悟った男 前
夕食後、珍しく親父が皆に話があると言ってきたので俺、妹、母親の3人はリビングで待っていた。親父は何か準備があるらしく、なかなか来ない。
「話って何だろうな?」
「さあ?あの人の事だから何か大切な事だと思うけど…」
「早く部屋に戻りたいんだけどなぁ…」
雑談をしながら親父を待つ事15分。親父は封筒とタブレットを持ってリビングにやってきた。
「すまんな。データの移動の方法がよくわからなくて手間取った」
親父はそう言うと険しい顔をしながらタブレットを操作する。…ノートPCのほうがよかったんじゃねぇかな。手つきが怪しすぎる。
親父は操作を終えたようで、テーブルにスタンドを置いてタブレットの画面を全員に見やすいようにする。動画?…何だろうな。映画とかならテレビで見るだろうし…
『すごいの!もっとして!』
妹と俺の同級生のクズがやってる動画だった。…親父…最低だな。なんてもん見せるんだよ…妹は顔面蒼白になりながら画面を見ている。小刻みに震えているのは気のせいじゃないだろう…しばらくの間…妹の乱れた姿がタブレットに映し出されていた。
「…親父。流石に趣味悪すぎだろ…」
「隠しカメラで撮影したのは俺の寝室だ。黙って見てろ」
数分間がこんなに長く感じた事は無い。妹…泣いてるしよ…
妹との行為が終わった後、クズは画面の死角にいる誰かを呼んだ。
『おい。次はお前だ』
『ずっと待ってたの…早く…』
画面に登場したのは…お袋だった。既に俺の不快感は限界に近かったから…お袋の裸体を見た瞬間に吐いてしまった。
「……親父…もうわかった…わかったからもうやめてくれ…」
「すまんな…まだ終わりじゃないんだ…」
妹とお袋も顔面蒼白で俯いている…小刻みに震えながら何かブツブツ言ってるのが怖くて仕方ない…
お袋と妹を抱いた後、クズは楽しそうに2人を見下していた。
『あの女に続いて家族も堕としてやったぜ…全てを知ったらアイツはどんな顔をするだろうな…』
恍惚とした表情で独り言を呟いているクズは本当に気持ち悪かった。俺とクズの仲は致命的に悪い。犬猿の仲って表現が可愛いくらいかもしれない。アイツの不良行為を風紀委員として学校に何回報告したかわからないしな…相当恨まれている自覚はあったが…ここまでしてくるとは…
「俺の中で離婚は確定している。娘を連れて家を出ろ。娘が成人するまで最低限の養育費は払ってやるが、財産を渡す気は無いと言っておく。文句は弁護士経由じゃないと聞かない。日が変わる前に出て行け」
親父は淡々と封筒の中の書類をお袋に渡しながらそう言った。お袋は口をパクパクさせているが言葉が出てこないらしい。
「早く動け。俺は息子と話をしなきゃならないんだ」
お袋と妹は親父の言葉を聞いてノロノロと自室へと向かった。
親父は深くため息を吐いた後、床掃除をしていた俺に質問してきた。
「この男は誰だ?」
「同じクラスのクズだよ」
床を綺麗にした後、親父に俺とクズの関係を全て話した。あのクズに抱かれてたって事はお袋も妹も俺の敵だ。情はあるが追い出すのを止める気にはならなかった。
「…なるほどな。家はわかるか?」
「わかるよ。小学生の頃に遊びに行った事があるから」
「すぐに行くぞ。アイツらからもう関係がバレたと連絡がいってるかもしれん」
「スマホを取り上げたらよかったのに…」
「他人のスマホを取り上げる訳にはいかないだろう?」
親父の中では既に他人か…そう思い込む事で自分を守ろうとしているのかもな…
親父の車も乗ってカーナビでクズの住所付近をマークする。ちょっとうろ覚えだけど、この辺りだと思う…
車で約10分くらい。親父は難しい顔をしながら俺に言ってきた。
「…気になる事がある」
「気になる事?」
「あの男が言っていた「あの女」とは誰の事なのかだ。…恐らくはお前の関係者だと思うんだが…」
「……まさか…」
真っ先に頭に浮かんだのは彼女だった。彼女も俺やクズと同じ学校…接触しようと思えばいくらでも機会はある。クズと妹達の関係がいつから始まったかはわからない。だけど…妹達は表面的には全く気付かないくらいいつも通りだった。
最近の彼女に違和感を感じた事は無い。いつも通り、仲良くやっている…でも、それが表面だけだという可能性も否定できない…
「…心当たりがあるのか?」
「…ああ」
「すまんな…覚悟をしておけ…としか言えん」
「………」
クズの家の前で俺は彼女に一言だけメッセージを送る事にした。
浮気してるのか?
