甘かった女

 高校2年の夏休み明け。私のクラスに1人の男子が転校してきた。


 「父の仕事の関係でここに引っ越してきました。よろしくお願いします」


 パッと見は爽やかな好青年。彼氏のいる私にはあまり興味がなかったけど…他の女子からの反応はまあまあ良好だった。

 クラス委員長を押し付けられていた私は担任から転校生の面倒を見て欲しいと頼まれた。知らない土地…知り合いもいない場所に来たのだからきっと心細い思いをしているだろう。私が転校生君の相談相手になれればいいんだけど…


 「…という訳で、困った事があったら相談してね。私じゃ大した事は出来ないと思うけど…」


 「ありがとう。頼りにさせてもらうね」


 私でも少しは役に立てそうね。早くこの学校に慣れてくれればいいんだけど…



 転校生君が来てから3ヶ月が経った。転校生君は私だけじゃなく他の女子ともよく話をするようになった。男子から距離を置かれているのが気になるけど…まだ慣れてないだけだと思う。

 12月に入ってかなり寒くなってきた。今年は彼とクリスマスを過ごしたいなぁ…彼と私が付き合いはじめてそろそろ1年。次の段階に進むには良い機会だと思う。

 そんな事を考えていたある日…


 「アイツと距離を置いてくれ」


 「え?」


 彼が言うには転校生君は女癖が悪く、2人の女の子がヤリ捨てられたのだとか…いきなりそんな話を聞かされても信じられなかった。


 「何かの間違いじゃないの?転校生君はそんな事をする人じゃないわ」


 「…俺の話より、アイツの事を信じるって言うのか?」


 「…貴方がそんな嘘を言うとは思わないけど…誰かと間違えている可能性もあると思うから…」


 「アイツが次に狙っているのはお前だって噂が男子の中で広まってるんだよ…頼む。信じてくれ…」


 「…何かの間違いよ」


 少なくともこの3ヶ月で転校生君がそんな素振りを見せた事は無い。だから…私には彼の言葉を受け入れる事が出来なかった。


 「大丈夫。私がそんな噂は嘘だって証明してみせるから」


 「やめろって。本当にお前が狙われてるなら下手に刺激するのは危険だ」


 「本当に良い人なのよ。貴方も転校生君とちゃんと話したら理解できると思うわ」


 知り合いがそんな誤解をされているのは嫌だったから私が橋渡しをしなきゃいけない…話し合えばきっと彼もわかってくれる。それくらいにしか考えていなかった私が現実はそんなに甘くないと知ったのは翌日の放課後の事だった…



 「なんだよ…そこまでバレてんのか。田舎の馬鹿共を舐めてたぜ」


 「…え?」


 放課後、転校生君と2人で話をする為に空き教室に来た。この学校には学生の減少で使われなくなった教室がいくつかあり、それを校舎の一角に移動させている。誰も来ない場所だから秘密の話をするには良い場所…としか私は考えていなかった。


