無視された女
高校2年の冬。部活が終わった後…私は彼の親友と私の部屋で体を重ねていた。
始まりは些細な事だった。彼の親友という事で話すようになり、同じバスケ部という事で徐々に距離が近付いていった。
私に彼がいるように、彼の親友には彼女がいる。だからお互いに本気じゃない。ただの遊びだ。体を使った運動を一緒にしているだけ…まあ、間違いなく浮気だけどね。
「彼女がやらせてくれない」
彼の親友の悩みは私と同じだった。彼が私を抱いてくれない。月に何回かは抱いてくれるけど…高校生の性欲はその程度じゃ発散できない。自分ですればいいんだろうけどしている途中で虚しくなる。彼がいるのになんで自分で慰めなきゃいけないのかって…セックスのほうが気持ちいいのにって…
そう考えていた私と彼の親友の目的は一致した。だからセフレになったの。
お互いの恋人と別れたいわけでも別れさせたいわけでもない。だからこの関係は秘密だ。
ある日、彼がいきなり口を聞いてくれなくなった。思い当たる事は当然ある。でも確認なんてできる訳が無い…
彼は親友とも話していないようだ。…それが全ての答えなのだろう…
私達はその日から学校で2人で会う事は避けた。彼は周りに何も言っていないみたい…これ以上怪しまれる訳にはいかない。誰に見られているかわからないのだから…
彼の親友とは電話だけでやり取りしている。
『…俺達の関係…アイツにバレてるよな?』
「…ええ」
『アイツ…俺の彼女にチクったりしないよな?』
「…自分だけ逃げる気?」
『俺は彼女と別れたくないんだよ!』
「私だって…彼と別れたくないわよ…」
もう手遅れなのは理解している…それでも彼の事が好き…一緒にいたい…
『なあ…何もなかったみたいに話しかけてみろよ』
「無理よ…自分にできないくせに押し付けないでよ」
『彼女のお前が頑張って上手く誤魔化せばなんとかなるかもしれないじゃん。な?』
「話しかけられるならとっくに話しかけてるわよ!」
『あ~もう!…どうすりゃいいんだ…アイツがあんなにキレてるとこなんか見た事ねぇよ…』
「…私にもどうすればいいかなんてわからないわよ…」
結局、打開策なんて思い浮かばなかった…
彼が口を聞いてくれなくなって2週間。彼は相変わらずだ。私達だけ無視されている。彼にバレてからアイツとはやってない。…何よ…普通に我慢できるんじゃない…私の馬鹿…
性欲が我慢できないなんて言い訳だった。こんな状況になってようやく…私がいかに彼の事を軽く見ていたのかを思い知らされた…心のどこかで彼は優しいから許してくれるなんて都合の良い事を考えていたのだと思う…現実は甘くなかった…
毎日話していたカップルがいきなり話さなくなったらどう見えるだろうか?何かあったのだと周りにすぐに気付かれる。当然、私と同時に無視され始めたあの男も怪しく見えるだろう…
私だけなら喧嘩でもしたんじゃないか?って思われただけかもしれない。しかし、同時に無視されはじめたあの男がいる。関係を結び付けるのは自然な事だ。…彼は私達を同時に無視する事で私達が浮気をしていたんじゃないかと周囲の人間に予想させた。
私の友人達も私を避けるようになった。彼と何かあったのか聞かれても答えられないから友人達に距離を置かれた事を助かったと思ってしまった…
部活仲間にも噂されるようになった。皆で頑張ってきたのに…私が浮気なんかしたから部活内の雰囲気は悪くなっている。こうならなきゃどれだけ馬鹿な事をしていたのかわからないくらい…私は愚かだったのだろう。
無視されはじめて1ヶ月。私はもう限界だった。彼が何かした訳じゃない。だけど、私達の浮気はほとんどの生徒が知っているくらい広まっていた。他にもセフレがいるとか、頼めば誰とでもやらせてくれるとか…身に覚えの無い噂まで流れている。
「なあ、今日の放課後ホテル行かねぇ?ホテル代は俺が出すからさ」
「行かないわよ」
「なんだよ…誰とでもやるのに俺とはやらないってのか?」
「………」
もう疲れた…こんな奴の相手なんかしてられない…
「おい!なんか言えよ!」
「2度と話しかけないで」
休憩時間、クラスに居辛くて人が来ない場所で時間を潰してたらこんなのに絡まれる。学校って…こんなに嫌な場所だったんだ…少し前まで本当に楽しかったのになぁ…
