妻と別れた男

  8年寄り添った妻が不倫していた。俺は妻と娘を愛していた。妻も俺と娘を愛してくれていたと信じていた。

 だが…妻と間男である俺の友人は7年前から関係を持っていたらしい。…娘は5歳。妻と間男の子供だった。今まで信じてきた家族は全てが偽りだった。

 慰謝料を妻に400万。間男に400万請求した。養育費?払う訳が無い。他人の娘を養う義理は無いだろう。妻は泣きながら謝ってきた。間男は必死に減額を頼んでくる。娘は泣き叫んでいた。俺は全てを振り払った。



 10年経った。俺はあれから人を信じられなくなっていた。愛した妻は偽りだった。信頼していた友人はクズだった。可愛い娘は…俺の子じゃなかった。


 仕事をこなして帰る。その繰り返し。家はあの時にペット可のマンションに引っ越した。ブルドッグが俺の唯一の家族だ。不細工だが憎めないコイツを店で見た時に勢いで買ってしまった。マルチーズとか買うつもりだったのに…コイツに一目惚れしてしまったんだよ。


 朝と仕事から帰ってきた時に散歩に行く。今日は残業で少し遅かったからかコイツは少しご機嫌斜めみたいだ。ごめんなさい。許して下さい。お前の餌代の為なんだよ…

 しばらく散歩していると公園のベンチに今時の女子高生が泣きながら座っていた。面倒は御免だ。足早に去ろうとしたが、犬がその女子高生に向かって走り出した。勘弁してくれ…。無理にリードを引っ張るとか可哀想でできない。駄目主人な俺は付いていくしかない。


 女子高生はウチの犬が近づくと笑顔で撫で回していた。さっきまで泣いてたのに…ウチの犬もめちゃくちゃ嬉しそうじゃないか。俺にはいつも偉そうなのによ…

 流れで女の子と話してしまった。まあ…遅い時間だし。女の子が1人だと危ないからね。帰るように言ったんだけど…母親と喧嘩して家出してきたらしい。泊めてとか言ってきた。若い子がこんなオジサンにそんなアッサリ泊めてとか。ダメだろ。この国の将来は真っ暗かもしれない。


 何度も帰れと言ったのに付いてくる。いやいや。泊めたらオジサンが社会的に殺されるからね。と説明しても帰ってくれない。そういう事を言ってくれるオジサンなら信用できるとか。君に信用されても泊めた時点で俺が終わる事には変わりないんですが?こうやって一緒にいるだけでもかなり危険なんですよ。


 押し切られた。家に上がられてしまった。なんなの?最近の子供って怖い…。ウチの犬を抱えてベッドを占拠された。犬の毛布に包まりながらソファーで寝たよ。酷い。ウチの犬…寝取られちゃった…


 早起きして犬の散歩をしようとしたら付いてくるらしい。寝癖でボサボサの頭。いつの間にか俺のスウェットを着ていた。…まあ、制服姿よりマシか。ブカブカだけど。

 散歩している時に女の子の名前を教えてもらった。妻の旧姓と娘の名前…顔をよく見てみると記憶の中の娘に似ている気がする。まさか…な。同姓同名で同じ年齢の子なんてそこら辺に…いるのか?

 

 朝ご飯を買ってかえる。ウチの犬は朝はコンビニの高いおやつをあげないと怒るから。ブルドッグの怒り顔怖いよ。おっさんみたいで。低い声で吠えられるとおっさんにあ?って言われてるように見える。

 女の子にも朝ご飯…何故か遠慮していた。泊まるのは遠慮しないのに朝ご飯は遠慮するとか意味がわからない。適当に買って帰った。今日は休日…何をしようかな。


 女の子に服や下着を買う事になった。なんで?俺にもよくわからない。だが、何故かそうなっていた。今は犬と一緒にお風呂に入っている。……俺と一緒の時はあんなに嫌がるのに…


 落ち着いてから女の子の話を聞かせてもらった。どうもシングルマザーらしい。母親が仕事で忙しいから家事は自分でやってたとか自慢げに言ってるけど…昨日から家事はほぼ俺がやってた事は気にしないでおこう。

 新しい父親になるかもしれない男が気持ち悪くてそれが原因で母親と喧嘩して家出してきたそうだ。そう。大変だね。頑張って。なんか睨まれた。怖い…

 しばらく泊めて欲しいとか言ってきた。無理。ダメ。昨日は時間が遅かったから仕方ないと思ったけど…今日は帰りなさい。お母さんも心配するでしょ?母さんとは…連絡とれないから…とか言ってるが、昨日ブロックしてたっぽいので嘘だろう。結局…押し切られた。


 居座られてから1週間。仕事から帰ると料理してくれてたり散歩してくれてたり…。お帰りと言われた時は何故か涙が出た。なんだろうな…懐かしいのかな。元妻が笑顔で出迎えてくれた日々を思い出してしまう…

 流石にそろそろ限界だろう。女の子を母親の元に返す事にした。めちゃくちゃ嫌がっていたけど…警察に動かれたら俺死ぬから。しぶしぶ承諾してくれたが…一緒に来て欲しいってさ。凄まじく嫌な予感しかしない。


 何故か女の子に同行して女の子の母親と会う事に…なんでこうなった?帰りたい…

 待ち合わせのカフェに来たのは…元妻だった。予想はしてた。してたけど…さ…

 元妻も俺の顔を見て驚いていた。向かい合って座るもお互いに無言。何を…話すんだったかな…

 女の子が俺の家でお世話になっていたと元妻に説明する。元妻は娘にこの人とどうやって連絡をとったのか?とか聞いてる。微妙に噛み合ってない…俺が…説明するか。


 俺は元妻に女の子と会った状況とそれからの生活を説明した。女の子との生活に甘えていたのは…俺のほうだ。家族との生活を一時的にでもできて嬉しかった。


 女の子は俺が父親だったとは知らなかったらしい。まあ、血縁はなかったし、5歳までしか一緒にいなかったからな。俺を見てすぐに信用してくれたのは5歳までの記憶のおかげだったのかもな。

 元妻は10年でかなり変わっていた。苦労…したんだろうな。俺への慰謝料。自分と娘の生活。いつからか知らないが、1人で背負ってきたのだから。

 

 娘はその日は帰った。帰り際に


 お父さん。また泊まりに行っていい?


 だってさ。泣きそうになった。だから


 お母さんに許可を貰えたらな。


 そう言って帰ったよ。



 それから、女の子…娘は週に1回くらい来るようになった。元妻も俺のところなら良いとアッサリ許可したらしい。元妻から信用されても複雑な心境ではあるが…

 いつまでこうやって娘と過ごせるかはわからない。俺はもう結婚する気はない。だから娘がこなくなるまで…家族との時間を大切にしようと思った。

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