 「俺さ、3年になる時に前にいた学校に帰るんだよ」


 「そ、そうなの…」


 明らかに態度が変わった転校生君を見て…私は恐怖を感じている。…今なら…彼の話が全て真実だったと信じられるくらい…転校生君からは嫌な雰囲気を感じた。


 「だからさ…こっちにいる間に何人食えるかって遊びをしてたんだよね」


 「………」


 「最初から委員長の事も狙ってたけどさ…どうやって落とそうかずっと悩んでた。いろいろ考えるのも楽しくてね…なかなか手を出せなかったんだよ」


 少しずつ距離を詰めてくる。逃げなきゃいけない…そう理解していても…体は恐怖で動いてくれなかった…


 「来ないで…」


 「無理矢理ってのは考えてなかったけどさ…こういうのもいいかもね。その怯えた表情とか…最高にそそるよ…」


 邪悪な笑みを浮かべたまま…転校生君は私を無理矢理押し倒した。力の限り抵抗したけど、男子の腕力には勝てない。押さえ付けられたまま制服を乱暴に脱がされる。


 「嫌!離して!」


 「いいねぇ!もっと抵抗しろよ!そのほうが楽しいからさ!」


 「いや!いやぁぁぁあ!!」


 私がいくら叫んでも助けは来ない。この校舎にいる生徒なんてほとんどいないのだから…


 日が落ち、外は完全に真っ暗になっている。電気も付けてない闇に包まれた空き教室で…私はクズにずっと犯され続けた…


 「おい…最初の威勢はどこにいったんだよ。もっと抵抗しろよ。面白くねぇだろうが」


 「…もう…許して…」


 「…チッ」


 文句を言いながらも止めてはくれない。完全に心が折れていた私は早く行為が終わってくれる事を祈るだけだった…

 そんな時、私のスマホに着信があった。クズは行為を続けながら私の制服から勝手にスマホを取り出して画面を見る。そして…とても愉しそうな笑みを浮かべた。


 「…おい。これ、さっき叫んでた彼氏の名前じゃねぇの?」


 スマホの画面には彼氏の名前が表示されている。


 「彼氏で間違いなさそうだな…ククッ」


 クズは私のスマホを操作し、通話状態にする。ロックはかかっているけど、着信はロックを解除しなくても繋げられる。


 「よお、この女の彼氏で間違いないか?」


 『…お前、誰だ?』


 「質問してんのはこっちなんだけど?答えないなら切るぜ?」


 『…そうだ』


 「誰だか知らねぇけど可哀想にな…こんな簡単にやれる女と付き合ってるなんてよ」


 『…あぁ?』


 「お前の彼女…俺に抱かれながらよがり狂ってるぜ?」


 嘘だ。私は痛みと不快感しか感じていない。平然と彼を騙そうとするクズに対して強い憎しみが湧いた…声を殺して睨み付けるくらいしかできなかったけど…


 『…嘘だな。アイツはそんな女じゃない』


 「…チッ。お前もつまんねぇな。この女も睨むくらいしか抵抗しなくなってきたしよ…」


 『…お前は絶対に許さん』


 「はぁ?俺に何かしたらどうなるかわかってんのか?この女のハメ撮りをばら撒くぜ。ネット、学校、近所にまで丁寧にばら撒いてやる」


 『……クズが』


 「いや。気が変わったわ。この女もお前も生意気だからよ。無条件でばら撒くわ」


 『…………』


 「我ながら良い作品だと思うんだよな。お前の名前を叫びながら俺に初めてを奪われるシーンとかよ…最高じゃね?見たいだろ?」


 『…………』


 「俺が彼氏なら自殺しちゃうね。まあ、こんな馬鹿な女と付き合った不幸を……って、切れちまった。つまんねぇの」


 興味を失ったように私のスマホを投げ捨てる。


 「俺もやる事が出来たからよ…望み通りさっさと終わらせてやるよ」


 「…アンタなんか…死ねばいい…」


 コイツの擬態に騙されていた私が悪いのだとしても…コイツが私と彼にした事は決して許されない。一生を懸けて復讐してやる…


 「ハッ。俺より先に社会的に死ぬのはお前だけどな。娘がレイプされたとかお前の両親が知ったらどんな顔をするんだろうなぁ…生でその瞬間を見たいぜ…」


 恍惚とした表情が本当に気持ち悪い…その時、私は誰かの気配を感じた。クズは行為と妄想に没頭していたから気付いてはいないようだ。…多分…彼だと思う。そう思ったから私はクズの事を更に睨み付ける事で意識を私に向けさせようとした。


 「あ?なんだよ?怒ってんの?…まあ、お前には睨むくらいしかできないだろうからよ。精々睨むといいさ。俺は寛容だからそれくらい許し」


 勝ち誇って私を見下していたクズの頭が凄い速さでブレた。側頭部から血を流し、崩れるように横に倒れるクズ。クズの背後には消火器を持った彼が立っていた。


 「…大丈夫か?って、大丈夫じゃないよな…」


 「…うん。大丈夫じゃない…」


 彼は動けない私をクズから引き剥がして自分の着ていたコートを私に着せてくれた。それだけで…凄く安心できた。彼は多分、学校に残って私の事を待ってくれていたのだと思う。GPSで私がまだ校舎にいる事を確認したんじゃないかな。

 倒れているクズを確認すると僅かに動いている。死んではいないみたい。


 「生きてる…良かった…」


 「良くない。コイツは殺す」


 「ダメだよ。私は貴方が逮捕されちゃうのは嫌。お願いだから…我慢して?」


 「既に傷害でアウトだと思うけどな…お前がそう言うなら…わかった…」


 「例え捕まってもずっと待ってるけど…その前に捕まらないように頑張ろうよ」


 彼にお願いして警察と救急車を呼んでもらった。死んではいないけど頭部の出血は危険だ。悲鳴を上げる体に鞭を打って鞄の中にあったタオルを使ってクズの傷口を押さえる。頭を強く打ってるから動かしちゃいけない。

 

 「クズは私が見てるから貴方はカメラを探して欲しいの。さっきの言い方からして本当に撮ってると思うから…」


 「わかった」


 自分の犯されている姿なんて人に見られたくないけど…彼の無実の主張とクズの罪を訴えるには証拠が必要になる。私の動画は警察に迷わず提出する。1番の証拠になるだろうしね…


 

 警察が来る前に教師を呼んで事情を説明。私は着替えたかったけど、私の姿も証拠になると思って彼のコートで肌を隠しているだけだ。空き教室の惨状を見た教師…私の担任はクズの応急手当をしてくれた。


 「事情はわかったわ…まさか、こんな事をする子だったなんてね…」


 「私も今日まで気付きませんでした…」


 「証拠はなかったけど悪い噂は流れてた。ヤリ捨てられた女子も口止めされてたのかもな…」


 「多分、命に別状は無いと思うけど…消火器で頭部はマズいわよ…死んでてもおかしくないわ…」


 「殺す気でしたし」


 「警察の前でそれは言わないように。貴方が不利になるわ。…彼女を助けたくて必死だったって事にしておきなさい」


 「はい…」


 「情状酌量の余地はあるから退学にはならないでしょうけど、停学は覚悟しておくようにね」


 「彼が停学なら私も…」


 「被害者が停学になるなんておかしいでしょう?私もできるだけ協力するから…」


 「…はい」



 警察が来てからは本当にあっという間だった。私とクズは病院に搬送。病院で避妊の処置をしてもらって、クズに抵抗した時に痛めた体を癒す為に数日間入院した。その間は警察から取り調べを受けたり両親から怒られたり泣かれたり…友達もお見舞いに来てくれたりしたから退屈を感じる暇なんてなかった。


