第6話 慈代と恵人 二

 小田急線下北沢駅で降りる。賑やかな町だといつも思う駅から五分ほど歩いたところに慈代やすよのマンションはあった。部屋は二階の角部屋だった。

「どうぞ、いらっしゃいませ」

部屋に入った途端いい香りが漂う。ここに慈代が住んでいるのか……


 昨日は二人で、恵人の部屋で過ごした。以前、あずさの誕生日の時も恵人の部屋で二人の大切な時間を共にした。

 だから、今度、慈代の部屋に行っても二人で過ごすことに変わりない……と思ったが、実際に慈代の部屋を訪ねると、二人で過ごす時間だから一緒……ということではないことが、はっきりわかった。『そうだ、この部屋は慈代が生活している部屋だ。恵人の部屋とは違う。ここにあるすべてのものが慈代のものであり、ここが慈代の空間なのだと感じた。やっぱりどきどきする。一つ違いとは言え自分の好きな年上女子の私生活の空間である。


 部屋を見回していると、

「なによ、そんなに見ないでよ」

「え、ごめん」

「興味深々なのは嬉しいけど、あんまり部屋の中見られると恥ずかしいんだけど、乙女ですから」

「乙女……ですか?」

慈代は両手で恵人の顔を押さえてキスした。

「乙女ですよ……ちょっと、待ってて、飲み物持ってくるから」

そう言って冷蔵庫の方に行く。

ベッドに腰を下ろして、やはり、いろいろなところが気になる。

「また、きょろきょろしてるぅ。ここへ男の人呼んだの初めてだけど、こういうものなのぉ?」

「ごめん、僕やっぱり慈代ちゃんのこと好きすぎて、ここにあるもの全部、興味あるみたい。気になるよ」

「ありがとう。そんなに気に入ってくれて」

その夜は慈代が手作りのカレーを作ってくれた。普通に市販のルーで作ったカレーだったが、恵人にとって、こんなにおいしいカレーはないと思った。

「そういえば、僕まだ慈代さんの出身地しらないよ」

「ああ、愛媛だよ。松山」

「へえ、四国なんだ」

「『松山ぞなもし』とか言わないから」

「あそう」

「ところで私も恵人君の出身聞いてなかったね」

「僕は姫路」

「ええ、兵庫県だ帰る方向一緒じゃない」

そんな他愛もない話をしながら、その日は慈代のベッドで二人の時間を過ごした。温かい、身体中が慈代に包まれているような気がした。


そうして、それぞれの時間が過ぎて行った。


*これまでのすべての章*

子羊たちは眠らない 第一章

https://kakuyomu.jp/works/16817330653285764251

子羊たちは眠らない 第二章

https://kakuyomu.jp/works/16817330653547462349

子羊たちは眠らない 第三章

https://kakuyomu.jp/works/16817330653673113286

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る