第15話 道化は踊る

わたしたちはカリフォルニア警察所に召集された。

どうやら聴取が終わったらしい。応接間に案内され、ディスプレイにはロンドンにいるジャックたちの顔が映る。

警察官が書類を広げ、落ち着くためか一呼吸置く。


「聴取によればシマング鉱山周辺にカルテルの基地があるらしい」


「トラックの移動経路は?」


「それも合致していた。3年前からモノ郡の治安悪化が問題になってはいたが、まさかカルテルが勘けしているとはな」


シマング鉱山といえば1938年に閉鎖された鉱山だ。

建物はまだ残っているためそこを根城にした可能性が高い。


『デビルバージンの被害者率もちょうど2018年から増加傾向にある。おそらくスカーサハの計画は単なる殺戮ではないらしい』


「今迎えばちょうど夜に到着するでしょう。車の方は?」


「修理はできてる。ったく、派手にぶつけるんじゃねえ」


いきなりアルの顔が近づく。驚いたような顔をしており、その理由は


『カノン、僕が選んだ車なんだ。もう少し丁寧に扱ってくれないかい?』


「CRASH BARNってね」


「ハァ……君が無事ならそれでいいよ」


情報を共有するさなか、照明が点滅する。


「なんだ⁉」


「これは——」


ドアを荒々しくこじ開ける警官。絶え絶えの息を整える暇もなく警官はその異変を告げた。


「敵襲!化け物に——化け物にエントランスを占拠されました!」


「なに⁉」


瞬間わたしとライカはドアの前に立った警官を跳ね除け、エントランスへと向かう。その後ろを追うようにカインはバックドラフトを携えて追ってくる。


「カイン、アンタこれ使いなさい」


「とっとっと!破城の乙女デモリッションガール!俺にはまだ早いですって」


「阿呆、身にしなさい。じゃないと氷の嬢王を使いこなすことはできないわよ」


エントランスにつくと、惨劇が目を襲う。

受け付けの女たちは右肩から乳房にかけて嚙みつかれたように欠損し、戦ったであろう警備たちは腰から上がぐちゃぐちゃの肉塊へと変わり果てていた。

なによりエントランスすべてのライトが割られて、影がべったりと張り付いていた。

悪魔たちが跋扈するエントランスホール。その真ん中に傘をさした人影が立っていた。


「ッチ、やっと顔を出したと思ったら派手に来たわね!」


傘を閉じ、指揮棒で刺すようにわたしたちをさすスカーサハ。

その指揮に従うように悪魔たちは走り出す。


「焔薙!」


突っ込んできた悪魔を焼き尽くすように焔薙を振るうライカ。

陽炎が空気を歪ませるように悪魔たちの体を溶かしていく。


「カイン、バックからあれを!」


「もう持ってきてます!」


青い旅行鞄一杯に詰め込まれたLED電球一つ一つがコードで繋がっていた。


「さて、人類の英知を味わいなさい」


プラグを刺した瞬間、部屋を眩い光が包み込む。

市販じゃあこんな光量は出せない。ジャックに緊急で用意させた実験用の電球だからこそ発することのできる光なのだ。

眩い光に一瞬目をやられた悪魔たち。怯んだところを狙い、Warpの加速と、氷の嬢王の力で核を破壊していく。

この金属を切り裂くような感覚。おそらくこの悪魔の群れはウテルス体だろう。


「デモリッション・ガール!おおっと!」


バックドラフトで敵を弾き、無防備になったところをデモリッション・ガールで重くなった拳を叩きつける。

しかし制御を誤ったかカインは殴ると同時に体勢を崩す。


「己の体の一つと考えなさい。力まずあたりまえに」


「制御——」


カインはそう呟くと、むかってくる悪魔に向かってバックドラフトを叩きつける。悪魔は吹っ飛ばされるというよりもうしろへ体勢を崩したようによろける。そこに右拳が放たれる。拳の軌道は変わらないが、悪魔は激しく体を地面へ叩きつけた。


「ヒュー、さすがカノンの弟子ってところかしら」


向かってくる悪魔を一掃すると、スカーサハとわたしたちだけがエントランスへ残った。宵の傘によって姿は見えないが、傘の動きからわかるあたふた焦っている様子。周囲は光に包まれている。奴の逃げ場はない。

