信用を失った女 前

 浮気はダメな事だなんて小さな子供でも知っている。だけど…浮気は誰にでも簡単にできてしまう。馬鹿な私にもできてしまうくらいに簡単に…


 高校2年の夏休み。私は浮気をした。相手はクラスメイトのチャラ男。


 「バレなきゃいいんだって」


 ちょっとした悪戯をするような軽いノリで誘われて…ちょっとした火遊び感覚でつい乗ってしまった。

 彼が部活で忙しくしていた夏休みの間…私は何度もチャラ男と体を重ねた。彼と体を重ねた時の多幸感とは違う強烈な快楽…やってはいけない事をしているという背徳感。彼を裏切って他の男と体を重ねてしまっているという罪悪感。彼とのセックスでは絶対に味わえない感覚に抜け出せなくなるくらいハマってしまった。回数を重ねるにつれて周囲の目を警戒する事も忘れ、何度もチャラ男の家に通ったりホテルへ行ったり…

 彼から全く連絡がこなくなっていた事にすら気付かないくらいに夏休みの間だけのチャラ男との関係に溺れてしまった。


 夏休み最終日。チャラ男との関係は今日で終わり。お互いに暇な時間を潰す為だけの関係だ。明日から私達はただのクラスメイトに戻る。


 「今日で最後か…なあ、明日からもセフレとして会ってくれないか?」


 「ダメよ。期限があるから楽しめたの…最後なんだから思いっきり楽しみましょう」


 「惜しいけど仕方ないか。そういう約束だもんな」


 期限付きの関係…お互いの罪悪感を軽くする為に結んだ約束。「夏休みの間だけ」という期限は私の罪悪感を軽くしてくれていた。まるでバイトでもしているかのような感覚。…立派な浮気だけどね。

 チャラ男と過ごした夏休み最後の日はとても爛れた一日だった…私にとって最後の安息の日になるとも知らずに…最後の時間を惜しむように快楽を貪っていた…



 夏休み明けの登校日。クラスに入った瞬間に足が竦んだ。私を見るクラスメイトの視線から強烈な敵意を感じる…友人や彼も含めて…

 彼に話しかけられるような雰囲気ではなく、私は言葉を発する事もできずに自分の席に座った。


 何よ…この空気…


 俯いて時間が過ぎるのを待った。居心地の悪さを感じながらこの異常な状態の原因を考える…私にだけ向けられている悪意…クラスメイト全員を敵に回すような事って…

 HRギリギリの時間にチャラ男がクラスに入ってきた。もう2分遅かったら先生のほうが先に着いていたと思う。


 「う~す……って、なんだよ。お前ら…」

 

 チャラ男も私と同様の視線で見られているようだ。…なるほど。原因は…チャラ男との浮気…

 チャラ男も私と同様に足が竦んでいるようだ。入口で動けなくなっている。

 後から来た先生が教室の入口で固まっているチャラ男に話しかける。


 「何してるんだ?休みボケで自分の席を忘れたか?」


 「い、いや…なんか入りづらくて…」


 「まだ休みたい気持ちはわかるがな…諦めて席に着け」


 「……うす」


 先生が来た瞬間にクラスの雰囲気は私が知っているいつも通りの雰囲気になっていた。よくわからないけど…クラスメイトだけみたいね。先生はいつも通りだし…

 原因はわかっても打開策なんか浮かばない。私とチャラ男の関係がクラスメイトにバレている…私達2人の共通点なんてそれしかないもの。さっきの様子だと友人から話を聞くのも難しいだろう…


 休憩時間の度に教室から逃げ出した。すぐに帰りたかったけど…家には母さんがいる。早退した時点で連絡が行くだろう。今日は大丈夫かもしれないけど何度も使える手じゃない。

 昼休み…私は屋上でチャラ男と話をした。


 「多分…私達の関係が皆にバレてる」


 「…マジで?」


 「それ以外に私達2人だけがあんな視線で見られる理由なんてないもの…」


 チャラ男は屋上の入口を見ながら少し大きな声で問いかけた。


 「そこにいるのは誰だ?」 


 全く気付かなかったけど、私達は尾行されていたらしい。チャラ男が入口のドアを開いて確認したがそこには既に誰もいなかった。走り去る足音だけは聞こえたらしい。


 「…チッ」


 「…完全にバレてるわね」


 「クラスでグループを作って共有されてるのかもしれねぇ」


 当事者である私達以外のグループ…あり得る話だ。あの様子からして夏休み中の密会がバレてるんだと思う。


 「…どうしよう」


 「もうどうしようもねぇよ。アイツらにずっと監視されてネタにされ続けるだろうな」


 「…そんな」


 学生の浮気で逮捕される事は無い。別に犯罪ではないからだ。でも…浮気は周囲の人間に裁かれる。罵倒されたり…無視されたり…


 「…バレちまったら火遊びじゃ済まねえ。もう諦めてさ…俺と付き合わないか?」


 「…まだ…彼と別れた訳じゃないし…」


 「無理だって。何も言ってこないなら放っておけよ。罵倒されて泣かされるのがオチだ」


 「………」


 「もうさ、どう足搔いても無理なんだって…」


 「…うん」


 その日から卒業までチャラ男と身を寄せ合うように過ごした。クラスメイト達は最低限の会話はしてくれたけど…冷たい感じだったな。

 卒業して地元の大学に通い出してからもチャラ男との関係は続いた。大学に通っても私の噂は完全には消えなかった。体目的の男から軽いノリで誘われる事も何度かあった。

 辛い現実から逃げたくてお互いを求め合い…大学を卒業するのと同時に籍を入れて結婚した。チャラ男に対する愛情は多分ある。でも…元カレに対して抱いていた綺麗な感情とは違うものだと思う。


 「浮気すんなよ」


 「アンタこそね」


 お互いに新しい相手を見つける事が難しかったから妥協しただけだ。

 高校時代にあのまま孤立してたら不登校になって辞めてただろうし…チャラ男に感謝はしてるんだけどね。

 私は二度と浮気をするつもりは無いけど…多分、チャラ男から信用されていないだろう。私もチャラ男を信用してないから…

 きっとこのまま…お互いに疑いながら過ごしていくんだろうなぁ…

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