逃げた女 後

 私には風紀委員に入っている彼がいた。付き合ってからしばらくは彼に対してほとんど不満なんてなかった。

 彼の家は門限が20時と決められている。多少なら遅れても問題ないらしいけど、彼は根が真面目だから門限を破る事は無い。帰った後もメッセージはちゃんと返してくれるから気にしてはないけど。

 半年以上付き合ってるのに手を出してきてくれない事だけが不満と言えば不満だった。

 

 そんな事を考えていた時…私はあの男に声を掛けられた。


 「なあ、俺のセフレになってくれないか?」


 「…セフレ?」


 普通に考えたらあり得ない。でも、私はその言葉に少し興味を持ってしまった…


 「あの堅物じゃそんな事してくれないだろ?1回だけ…試してみないか?」


 「……」


 その通りだと思ってしまった。彼はきっと…卒業まで私に手を出してくれない。まだ高校2年…1年以上もこのままだなんて…


 「な?いいだろ?別に別れろなんて言わねぇからよ。セフレなんて気楽な関係だ…やりたい時にやるだけ…」


 「……1回だけよ?」


 「…ああ。1回だけだ」


 この時の私は…彼への想いよりもセックスへの好奇心で頭がいっぱいだった。…本当に馬鹿な事をしたと…後になって激しく後悔している。


 あの男とのセックスは信じられないくらい気持ち良かった。初めてだった私は味わった事の無い強烈な快感にハマり…セフレとして関係を持ち続けると約束した…



 あの男とセフレとして関係を持ちながらも彼とは仲良く付き合い続けている。性欲をセフレで解消しているから悩みが減り、以前より彼とは良い雰囲気になっている気がする。

 学校帰りに彼とデートをし、別れた後にセフレと体を重ねる。私は心身共に満たされていた。…彼からメッセージが届くまでは…


 浮気してるのか?


 セフレとの行為の後…このメッセージを読んだ時、私はしばらく固まってしまった。彼にバレるなんて全く考えていなかったから…


 「ん?どうしたんだよ?」


 「…こ…これ…」


 セフレに彼からのメッセージを見せた。どうにかしなきゃ…どこまでバレてるの?…誤解だって言ったら信じてもらえないかな…

 セフレはセフレで自分のスマホを確認して固まっていた。


 「……ヤベェ…」


 「え?」


 「あの堅物…親父と一緒に俺んちに突撃してきやがった…」


 なんで?この男が私の浮気相手…セフレだってバレてるって事!?…ダメだ…良い考えなんて全く浮かばない…こうしている間にも彼は私達を追い詰めようとしている…


 「ちょっと…どうにかしてよ!このままじゃ…!」


 「…マジかよ…なんで全部バレてんだ…アイツら…チクりやがったのか?」


 「ねえ!」


 「うっせぇよ!」

 

 セフレはさっさと着替えて部屋を出て行ってしまった……え?ちょっと待ってよ…私…どうすればいいの? 

 仕方なく家に帰った。…彼から何か…私の親に連絡されているかもしれない…怖い…

 家に入り、足音に注意しながら廊下を歩いていたら…お母さんに見つかった…怒ってる…やっぱり…


 「こんな遅くまで何してたの!」


 「ごめんなさい!」


 「…え?…まあ、ちゃんと反省してるなら…今日はこれ以上は言わないけど…」


 「ごめんなさい…ごめんなさい…もうしません…本当にごめんなさい…」


 「…ちょっと…何があったの?大丈夫?」


 「ごめんなさい…ごめんなさい…」


 自分の行いで日常が壊れる…私はその事に今更になって気付いて…全てが怖くなった…



 翌日…学校に行くのが怖かった。学校に行けない理由を親に話す事もできない。彼と向き合う事もできない。セフレに抱かれて現実から逃げたかったけど…セフレは登校してきていなかった…

 放課後まで休憩時間の度に女子トイレに逃げた。彼はどこまで知っているの?…誰に話したの…?