ロンドンであったあの冷静で肝が据わったスカーサハとは違うように見えた。


「詰み——かしら?」


宵の傘をライカがはじいた瞬間、細い腕がわたしの腕をつかむ。


「ライアー・ライアー」


触れたれた腕から徐々に影の衣がはがれてゆく。

すぐさま腰に携えたメリケンサックを握り、スカーサハの腕を殴る。触れると同時に巻き起こる旋風。顔を覆い風を遮るが、気づいたころには悪魔の姿はなかった。


「大丈夫ですか、師匠!」


「ええ——」


「逃がしたからってむすっとした顔をするんじゃないわよ。発信機はつけたんでしょう?」


メリケンサックの先に付けていたのは発信機だ。感触的に深くまで差し込まれているため、簡単には取れないはずだ。しかし——


「ええ、けれど気に食わないわね」


「何がです?」


「影の使い方も不利になったときの対応能力の低さもまるでスカーサハとは違うわ」


「それはどういう?」


私の手に触れ、巻き起こった風。私は知っている。いや、わたしだからこそ知っている。


「あれはスカーサハじゃない。まったく別の悪魔よ」


発信機は直線的な動きを繰り返す。まるで手に入れた力に振り回されるように。

向かった先は、シマング鉱山だった。



シマング鉱山についたころには太陽が姿を画し、か細い月が姿を現していた。

道中、大きな岩がいくつかあったのだが、ほとんどに衝突した痕跡があった。腰に刺したレーヴァテインを摩りながら悪魔の慌てようを冷静に観察する。


「ほんとうに夜にやるの?」


「ええ、今がチャンスよ」


わたしたちは腰に発煙筒があるのを確認し、鉱山跡地へ潜入する。カルテルの構成員は素人ばかりなのか、警備がざるで無力化が楽だった。しかし重要なのはそこではない。構成員のマスクを脱がすと、その多様性に違和感が働く。アラブ系、イタリア系、スリランカ系エトセトラ。さまざまな人種で構成されているようだ。


「てっきり、メキシカンか、アメリカンで構成されていると思ったのだけれど」


「たぶんスカーサハが世界中から扱いやすい奴を集めたんでしょ。しっかし悪魔を警備に配置しないなんてここにいる悪魔は馬鹿なの?」


「まあ、スカーサハ以上の狡猾さも慎重さもないんでしょう。あの手には気をつけなさい」


「わかってるわ。アンタの仮説が正しけりゃ能力だけは厄介だから」


中心部の鉱山へと潜っていく。ジメジメとした廃鉱の中を進んでいくと、広い空間が現れる。

真ん中に立つ何か。か細くも狂気的なその見た目。わたしのをつかんだ腕を見た瞬間は確信した。警察署を襲撃したあの悪魔だと。


「な、なぜここまで!」


「発信機よ。スカーサハならこれぐらい気づいたでしょうね。なのに肝心なところでミスをした。スカーサハの影武者さん」


無数の手を重ね覆い隠したようなその体は異様そのもの。しかしスカーサハのように白銀の刃のようではない。


「クソぉ、スカーサハ様の情報じゃあ大した相手じゃないって!クソクソクソォ!」


出鱈目な加速でわたしたちへ特攻してくる悪魔。わたしと同じ加速力。そしてただ出鱈目な速度にのせた攻撃は他愛もないものだ。

伸びた拳をつかみ、右足を軸に回転し、悪魔の体を投げる。


「なめてもらっちゃあ困るわね。あなたよりWarp《この力》とは長いのよ。私の眼に捉えられないはずがないじゃない」


「アンタの眼がおかしいだけでしょギフテッドめ。普通の人間じゃあ追えないわよ」


わたしは昔から眼がよかった。それは記憶という意味でも、瞬発力という意味でもだ。だからこそWarpを扱えるのだといえる。一直線に特攻を仕掛ける悪魔の動きはわたしからすれば生ぬるい。


「じゃあ、人間にはできない速度で攻撃してやる!」


速度が変わる。轟音とともに距離を詰める悪魔。しかし今戦っている相手はいわば能力に振り回されていた未熟な過去のわたしだ。いくら速いと言えど、予測を越えなければ対処などたやすい。


