付き纏う。例え結婚していても仕事で一緒にいる時間は長いからな…情が芽生えてしまうのかもしれない。結婚している者達は自制が効かなくなったりな…ある意味では想定内の事態ではあるが…気分は良くない。
2年前から会社に入って私の秘書のような仕事をしてくれている私の娘を会議室に呼んび、事情を話していろいろと手配してもらう。娘は私よりドライな性格なので社長に向いている気もするが…あまり人望は期待できないかもな。
「やっぱりそうなったのね。まあ…あの女はこれくらいでへこたれるような殊勝な性格じゃないわよ」
「…親しかったのか?」
「冗談でしょ?私の大嫌いなタイプよ」
娘は私の知らない情報をいくつも持っていた。結婚する前から社内の男に手を出していた…とか、結婚した男は隠れ蓑のようなものだったとか…
「何故…その情報を私に教えてくれなかったんだ…」
「あくまで噂レベルだったからね。警戒はしてたけどなかなか尻尾を出さなかったのよ。不倫現場を発見できたのは偶然だったし…」
「…密告者はお前か」
「うん。私が社長を引き継ぐ時にああいう奴らがいたら邪魔だし。発見者として話し合いに呼ばれるかもって思ったから密告って形にしたの」
娘が怖い。有能ではあるんだろうけど…
「…そんな性格だから恋人ができないんだろうな…」
「…なんか言った?」
「いや、何も…」
いろいろあったが、半年も経つ頃には落ち着いてきた。上司であった男は奥さんに全てを話して謝罪したそうだ。離婚まではしなかったそうだが、奥さんの信用を取り戻すのは容易ではないだろう。私が紹介した新しい就職先で真面目に頑張っているそうだ。
女は退職後に離婚。私からは連絡がとれなくなったが、娘は把握しているらしい。
「あの女は自分に相応しい場所で働いているみたいね」
…娘の邪悪な笑みが怖くて深く聞けなかった。こんな娘だけど家で飼っている犬の相手をしている時はすごく良い笑顔を見せてくれたりする。結婚したら意外と良い妻になると思うのは親の贔屓目だろうか?
男は本人の強い希望で会社に残った。なんとなく被害者のような気がしたから私は折れてしまった。男に関しては社内で淫行に及んだだけ…不倫していた訳じゃないからな。とはいえ、数年は関連会社に出向という形で会社から離れてもらう。残るというならそれなりの罰は必要だしな。
「そんな事言って、不倫の噂が落ち着くまで離れた場所で守ってあげたかっただけでしょう?」
「…私の考えを的確に読むな」
「本当に甘いんだから…」
そう言いながらも従ってくれる娘もそれなりに甘いとは思うが…
浮気や不倫なんてどこにでもある話だ。だが、総じて本人だけの問題ではないと思う。社内で不倫なんかされたら会社に大きな被害が出る。今回はそこまで大きな話にはならなかったが…社内で済まない問題となった場合は莫大な金額を請求しなければならない事だってある。会社や社員の生活を守る為には金が必要だからな…
数年後…休日に娘が1人の男を家に連れてきた。
「…この人と結婚したいと思ってるの」
「…社長。お久しぶりです」
娘が連れてきたのは関連会社に出向してもらっていた男。関連会社からは返したくないと言われるくらい真面目に仕事に取り組んでくれた男は…数年前とは見違えるくらい立派な顔つきをしていた。
娘は何度か直接会う機会があったらしく、男の誠実な人柄に惹かれたらしい。
男が社内で元妻と淫行に及んだ経緯は元妻に強引に誘われたからだと聞いていた。おそらくは断り切れなかったのだと思う。…まあ…元妻への愛の深さ故の過ちだったと考える事もできるか。
「…このじゃじゃ馬相手だと苦労すると思うがな…任せたぞ」
「ちょっと!お父さん!」
「大丈夫です。そういう部分も魅力的だと思っていますので…」
「…もう…2人して…」
この2人になら会社を任せても良いか。2人の結婚を見届けた後…私は引退しよう。妻とのんびりと過ごしながら孫を抱く日を待つ生活も悪くない。
仲の良さそうな2人を妻と一緒に微笑みながら見ている。本当に…娘に相手が見つかって良かった…娘の結婚を半分諦めていたのは秘密にしておこう。また睨まれてしまうからな…
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