 自分の行いが軽蔑される行為なのは理解している。少し前の私だったら今の私を見て軽蔑していただろう…


 彼がいるのにあり得ない


 そう言って相手にしなくなるはずだ…最近の私は快感に流されてまともな思考はほとんどできていなかった…

 それからも私は彼から…皆の視線から逃げ続けた。

 数日後…セフレから連絡が入った。


 『あの堅物のせいで学校を辞める事になったわ』


 「…え?」


 『まあ、別にいいけどよ…ところで、今日は会えるか?』


 「…会える訳ないでしょう」


 『どうせもうバレてんだからよ…あんな奴の事なんてもう忘れてやりまくろうぜ?』


 「…無理よ…私だって…いつ家族に知られるかって気が気じゃないのに…」


 『ん~…でもよ、体が疼いてるんじゃねぇの?』


 図星だった。こんな状態なのに…私の体は男を求めている…


 「……なんでわかるの?」


 『依存性のある媚薬を盛ってたからな。あ、でも安心しろよ。堅物の妹達と比べたら微々たるもんだ。…アイツらは我慢なんてできねぇだろうし…お前で試したおかげで適量がわかったからチョロかったぜ』


 …媚薬?…なに…それ…?


 『自分のお袋と妹が誰にでも股を開くビッチになってからバラすつもりだったのによ…計画が狂っちまったな…あ~あ、つまんねぇ。せっかく仕込んだのによ…』


 「…そんなの…犯罪じゃない…」


 『何が?違法じゃない薬だ。ただのキメセクだろ?犯罪じゃねぇって。無理矢理は最初だけで何回か抱く頃にはアイツらは自分から誘ってきてたんだからな』


 「……もう…連絡してこないで!」


 『はいはい。お前がダメなら新しい女を作るだけだ。後から抱いてって言っても抱いてやらね』


 私は電話を切った。彼がセフレの事を毛嫌いしていた理由がわかった…こういう性格だって知ってたから…

 私で試したからチョロかった…?私が馬鹿な事をしたから…彼のお母さんや妹さんが…




 あの男がやった事…全てはあの男のせい…私は悪くない…そう誤魔化しながら逃げ続ける日を過ごす。

 彼は日に日に変わっていった…非情。冷酷。無感情…ただ黙々と仕事に徹し、全校生徒から恐れられるほどに…


 3年になる前…私は同級生に声を掛けられた。


 「なあ、お前さ…タダでやらせてくれるって本当か?」


 「…え?」


 「学校を辞めたアイツから聞いてさ~。誰にでもタダでやらせてるんだろ?」


 「……してない…私はそんな事…」


 同級生はスマホを取り出して動画を見せてきた。私がセフレと体を重ねている動画…動画に映っている私の顔は…自分でも信じられないくらい快楽に溺れていた…


 「アイツからちゃんと薬も買ってきたからよ…俺にもやらせろよ…」


 「…いや」


 「もったいぶらなくていいから。俺はやりたいだけだ。面倒なのは嫌いなんだよ」


 必死に抵抗したけど…強すぎる快感にアッサリと負けてしまった。

 行為が終わった後…同級生は私を置いて帰ってしまったから…私はそのままの格好で職員室に向かって教師に強姦されたと伝えた。

 学校に迎えに来てくれた両親に全てを話し、私は同級生とあの男に対して被害届を出してすぐに転校した。この学校内に私の動画がどれだけ出回っているかわからなかったから…



 3年になってもしばらくは学校に通えなかった。同級生に異常な量の媚薬を使われたから…私の体はおかしくなってしまっている。

 専門の病院で治療を受けている時にあの男達が逮捕されたと聞かされた。


 …退学になっても反省しない。人に酷い事をしても心を痛めない…そんな奴が逮捕されたくらいで改心するだろうか?

 きっとアイツらはまたやると思う。

 最低な事をした事実は消えない。でも、これ以上繰り返さないようにはできるはずだ…繰り返してしまったらアイツらと同類…絶対に嫌だ。あそこまで落ちたくない…

 もう手遅れだと諦めずに抗う事…きっとそれが私にできる数少ない贖罪だ。

 いつか…彼に会う勇気を手に入れたら全てを話して謝りたいと思う。許してくれなくてもいい。聞いてくれなくてもいい。それでも謝る。彼にとってはいい迷惑だろうけどね…きっとそこが私のスタートラインだと思うから…

 

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