離婚した男
『私と別れて…お願い…』
2週間の短期出張中に妻からかかってきた電話。結婚してまだ半年なのに別れ話を切り出されるなんて予想してなかった…
「な、なんでだ!」
『……昨日の夜…』
妻が語った内容は俺をキレさせるには十分な内容だった…
妻は結婚してから俺の両親の強い希望で俺の実家で一緒に暮らしている。昔から両親と仲の良かった妻はそれを受け入れてくれた。
昨日の夜、妻は俺の両親と軽く晩酌をしてから寝たらしい。…そして寝ている間に…俺の弟に寝込みを襲われてしまったそうだ。昨晩からあった妻からの着信は多分…襲われた直後だったんだと思う。妻は実家から逃げてホテルで一晩過ごしたそうだ。
「あの馬鹿…ふざけた事を…!」
『望んで受け入れた訳じゃないけど…貴方以外の男に抱かれた自分の事を許せないの…お願い…別れて…』
妻は貞操観念の強い潔癖な性格だ。自分に非が無くても自分を責めているのだと思う。俺としては妻と別れたくはなかったが…別れなければ妻は自分を更に追い詰めてしまうだろう…だから…離婚する事にした。
「……わかった。離婚しよう。でも、忘れないでくれ。俺はお前の事を愛している」
『貴方…ありがとう。私も愛しているわ』
俺が寄り添う事で妻を癒せるのであれば仕事を辞めてでも寄り添っていただろう。しかし、今回の場合…俺が近くにいる事で妻が苦しむような気がしたから…妻に必要なのは時間だと思ったから…別れる事が最善だと思ったんだ。
妻と電話をした後、俺は会社に電話をした。
「申し訳ありませんが、家庭の事情ですぐに帰らせて下さい。仕事は俺が不要になるところまで進んでいるので離れても問題無いと思います。必要があれば電話で対応しますので…」
『…かなり火急みたいだな。わかった。今回は許す。早く帰ってやれ』
「申し訳ありません」
『仕事をこなしているなら問題無い。先方には俺から連絡しておく。追加要員を寄こせと言われたら他の奴に行ってもらうさ』
「ありがとうございます」
『落ち着いたら何があったか詳しく説明しろよ?』
「…はい」
出張中に妻が弟に襲われました…なんて言えねぇよ…それっぽい言い訳を考えなきゃなぁ…
その日の夕方には実家に帰る事ができた。かなり強行軍だったけど…弟への怒りで疲れは感じていない。
実家に帰るとリビングで両親と弟が話し合っていた。…いや、両親が弟の事を責めているみたいだな。事情は把握しているのか。
「今、帰った」
「に…兄さん…なんで…」
数日後に帰ってくるはずだった俺が急に帰ってくるとは思っていなかったのだろう。弟はかなり慌てている。
弟の顔を見た瞬間に思いっきり顔面をぶん殴ってしまった。帰ったらまずは話を聞いてやろう…と思っていたが体が勝手に動いてた。吹っ飛んだ弟を力いっぱい踏み付けて追撃していたら両親に止められてしまった…
「ま、待て!それ以上は…」
「やり過ぎよ!」
「…どこがやり過ぎなんだ?妻を襲った強姦魔だぞ?殺しても足りねぇよ」
…まあ、とりあえず話を聞いてやるか。殺したら話も聞けないしな。
両親に宥められて着席。めちゃくちゃ空気の重たい家族会議が始まった。
両親は今朝になって妻がいなくなっている事に気付き、何かあったのではないかと察したらしい。部屋に籠もっていた弟を引き摺り出して話を聞けたのは夕方…ついさっきだとか。
「今朝方、妻から電話があったよ。別れて欲しいってさ…」
「…そんな…」
高校の頃から付き合い、5年の交際を経て結婚。楽しい結婚生活は半年で終わりを告げた。弟のせいで…
「…おい。なんでこんな馬鹿な事をしたんだ?」
「………」
話さなかったので湯呑みに入っていたお茶を弟の顔面にぶっかけた。淹れてからそんなに時間が経ってないからかなり熱いと思う。
