母に似た女

 私の家は父子家庭だ。母親は私が幼い頃に男を作って逃げた。優しいお父さんが傍にいてくれたからあまり寂しくはなかった。


 高校生になって遅い反抗期がきたのかもしれない。母親が男を作って逃げたのは優しいだけのお父さんじゃ物足りなかったのかも…なんて考えてしまった。

 私の彼もお父さんに似た感じの人。優しくていつも気遣ってくれる。…でも、どこか物足りなかった。

 隣の芝生は青く見える…なんて言うけど、実際に女の子に慣れた友人の彼氏のほうが格好いいと思う。だから…ちょっとした火遊び感覚でその人と1回だけ関係を持ってしまった。


 私とその人の関係はすぐに広まってしまった。その人がアイツの女を寝取ったとか言いふらしたからだ。なんでそんなに自慢気に語れるのか…そんな事をしたらどうなるか考えなかったのか…

 友人とその人は別れた。私は友人に思いっきり引っ叩かれて絶交された。

 …彼とも別れる事になってしまった。優しかった彼のあんなに冷たい目は初めて見た…


 友人と私の家は近かった。私が友人の男と浮気をしたと噂になっている…近所の人達が私を見て汚い物でも見るような目で見てくる。ちょっとした火遊びは既に消火できないくらいに燃え広がっていた。


 数日後、家に帰るとお父さんに話があると言われた。噂の真偽を聞かれたので…正直に話した。お父さんなら庇ってくれると思ったから…


 お前もあの女と同じか


 お父さんは酷く冷たい目で…低い声で私に言った…。あの女…母親の事?

 その日以降、お父さんとの会話が無くなった。1週間…1ヶ月…1年経っても関係は修復できなかった…




 8年後…実家を出て独り暮らしをしていた時に付き合っていた人と結婚する事になった。会社の関係で知り合った人なので私の過去は知らない。2人でお父さんに会って挨拶をしたが…


 好きにしろ。俺は知らん


 数年ぶりに会ったお父さんは…冷たいを通り越して無感情だった。あの頃のお父さんだったら…きっと泣いて喜んでくれたのに…

 婚約者がお父さんに対して怒っていたが、お父さんは感情の無い声で


 君も裏切られなければいいな


 そう言い残して待ち合わせをした店から出ていった。


 婚約者にお父さんの言葉の意味を聞かれた。真剣な表情。隠す事ができなかった…


 俺と会う前の事なんかどうしようもない。気にしなくていいよ。


 婚約者はそう言ってくれた。私はその言葉が嬉しくて泣いてしまった。



 お父さんは結婚式にも出てくれなかった。父子家庭なのに父親も不参加。私は婚約者に恥をかかせてしまった…。責めるべきはお父さんじゃない…お父さんの心の傷を最低な方法で抉った愚かな私だ…


 結婚して6年。夫が浮気をした。誠実な人だと信じていたのに…


 お前も浮気をした事があるんだろう?


 夫からの言葉…私が過去に浮気をしたから自分の浮気も許せとでも言うのだろうか?

 悔しかった。そんな事を言われた事が。言われて何も言い返せなかった事が…

 その日から夫婦としての関係は終わってしまった。幼い娘が大きくなったら離婚する約束をした…


 学生時代のたった1回の浮気でどれほどの大切な物を失っただろう…

 彼、友人、父親、夫も…私の浮気を知って歪んでしまったのかもしれない…  


 私みたいな女にならないでね


 幼い娘にそう言い聞かせる。…それは私が幼かった頃、母親から別れ際に言われた言葉だった…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る