「能力ばかりに頼った攻撃はナンセンスよ」


飛んでくる身体を屈んで回避し、氷の嬢王を突き刺す。速度に任せた動きはブレーキが利くことはなく、一直線の傷ができていく。


「なんだよ、貴様!俺はパロディン様だぞ!貴様らよりも上位の存在だぞ!そんな俺にたてつくなんて不敬だ!」


「はぁ、こんな奴にこの数日振り回されていただなんて。ガッカリだわ」


地面を強く蹴り上げ、Warpの能力で加速する。攻撃があたる瞬間パロディンは攻撃をはじき返す。しかしすぐさま顔面を蹴り天井まで高く飛ぶ。


「アンタが上位の存在だろうと技の練度が違えば差は生まれる。能力をコピーする能力。一見強く見えるけれど、使い手がこうじゃあ持ち腐れね」


天井を蹴ると同時に加速する。


「こっちも忘れちゃあ困るわよ。ファイヤーフライ!」


頭上と正面からの同時攻撃。

パロディンはWarpの加速によって奥の道へ逃げていく。わたしもWarpの能力で追跡するが、流石の頑丈さというべきだろう。私が追いつけない速度を保っている。

進むにつれて壁や床が変わっていく。いままでは洞窟を鉄骨で補強する程度の作りだったが、今や廊下は金属で覆われ、近未未来感を醸し出していた。

突然、パロディンの動きが止まる。その部屋は緑色に発行しており、より怪しさを醸し出していた。


「なんなのよ、コレ——」


目に焼き付くように衝撃的で目を覆いたくなるほど悲劇的な光景。

喉からこみあげてくる憎悪と悲壮感、悲鳴をコンクリートミキサーでぶちまけたかのようにあふれ出す吐瀉物。


「アハハハハハ見ちゃった?見ちゃったよなあ?あーあ、みーちゃったみーちゃった!スカーサハ様の言うとおりだ。おまえたち人間をへし折るならこれが一番だあ!」


そこにあったのは子供サイズの腕や足そして顔。ぐちゃぐちゃになった肉塊が水槽に浮き上がっていた。それをかき混ぜるように箆が回り、腐敗集がこちらまで漂ってくる。


「教えてあげよう。これは能力覚醒剤。人間の血肉と我らの血を混ぜた逸品だ。ウテルス体の悪魔が飲み込めばあら不思議!受肉しなくても使えるようになるのさ!そう、ローゼスのようになあ!」


蹲った私に向かって加速を加えた蹴りを叩き込む。息もできず、反応もできず、ただ負の感情が絡みつき、何もできなかった。


「カノン!」


遠くで聞こえる耳を切り裂くような音。ライカが戦っているのだろう。

叩きつけられた水槽が割れ、中の液体が漏れ出す。

ドロドロとした血が、溶けた肉塊が、残った骨がわたしに降り注いだ。わたしがもっとはやく気づいていれば。

あの時、スカーサハを殺していれば。

消えることのなかった怒りの炎が全身を燃やす。煮えたぎった憎悪が窯からあふれ出す。

私の感情は修羅へと堕ちる。


「もう、おまえとスカーサハさえ殺せればどうでもいい」


埋もれた体を解き放った瞬間、中の液体は勢いよく吹き出す。


「——!」


全身に響く重圧。風がわたしを押しとどめるように邪魔をするがどうでもいい。奴に一発ぶちかませれば。


「なんだ貴様、心を折ったはずなのに」


「なによこの赤い線——」


わたしが通った後は残像のように赤い靄がかかっていた。

右腕で殴りつけ頭を掴み、左腕で殴る。着地と同時に地面を強く蹴り上げ、顎目掛けアッパーを放つ。

反撃をしようとする腕を引き抜き、片腕目掛け叩きつける。


「まさか、血飛沫?カノンやめて!あなたが死んでしまう!」


口が開いた瞬間、顎を掴み背後へフルスイング。顎はちぎれパロディンの体は水槽に飛んでいった。気づけばわたしの四肢は自分と悪魔の血にまみれ、意識も朦朧となる。だが奴への憎悪がスカーサハへの憎悪が意識を保っていた。


「た、助けてくださいスカーサハ様!俺がピンチになったら助けてくれるって約束でしょう!お、お願いします!奴は化け物だ!奴こそ本当の悪魔だ!」


「ありがとう、パロディン君。君のおかげでカノン・フラウトの本量を知ることが出来た」


「その声は!スカーサハ様!」


影から現れる黒いドレスに身を包んだ悪魔。


「スカーサハ!」


認識した瞬間、体が動く。


「今日はここまでにしようカノン・フラウト。ワタシの目的は果たされた。キミは本当に面白いよ」


不敵に笑うスカーサハの顔を見た瞬間にわたしの憎悪は決壊する。許してはいけないユルサナイオマエヲ殺す!


「レーヴァテイン!」


指を鳴らすと同時に現れるウテルス体の壁。

レーヴァテインによる一閃は空間を屈折させたように歪ませ、ウテルス体の壁をぐちゃぐちゃに引き裂いていく。

しかしそこにスカーサハたちの姿はなかった。


「——」


敵を見失った瞬間私の意識は失意へと沈んでいった。



目覚めたころにはロンドンに移動していた。どうやらハルシオン直轄の病院らしい。


「カノン!」


「師匠!」


見上げれば大量の輸血パック。最後の記憶にあったのはそう、大量の血に塗れた自分の腕だ。


「アンタ、暴走してたわよ!血が噴き出した霧ができてたのよ!アタシ、アンタが死んだら……」


「この量だと私は死んでいるでしょう?どうして生きてる?」


「わかりませんよ!けどライカさんが帰ってきたとき傷口が氷で塞がれていたんです」


「あの時、わたしはパロディンとスカーサハさえ殺せれば全部どうでもいいと思った」


ふたりは大粒の涙を流しながら病室を去っていく。しばらくし、日が落ちようとする夕方、アルバートが現れた。


「カノン、体は大丈夫かい?」


「ええ、なんとか。救えなかったわ」


「君のせいじゃない。もうどうすることもできなかったんだ」


「気休めの言葉はいいわ。あなただってわかるはずよアルバート。妹をローズを失ったあなたなら」


なにも言えないのか唇を固く閉ざしアルは天井を見上げた。


「ほんとうにすまない」


今でも怒りの炎は消えることはない。次や奴らに会えばまた暴走するだろう。

わたしの心は修羅へ堕ちたままだった。

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