弟は顔を両手で覆って呻いているが…俺の心は全く痛まなかった。
「とっとと話せ」
「…が、我慢できなくて…つい…」
聞けば昔から優しくしてくれた妻に対して弟は恋心を抱いていたのだとか…扉が空いたままの俺達の寝室で妻の無防備な寝姿を見てつい襲ってしまったらしい。なるほどねぇ…
「…そんな理由で許してもらえると思うのか?」
どんな理由だったとしても許す気は無いけどな…妻が弟を誘惑したって事なら多少は考えたかもしれないが…妻の性格からして絶対にあり得ない。
「…凄く気持ち良くて…放心している間に義姉さんが部屋から逃げていったんだ…しばらくして我に返ったけど…自分がとんでもない事をしたって気付いて…怖くなって…」
「もういい。黙れ」
「…でも」
「お前の恋人が殺されたとして…犯人がついカッとなったから殺しました…なんて言ってきたら許せるか?俺はそんな事を言われたら犯人を絶対に許さないがな」
「………」
「俺もこの家を出る。妻を襲った強姦魔となんて暮らしてたくないからな」
両親と弟を残して部屋に戻って荷作りを始める。何かしてないと頭がおかしくなりそうだ。…ああ、妻の両親にも説明と謝罪をしなきゃな…本当に気が重いぜ…
6年経った。俺は実家を出て1人暮らしをしている。って言っても出張ばかりでいろいろな土地と転々としているんだけどな。
実家とは連絡をとっていないからどうなっているかはわからん。
久しぶりに地元に帰ってきたのに泊まるのはビジネスホテルとかよ…味気ねぇな。仕方ねぇ…飲みにでも行くか。明日は休みだしな…
良さげな居酒屋を探して駅前をブラつく。どの店に入るかは勘だな。こういう運試しも面白い。
しばらく歩いたが、なかなか俺の第六感に訴えかけてくる店が見つからない。う~む。何故だろう。何時もなら何となく惹かれる店が見つかるんだけど…首を傾げながら歩いていると正面からやたら気になる女が歩いてきた。…元妻と別れてから女に興味のなくなった俺を惹きつけるとは…と思ってよく観察してみると…元妻だった。ああ。なるほど。それは惹かれるわな…
元妻も俺に気付いたようだ。俺の顔を見て固まっていた。
「…あ…あ~。久しぶりだな」
「…ええ。本当に久しぶりね」
「1人で飲みに行こうかと思ってたんだけどよ…お前さえ良ければ…一緒に食事でもどうだ?」
「…ウチに来て。私が作ってあげる」
…昔も良く怒られてたな。外食ばかりじゃ栄養が偏るって…
「それは願ってもないが…その…大丈夫なのか?」
「何が?」
「その…付き合ってる奴とか…」
「誰とも付き合ってないわよ」
「そ、そうか!なら…久々にお前の料理を食べたいな」
「帰る前に買い物に付き合ってね。貴方が食べるなら買い置きの食材じゃ足りないもの」
「荷物持ちなら任せてくれ」
他愛もない世間話をしながら買い物をしていると昔の事を思い出す。この6年の空白がなかったかのように…俺達は自然な形で笑い合えるようになっていた。
元妻は1人暮らしをしていた。ここは妻の実家から近い場所だが、元妻の実家には兄夫婦が住んでいるそうだ。
「実家に帰ってこいって言ってくれてるけどね…義姉さんや姪が気を遣いそうだから遠慮してるのよ」
「なるほどなぁ…」
元妻はずっと1人暮らしをしていたのかもしれない。俺は各地を転々としながら忙しい日々を送っていたから気が紛れていたけど…同じ場所で6年も1人暮らしをしていたら寂しさを感じていたと思う…
「人に作るのは久しぶりだから期待しないでね?」
「お前の料理が不味かった事なんて無いだろう?期待するさ」
ソファーに座りながら料理をする元妻の姿を見続ける。俺の為に料理を作ってくれている元妻の左手の薬指には俺と同じ指輪が光ってるのは…見間違いじゃないよな?