あの男もなかなか悲惨な状況らしい。私のように誘われる事はないけど、孤立している。そろそろイジメが始まる気がするわね…
私達は部活に行かない事にした。また新しい噂が流れるだろうけど…何をしても同じだ。私達は悪い事をした。だから…私達には何をしてもいい。それが集団心理だ。もう歯止めなんか効かない…
『…彼女と別れた』
「まだ付き合えてた事が凄いわよ」
『…俺、学校辞めようかな…』
「…転校すれば?高校は卒業しておかないと将来大変よ?」
「……そうだな。親に相談してみる」
「ええ。頑張って」
状況を親に説明するのも勇気がいる。上手く誤魔化せたらいいけど…浮気をした事も話さなきゃいけないんだろうな…私にはそんな勇気は無い。だから…耐え続けよう。間違いなく自業自得なのだから…
1ヶ月後…進級を目前にして浮気相手は転校していった。寮のある男子校らしい。浮気相手は転校する前に私の事を心配してくれた。
『気を付けろよ。馬鹿な奴なんか何処にでもいるからな』
「私やアンタみたいに?」
『…ああ。俺達みたいな奴さ』
浮気相手が忠告してくれたのは私の周囲の空気が更に悪くなっているのを感じたからだろう。最近は馬鹿な男が頻繁に話しかけてくるようになった。どうもゲームの対象になっているようだ。
私もこんな状況で無防備でいられるほど図太い神経はしていない。防犯ブザーやレコーダーを持ち歩くようになった。セックスは嫌いじゃないけど誰が相手でも良いという訳じゃないからね…
高校3年の春…彼とは違うクラスになった。正直、すごくホッとした。彼も私と違うクラスになった事で安心してるんじゃないかな…
2年の時は本当に孤立していたけど、3年になって噂を気にしない子が友人になってくれた。この子もいろいろあったらしい。深く聞いてはいないけど、肩にタトゥーを入れているそうだ。
「若気の至りって奴ね。消してる途中だけどまだまだ時間がかかるのよ」
「私達、まだ若いよ…で、タトゥーっていくらくらいするの?」
「大きさにもよるけど5万くらいあれば足りると思う。やめときなよ。こんなの入れても後悔するだけだからさ」
「はは…後悔はもうしたくないなぁ…」
「私達はまだ若いんでしょ?馬鹿な事をしてもやり直せるって」
「…そうだね」
この子…強いなぁ。やり直せる…か。彼とやり直す事は無理でも…次に活かす事はできるよね…私も見習わなきゃ…
それからは相変わらずの空気の悪さだったけど、友人のおかげで馬鹿な男が寄ってくる事は減った。友人のお兄さんは去年卒業したけどちょっと怖い人だったらしい。
夏休みになった。進学の為に塾に通っている。たまに友人と遊ぶけど、会う度に髪の色が変わっている。めちゃくちゃ痛んでそう…大丈夫なのかな?
友人はビリヤードを教えてくれた。なかなか難しい。玉が真っ直ぐ進まない…友人はそれを見て笑ってるし…でも、楽しいから許す。
友人の家に遊びに行った時にお兄さんと会った。確か…剣道部の人だった気がする。
「お?お前が普通の友達連れてくるなんて珍しいじゃん」
「私の友達は普通の子しかいないわよ」
「…髪がピンク色の子も普通なのか?」
「可愛いじゃん」
「…そうかよ」
兄妹仲は良いらしい。学校で見た時はちょっと怖そうな感じだったけど、良いお兄さんみたい。
「こんなのだけど仲良くしてやってな」
「いえ。いつも私が良くしてもらってますから」
「挨拶が済んだなら出てってよ。どうせ今日も部活なんでしょ?」
「部活じゃなくてサークルだっての。確かにそろそろ行かなきゃ遅れちまうな。行ってくるわ」
「ん。行ってらっしゃい」
お兄さんは大きなバッグを背負って出て行った。
「優しそうなお兄さんだね」
「あの強面を見てそんな事言ったのアンタが初めてよ…」
そんな感じで思ったより楽しい夏休みを過ごす事ができた。友人には感謝している。
高校3年の冬…受験が終わり、第一志望の大学に受かった。私の家から1番近い大学だ。
…そろそろ、ちゃんと彼に謝らなきゃいけない。逃げ続けた私の事を許してもらえるとは思ってないし、もう恋人じゃなくなっているとは思うけどね。