 彼は警察からは厳重注意だけで済んだらしい。私の両親や学校からの嘆願。私の供述と合わせてギリギリだったらしいけど…結果を聞いた時は本当に安心した。

 学校からは2学期の間…と言っても残り2週間くらいの間の停学処分。私の両親がお礼に行ったら彼の両親は笑っていたそうだ。


 「息子は間違えた事はしていない。仮に取り返しのつかない事になっていたとしても…私達だけは許せていたと思う」


 何度か会った事があるけど、本当に良い御両親だと思う。彼と彼の御両親には感謝しかない。



 クズは退院後に少年院に入るそうだ。クズの所業を知った両親は激怒し、親子の縁を切ると言ったそうだけど…どうなるかわからない。クズは未成年だから親の責任も問われる気はする。

 クズの両親が私の家と彼の家に謝罪に来たらしいけど…相手にしなかったそうだ。私のところには事件の事を思い出す可能性があるから私自身の許可があるまで直接行かないようにと警察が言ってくれたらしい。…聞かれても許可はしないと思う。クズの両親に恨みは無いけど…クズの両親だからね。間接的に良い印象は持てない。




 私達が落ち着いたのはクリスマスの日の目前だった。両親に無理を言って彼の家で過ごす許可を貰う。残念そうにしていたけど…今年は彼と一緒に過ごしたいから…


 彼の家に行くと家には彼しかいなかった…


 「…なんか…デートしてくるって言っていきなり出ていった…」


 「…そ…そうなんだ…」


 気を回してくれたみたい。…恥ずかしいけど、折角のお膳立てだ。活用させてもらわなきゃね…

 家に上がらせてもらい、彼のお母さんが用意してくれたご馳走を彼と2人で食べた。なんだか大人になったみたいで凄く楽しかったな。

 食器を洗った後に彼の部屋に行く。何度も入った事はあるけど…今日はいつもと違う。だって…私の覚悟が出来てるから…


 「…大丈夫なのか?まだそんなに経ってないんだ…無理はしなくても…」


 「ううん。今日がいい。ずっと私を大切にしてくれた貴方に…私も何かしてあげたいから…」


 「そ、そうか」


 「…私がして欲しいっていうのが本音かも…」


 「……頑張って優しくする」


 「…うん」


 クズの忌まわしい記憶を彼の優しさで上書きしてもらった。凄く幸せなクリスマスだったなぁ…


 


 

 6年後…彼と結婚して幸せな生活を送っていた私の前にクズが現れた。仕事帰りの帰り道…待ち伏せされていたみたい。接触禁止とかになっているはずだけど、クズには関係無いんだろうな…


 「お前達のせいで俺の人生はメチャクチャだ。責任を取ってもらうぜ?」


 「……勝手な事を言わないで」


 「俺を不幸にしておいてよ…あの男と幸せそうに暮らしてるとか許せる訳ねぇだろ?今度こそお前のハメ撮りをばら撒いてやるよ」


 狂気すら感じる笑みを浮かべて近付いてくるクズの姿を見て当時の記憶が頭をよぎる。体はまた恐怖で怯えている…でも…心は折れていない。

 バッグの中から護身用のスタンガンを取り出した。それを見たクズは固まっている。私が反撃の備えをしているなんて予想していなかったのだろう。


 「アンタが私の前に現れた時点で…私は正当防衛を主張できるのよ!」


 固まっているクズの胴体にスタンガンを押し当てる。獣じみた悲鳴を上げるクズの体に電流を流し続けた。約5秒くらい押し当てた時点でクズは立てなくなったらしくその場で倒れた。…確か、倒れた後に更に追撃しないと回復する可能性があるって書いてあった気がする。おぼろげな記憶を頼りに容赦なく追撃した。10秒くらい。

 クズの悲鳴を聞いた近所の人が駆け付けてくれたから警察を呼んでもらった。私は恐怖と興奮でスタンガンから手が離せなかったから…

 クズは救急車で搬送され、私は警察に連行された。過去にクズにレイプされた事とクズが逮捕された腹いせに私に復讐しにきた事を伝えると調べた後に正当防衛となった。…こんなにあっさり解放されるならもう少し追撃しても良かったかも…

 迎えに来てくれた夫と一緒に家に帰り、あの時の事を思い出したと伝えるとまた優しく上書きしてくれた。

 …何年後かはわからないけど…きっとあのクズは私の前に現れる気がする。次は催涙スプレーも用意しておこう。

 そろそろ夫との子供を産みたいと思っている。夫との生活…まだ見ぬ子供の為に私はもっと強くならなきゃね。

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