「出来たわよ」
「並べるのくらい手伝わせてくれ」
2人で料理をテーブルに並べる。色取り取りの料理…そんなに時間をかけていない割には種類が多い。俺の好物ばかりだし…
「ちょっと作りすぎちゃったから…いっぱい食べてね?」
「ああ。どれも美味そうだからな…いくらでも食えそうだ」
元妻の作ってくれた料理は本当に美味かった。料理を味わって食べているうちに胸がいっぱいになって…気付いたら泣いてたよ。
「…悪い。料理のせいじゃないんだ…ただ、懐かしくて…」
「…慌てなくていいわ。ゆっくり食べてね」
「ああ。ありがとう」
じっくりと時間をかけて味わって食べた。食後にお茶を飲みながら…俺は元妻に復縁を申し込んだ。
「…やっぱり、俺はお前がいないとダメだ。頼む…俺とやり直してくれないか?」
「別れた原因は貴方にある訳じゃないもの…あの時の私が…耐えられなかっただけ…貴方と一緒に暮らすのは良いけど、貴方の実家に入るのは…」
「俺もあの後、家を出た。今は各地を転々としながら一人暮らしをしてるんだよ」
「…私にも仕事があるから、ついて行けないわよ?」
「お前が一緒に居てくれるならもう出張なんて行かないさ。行けって言われたら今の仕事を辞めてやる」
「……2人で暮らすのよね?」
「ああ。2人だけで暮らそう」
「…わかったわ。私で良いなら…またお願いします」
「…まさか、お前と再会した日に復縁の約束までできるとは思ってなかったよ」
「私が愛しているのは貴方だけよ。でも、私から別れを切り出したから…連絡できなくて…」
「俺もお前以外の女に興味は無い。俺から連絡するとお前を追い詰めてしまうと思ってな…ずっと連絡できなかったんだよ…」
お互いに想い合っていても…最後の一歩を踏み出せなかった。もしかすると他の男と…って事も考えたしな。6年は…本当に長い…
「こっちで住む場所はどうしてるの?」
「ビジネスホテルだ。何となく飲みに行こうと思ってブラついてたら…お前と会ったんだよ」
「そうだったの…それなら、今日は私と飲みましょう?ベッドは一つしかないけど…泊まってくれると嬉しいわ」
…これはお誘いだろうか?いろいろと我慢できなくなってるのは俺だけじゃないのかもしれない。
「多分…加減できないと思うぞ?」
「……久しぶりだから…その…」
「…と、とりあえず飲むか。酒が無いなら買ってくるぞ?」
「ワインと貰い物のウイスキーがあるわよ」
ふむ。普段はビールだけどたまにはウイスキーも良いかもな。味の違いがわからないけど…
「ウイスキーをいただこうかな」
「適当なおつまみも用意するわね」
その日の夜は…2人で楽しく飲んで…激しく愛し合った。6年の時間を埋めるように…想いを伝え合いながら…
翌朝は二日酔いが酷かったけどな。ビールしか飲まない奴がいきなりウイスキーを大量に飲むとこうなるらしい。行為の途中から記憶が無いのは…酔いが回ったからだろうか?…リバースとかしてなくて良かった…
「貴方…大丈夫?」
「…二日酔いが酷い」
「今日は休みなんでしょう?治るまでゆっくり休んでて」
「…ああ。そうさせてもらうよ」
…朝起きて、隣に元妻が居る。夢じゃなかったんだな…俺は本当に…もう1度やり直せるんだ…
「貴方…大丈夫?」
「ああ…もう大丈夫だ。もう…離れないから…」
心配してくれる元妻を抱きしめて温もりを確かめる。夢じゃない。現実だ。
「貴方…」
強く抱きしめ返してくる元妻を愛しく思いながら…二日酔いによる頭痛に耐え続けた。クソ…二日酔いさえなければ…
妻の御両親には籍を入れる前に挨拶に行った。離婚した時に謝罪に来た時はめちゃくちゃ怒鳴られて責められたけどな…今回はどうなるだろうか…
「…娘を迎えに来るのが遅すぎる」
「…はい?」
「娘はずっとお前の事を待ってたんだ。6年も待たせおって…」
「申し訳ありません…」
「…ふん。次に娘を悲しませたら許さんからな」
…復縁を許してくれるって言ってくれてるみたいだな。ちょっと怖いけど…娘想いな人だから元妻の事を心配していたのだと思う。
「…弟さんはどうしてるの?」
「わかりません。あの一件以来、実家とは縁を切っていますので」
「…そう」
義母さんは弟が元妻に接触しないか心配しているようだ。…俺の目の黒いうちは絶対に会わせる事は無い。だから大丈夫だ。
元妻は弟に強姦された事を通報していないらしい。元妻は弟の事を可愛がってくれたからな…きっと、弟が逮捕される事を良く思わなかったのだと思う。