放課後に校門で彼が出てくるのを待った。多くを語る必要は無い。浮気した事を謝るだけ…謝るだけなら1分もかからないけど、場所に気を使う必要がある。校門で謝罪したら彼も迷惑だろうし…
そんな事を考えながら待っていると彼が1人で出てきた。
「…少し、時間いいかな?」
「……ああ」
2人で並んで歩き、人気の無い公園に寄った。まだそんなに遅い時間じゃないけど外は寒いから公園内に子供はいない。
「浮気をして貴方の事を傷つけてしまってごめんなさい」
「……1つだけ、教えて欲しい」
「うん」
「なんで…アイツと浮気したの?」
「セックスがしたかったから。貴方も私を抱いてくれたけど…私はもっと抱いて欲しかったの」
もう隠す事なんて何も無い。彼自身が聞きたいというなら何でも答える。
「確かに…君は俺に抱いて欲しいってよく言ってたね。なるほど…満足させてあげられなかった俺が原因って事か」
「違うわ。私が貴方を甘く見ていただけよ。貴方なら浮気をしても許してくれる…勝手にそう勘違いしてただけよ」
「…許す訳無いだろう」
「ええ…だから…私が悪いの。性欲が満たされないなんて言い訳だった。現に貴方に浮気がバレたと気付いたあの日から今日までセックスしなくても大丈夫だったもの…」
「…そう。話を聞いて少しはスッキリしたよ。君達を許す事はできないけど…綺麗に終わらせる事はできる」
「………」
「別れよう」
「うん。私と付き合ってくれてありがとう」
「君が浮気するまでは本当に楽しかったよ。じゃあね」
彼はもしかすると私が謝るのを待っていてくれたのかもしれない。…いや。きっと待ってくれていたんだ。彼は本当に優しかったから…私にケジメをつける機会を作ってくれた…そう思う事にしよう。本当にありがとう。
大学に通い出してからは友人のお兄さんと付き合いはじめた。友人は美容関係の専門学校に通っている。
友人のお兄さんは私の事情を全て知って付き合ってくれている。浮気は絶対にしないって約束した。
「当時の君の事は学校で見かけたくらいしか記憶に無い。今の君は浮気なんかしない感じだから…俺は気にしない」
「はい。約束します。もう懲りましたし…」
「兄貴もようやく童貞卒業か~」
「…なんで俺が童貞だと知っている?」
「妹だし。兄貴に恋人がいた事なんかないのでしょ?」
「……そこら辺のお姉さんで童貞捨ててる可能性もあったかもしれん」
「恋愛レベルが中学生並みの兄貴がそんな簡単に童貞捨てる訳無いし。処女よりガード固いでしょ?」
「や、やめろ…それ以上はマジで立ち直れなくなるから…」
「兄妹じゃなければ私がいただいてもよかったけどね~。流石にマズいっしょ。彼女にお願いしてよ」
「………恥ずかしすぎて死にたい」
「え、え~っと…」
兄と妹ってどっちが上なんだっけ?仲は良いんだろうけど…
「こんな兄貴だけどさ、お願いね。もう間違えちゃダメだよ」
「…うん」
間違えた私がまた幸せになる事ができたのは縁に恵まれていただけだと思う…もう一歩間違えてしまっていたらきっと悲惨な事になっていた気がする…
浮気する人は同じ過ちを繰り返す…って言うけど、こんなに痛い目に遭っても繰り返してしまうのだろうか?私はもう2度とあんな思いはしたくないし、相手を傷つけたくないと思っている。
「とりあえずホテル行ってくれば?家でするなら私が外に出るけど…」
「ま、待て。そういうのはちゃんと順序があってな…」
「順序なんか無いわよ。やりたいならホテル。これ常識」
「いや…流石に早すぎだろう…まだデート2回しか…」
「いけるいける」
「…マジで?」
そういう話は私に聞こえないところで話して欲しいなぁ…まあ…お兄さんに会う時はいろいろ準備はしてるけど…
「慣れてくれば路地裏とかでも…」
「お前、爛れすぎだろう…」
「公園で全裸は流石にヤバいと思った」
「相手は誰だ!?」
「誰だったかなぁ…?」
「忘れちゃうくらい相手いるの!?」
…今日はそんな雰囲気じゃなさそう。後学の為に話をしっかり聞いておこう。お兄さんとはまだ付き合いはじめたばかりだし…慌てる必要は無い。ゆっくりと関係を築いていけばいいのだから…
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