酔った男

 25で妻と結婚して3年。夫婦仲は良いと思う。妊娠3ヶ月目の妻の許可を貰って高校の同窓会に参加する事にした。卒業してから10年か。俺もかなり変わったと思うけど、クラスメイト達も変わっているんだろうな…などと思いながら会場の焼肉屋を目指して駅から歩いている。

 高校時代に付き合っていた同じクラスの彼女とは違う大学に通うという事で別れた。あれから10年。彼女も誰かと結婚しているかもしれないと考えると少し複雑な気分ではある。嫌いになって別れた訳じゃないからな。思うところはあるってところか。



 開始時間10分前に焼肉屋に着くとクラスメイト達のほとんどが集まっていた。俺は大学以降は地元から離れて暮らしているので皆と会うのは本当に久しぶりだ。…俺が結婚している事は誰も知らないんじゃないかな。特に話す機会もなかったし…あ、指輪忘れてる…まあ、いいか。酔って無くしたりしたら大変だしな。


 「お、久しぶりじゃないか」


 「ああ。久しぶり」


 当時の友人達に温かく迎えられて輪の中に入る。10年という歳月は思ったより大した時間じゃないのかもしれないな。あっさりと馴染む事が出来た。

 違うテーブルには元カノがいた。俺に気付いたみたいで嬉しそうに小さく手を振ってくれた。…昔は可愛い感じだったけど、今は清楚って感じだな。落ち着きのある雰囲気を纏っている。…元カノを見て当時の感覚を思い出した。やっぱり…俺は元カノにまだ未練があるらしい。



 ひたすら食って適度に飲んでいると皆もほどほどに出来上がってきたみたいだ。席を移動しながら昔話で盛り上がっている。


 「隣、良い?」


 「ああ。もちろん」


 元カノがビールの瓶を片手に隣に座る。お酌をしてくれるらしい。


 「お酌をするの…忘年会とかで慣れちゃったわ」


 「ああ…俺もやったなぁ…」


 2人で苦笑いをしながら乾杯して再会を喜んだ。…彼女は指輪を付けていないようだ。まだ結婚していないのかな?

 付き合っていた頃の話をして盛り上がっていると、元カノの事が愛しく思えて仕方ない。一瞬だけ妻の顔が頭をよぎったが俺の感情を止められるほどの効果はなかった…


 「なあ…終わったらさ…一緒にホテルに行かないか?」


 「……うん」


 ゴムを買う時間すらもったいなく感じてホテルに直行する。酒と当時の思い出に酔っていた俺達は激しく求め合った。久しぶりの元カノの体は俺を虜にするには十分すぎるほど魅力的で…妻の事も忘れて一晩中元カノの体を貪った。


 

 翌朝…目が覚めた時には元カノの姿はなかった。台の上に置いてあった俺のスマホの隣にあった置き手紙に気付いて中を見てみると…


 朝に奥さんから電話があったよ。君…最低だね。


 俺は元カノの今の連絡先は知らないし、何を言っても言い訳でしかない。…一夜限りの夢だったと思う事にしよう…

 妻に電話をして友人の家に泊まったと伝えた。実家に泊まる予定だったのに実家から昨日は帰って来なかったと妻に連絡が入って事故にでも遭ったんじゃないかと心配していたそうだ。…純粋に俺の事を心配してくれる妻に今更ながらに罪悪感が湧いた…もう浮気なんてしない。妻の事だけを愛し続けよう…




 3年後…妻が2人目を妊娠した事をきっかけに俺の実家で両親と一緒に暮らす事になった。俺の両親は基本的にお節介だから妊娠中の妻の手助けをしてくれると思う。俺の両親と妻は仲が良いから心配はしていない。

 休日に近所の公園で家族サービスをしている。娘と一緒に滑り台を滑ったり砂場で遊んだりした。…最近は砂場のある公園も減ってきたなぁ。遊具もかなり減っているみたいだ。危ないかららしい。妻はベンチに座りながら俺達の事を微笑みながら見ていた。

 昼間くらいに帰宅している途中…娘と同じくらいの男の子を連れた女性とすれ違った。…元カノだ…娘と同じくらい?…まさか…

 振り返って見てみると元カノもこちらを見ていた。男の子は不思議そうにしながら足を止めた元カノを急かしている。


 「まま。すべりだい」


 「はいはい。○○。今行くわ」


 何事もなかったように男の子と一緒に公園に向かう元カノ…


 「あの男の子。あなたと同じ名前なのね」


 「…○○なんてありふれた名前だ。偶然だろう…」


 自分を騙した男と同じ名前を付ける偶然なんてあるのだろうか?予期せぬ再会と男の子の名前に薄ら寒さを感じてその場を離れた。


 願わくば…このまま何事も無く平穏な日々を送りたい。…一夜限りの過ちで家族を失う事にならないように祈りながら家に帰った…

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