支えるべき時に支えられなかった俺が言っても説得力は無いけど…もう2度とあんな事にならないように守り続けていきたいと思っている。
妻と復縁した1年後…親父から俺に連絡が入った。またキレちまったよ…
『あ~…アイツが結婚する事になってな…式にお前を呼びたいと言ってるんだが…』
「…ふざけてんのか?誰が妻を襲った奴の結婚式なんか行くかよ」
『…アイツもかなり反省してるんだ。1度、話をしてやってくれないか?』
このクソ親父…いや、親父に文句を言っても仕方ないか。あの馬鹿に直接言わないとな…
「……わかった」
『そ、そうか!もう7年も経つんだ。お互いに歩み寄って』
ムカついたので親父との電話を切り、すぐに馬鹿に電話をする。何度かのコールの後…電話は繋がった。
『…兄さん?』
「…ああ」
あの時、弟は高1だったから…今は23か。俺が離婚した時と同じくらいの年齢だな。
『父さんが兄さんに連絡してくれたのかな?』
「…ああ。結婚するんだってな?」
『そうなんだよ。だから…兄さんにも式に来て欲しくて…』
「俺が行くと思ってんのか?」
『…兄さんが俺の事を恨んでるのは理解している。あの時は…俺も若かったんだ…』
「若かったからで済まされる事じゃねぇだろうが!強姦は立派な犯罪だ!お前のせいで離婚した俺に向かって…自分の結婚式に出て欲しいだぁ?どんなメンタルしてりゃそんな馬鹿な事が言えるんだよ!」
『俺だってずっと自分を責めてるよ!でも…もうどうしようも無いじゃないか!』
「お前が捕まらなかったのはアイツが通報しなかったからだ!お前が逮捕されたら可哀想だからって…アイツはそこまでお前の事を考えてくれたんだぞ!それをどうしようも無いだと?どこまで甘ったれてんだよ!」
『俺だって義姉さんに謝りたいよ…でも…謝ろうにも…どうやって会えばいいのかわからないんだよ…』
「……お前の結婚相手はお前が強姦魔だって知ってんのかよ?」
『…言える訳無いよ』
「…お前、本当に最低だな。俺やアイツに謝ろうとしてるのも結婚相手に余計な事を言わないように口止めしたいだけなんだろう?許してもらって安心したいんだよな?」
『………』
「親父やお袋も結婚相手に隠してるって事か。なるほどな。お前と和解させたがる訳だ。お前ら全員腐ってるよ…」
『……許してくれなくてもいい。だから…黙っててくれないか?』
「嫌だね。自分のやった事が世間からどう見られるのか…身をもって知るんだな」
『…兄さんなら愛する相手と別れる辛さを知ってるだろ?だからさ…頼むよ…』
頭に血が上りすぎて卒倒しかけた…やっぱりコイツだけは許せそうにねぇ…
「俺達が別れる事になった元凶はお前だろうが!」
『だから謝るって言ってるだろう!?散々人の事を馬鹿にしておいてさ…やろうとしてる事は俺と一緒じゃないか!』
「全然違うだろうが!強姦魔と一緒にするな!俺は詐欺師に騙されようとしている被害者に真実を教えようとしているだけだ!」
『だから余計な事をするなって言ってるんだよ!…わかった。お互いにもうこれ以上関わらない。それでいいね?』
「ふざけんな。何でも自分の思うように事が運ぶなんて思うなよ。結婚相手にはお前と結婚する前に真実を教える。それでも結婚してくれるって言うなら俺からは何も言わねぇよ」
『絶対に邪魔はさせないからな…もうアンタは俺の兄さんじゃない。俺の敵だ』
「お前はあの日から俺の敵だがな…自分の犯した罪で一生苦しみやがれ…」
これが俺と弟だった男との最後の電話だった。知り合いや親戚から結婚相手の情報を集め、結婚相手に直接会って弟の罪を話したよ。信じてもらえたかはわからない。でも…亀裂は入ったと思う。別れ際に俺の連絡先を渡した。何かあれば相談に乗ると言い残して…
それからは特に変わった事は無い。実家と完全に絶縁したくらいだ。
妻と2人での生活は本当に楽しかった。今は頑張って妊活中。義父さん達から急かされてるしな。義兄さんは娘だけで満足しているらしく、2人目を作る気はないらしい。
「私、2人くらい欲しいんだけど…」
「何人でも作ろうぜ。まとめて可愛がってやる」
「フフッ。そうね。家族は多いほうが賑やかで楽しいわよね」
再構築で以前と同じ関係を作るのは難しい。俺は実家と絶縁しているし、妻はその事を気に病んでいる。それでも、俺達は幸せを求め続ける。多分…それが誰かと一緒に歩む正しい道だと思うから…
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