このメッセージは重い。送るだけで彼女との関係にヒビが入る可能性がある。それでも…彼女に否定してほしかったから…俺はメッセージを送った。
時間は21時。普通の親なら帰ってきている時間だ。アポ無しで訪問するのは非常識だと思うが…今回はそうも言ってられない。
チャイムを鳴らすとクズの母親と思われる女性が対応してくれた。
「夜分遅くに申し訳ありません。〇〇という者ですが、息子さんについてお話させていただきたくてお伺いさせていただきました」
『…はあ、少々お待ち下さい』
待つ事2分。玄関の扉が開いた。迎えてくれたのはクズの父親だ。
「立ち話…で済む話ではなさそうですね。入って下さい」
「失礼します」
クズは帰ってきていないらしい。リビングに招かれてクズの両親に事情を全て話した。高校2年の俺達はまだ未成年。クズも親の庇護下にある。だからクズの親に話すのは間違えてはいない。
「…証拠となる動画もありますが、息子さん以外の人物のあられもない姿が映っておりますので…編集するまでお見せする事はできません」
「…いえ。写真のみで結構です。馬鹿息子で間違いありませんから…」
「本当に申し訳ありません…」
…クズの親父さんは厳しそうなんだけどな…お袋さんも優しそうな人だ。どうしてあんなクズになったんだろうか…
「息子さんは未成年とはいえ、これは立派な不貞罪になります。後日改めて弁護士を交えてお話させていただきたいと思っていますので…」
「…はい」
決定的な証拠を見せられ、反論も難しかったのだろう。クズの両親は頷く事しかできなかった。
家に帰るとお袋と妹がリビングで土下座してきた。妹とクズの関係は恋人だと言い張れば別に土下座する必要はないと思ったけど…母さんの浮気を知って隠してたから共犯になるか…
「謝って気は済んだか?済んだなら出て行け。俺は絶対に許す気は無い」
親父は非情だった。…が、俺も親父の気持ちは理解できるので何も言わない。だってお袋は浮気をした事は謝っても理由を言わないしな…信用できる訳がない。
23時55分。親父は2人を力尽くで追い出した。お袋達は1時間くらい家の前にいたけど、諦めて離れたみたいだ。
「…すまんな。1人にしてくれ」
「…ああ。お休み」
リビングで静かに泣きながら酒を飲んでいる親父の背中はとても小さくて…俺はそれ以上何も言う事ができなかった。
…結局、その日は彼女からの返信は無かったよ…
翌日、クズは休んでいた。妹もな。彼女は登校していたけど、俺の事を避けていた。…どうしようかな。あの態度でわかるけどさ…彼女から浮気をした理由を直接聞きたいとも思う。
その日は彼女の事を追う気力が湧かなかったので諦めた。帰り道でお袋と妹に待ち伏せされていた。2人の媚びるような表情が昨日見た動画を思い出させて気分が悪くなった…
「貴方からあの人に伝えて欲しいの…浮気はしたけど、愛してるのは貴方だけだって」
「お兄ちゃん…お願い…」
我慢とか無理。一気にこみ上げてくる嘔吐感に抗えず、排水溝にぶちまける。……ああ、そう言えば昨日の夕食から何も食えてなかったな…夕食の後に吐いてるから胃の中は空っぽなのに…出す物なんか無いのに嘔吐感はなくならない…
「お兄ちゃん!大丈夫!」
「触るな!」
純粋に心配してくれた妹を拒絶した事で胸は更に痛くなる。…辛いな。本当に…
「…親父も昨日は泣きながら酒を飲んでたよ…頼むからもう俺達の前に現れないでくれ…もうどうしようもないんだ…お前達の顔を見ても辛いだけなんだよ…」
そう言い残して足早にその場を去った。お袋達に会った事は親父には話してない。親父は俺より危うい気がしたから…
2週間後…クズは自主退学。妹は転校した。彼女は俺を避け続けている。
俺も彼女の事はもう気にしない事にした。お袋達と話をした事で自分の精神がどれだけ弱っているか痛感したから…食事もあまり食えなくなっている。
お袋達は地方の実家に帰ったらしい。爺ちゃんが教えてくれた。爺ちゃんと婆ちゃんは俺の事を凄く心配してくれたけど…あの2人が住んでるならもう会いには行けないかな。
いや、いつか車を手に入れて会いに行こう。家で会えないなら外で会えばいいだけだ。爺ちゃん達の事は大好きだからな…このまま会えなくなるのは寂しすぎる。
クズは不貞罪の罰として慰謝料を払う事になった。150万だってさ。学生の俺が言うのもなんだけど少なすぎる。クズの両親は結局甘かったみたいだ。全額肩代わりしたらしい。
これでクズが増長して更に馬鹿な事をやらかして欲しいと思ってしまった。高校を辞めた事や罰金なんてあのクズにはダメージにならない。次は…もっとヤバい奴の女に手を出してくれないかな。法律とか無視して報復する奴もいるらしいし…まあ、まともな人生を送るとは思えないから放っておこう。
高校3年になった時、彼女が転校したのを知った。もうどうでもいいけど…せめてちゃんと別れたかったかな。
俺は身長は伸びたけど、体重は落ちていた。最近はサプリと栄養食しか食べてない。父さんは酒を飲む量が増えている。暴れたりはしないけど…酔わなきゃ寝れないみたいだ。
俺も父さんも日常生活に影響するくらいの心の傷を負った。あのクズのやってくれた事の結果がこれだ。きっとクズは満足してるんだろうな…
俺は今、風紀委員の委員長としてクズ達に対して目を光らせている。クズにかける情けなんてない。片っ端から取り締まってやる…
既に何人か停学や退学にしてやった。陰湿な手段で報復しにくるのはわかっていたので俺の机や下駄箱には隠しカメラを設置してある。もちろん、学校の許可はとってある。
その動画を証拠に俺の机の私物に手を出した5人に停学処分が下った時は胸がすっきりした。
将来は警察官になって多くのクズを捕まえるのが今の俺の夢だ。その為には体重を戻さなきゃな…明日からはプロテインも飲むとしよう。
女なんて裏で何を考えているかわからない。肉親すら裏切るんだ。他人なんて信用するだけ無駄。恋愛とか結婚なんて俺にとっては足枷でしかないという結論に至ったから…俺はずっと独りでいい…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます