第14話 影を追って

 砂塵が吹き荒れるカリフォルニアのハイウェイ。


『こちらカリフォルニア警察。麻薬を積んだトラックを発見、現在追跡中。応援を頼みたい。近くに警官はいないか?』


『すまない、増援は難しい!そこにいるのはあのふたりだけだ』


『チッ、クソが!またあの二人に手柄を撮られちまうのかよ!』


 道などない荒野にわたしは車を停めタバコに火をつけ、カチカチというジッポーの開閉音を楽しみながら無線から聞こえる怒鳴り声に向かって煙を吐く。


『ルート66をそれやがった!こちら巡回ヘリ、補給のため一時撤退!逃がしたら許さねえぞ!カノン、ライカ!』


 熱気吹き荒れる7月後半のカリフォルニアにモンスターマシンの鼓動を吐き鳴らす。シボレーのマフラーから吹き荒れる排気音が荒野を駆け抜けた。一直線の道路を駆け抜ける一台のトラック。大量のドラム缶を積んでいた。

 トラックの後ろを私は猛スピードで駆け抜ける。左側からカプリスに乗ったライカが合流し、砂嵐の如き砂塵が吹き荒れる。


「しつこい奴らだ」


「もっと飛ばせ!」


トラックの速度が下がったところにボディめがけわたしとライカはタックルを仕掛ける。


「クソ、女みてえな運転しやがって!」


「あら、淑女のキッスは嫌いかしら?」


 激しく打ち合うボディとボディ。

 打たれるたびにトラックはゆられ減速していく。


「クソ!これでも喰らいやがれ!」


 助手席から男が身を乗り出し、手に持ったマシンガンを掃射する。弾幕を避けるように

 トラックからいったん離れる。その光景を見てか男は雄叫び声をあげながら銃を撃つ。


「厄介な」


 左翼側にいるライカは頻繁にタックルを仕掛けるが、右翼側へ回避され、タックルは無惨に終わる。


「酔ってんじゃねえか?」


「あんたらと遊んでいる場合じゃないのよ。バカヤロー!」


 衝突と同時にわたしはハンドルを切り、トラックへ追突する。

 ただおんぼろトラックとカーチェイスをしているわけではない。衝撃で揺れるトラックは右側へそれていき、岩へ衝突する。


「CRASH」


「BARNってね」


 そう、わたしとライカはスカーサハを追うために師匠の命日の後すぐカリフォルニアへ出向いた。滞在して5日経つがこの手の事件が多発していた。


「麻薬カルテルがここにのさばってるなんてね。まったく、カリフォルニア警察はどんな仕事をしているのかしら?」


「運んでるものが運んでるものだもの。悪魔の処女デビルバージン。やつらの血なんて麻薬犬だって気づかないわよ」


 ドラム缶一杯に詰められたタールのような黒々とした液体。

 悪魔の血を人が飲めば快楽と、高揚感が体を支配し自我を失う。これを麻薬カルテルが扱っているということはスカーサハが人間を駒のように扱っているのは間違いないらしい。



 7月19日。

 わたしとライカはカリフォルニアへ行く準備をしていた。旅行カバンいっぱいに詰めた魔道具と武器の数々。


「あいつの罠かもしれねえ。本当に行くのか?」


「罠かもしれない。けれど何かあるかもしれないわ。ギャングの台帳にもカリフォルニアへの密輸履歴があった。関係ないとは言い切れない」


「そう。まあこれが罠でも行くしかないんだけどね。ほらこれ、グルーヴの依頼書」


「ごめんね、カノンの依頼を僕が代わりに受けたのがバレちゃったみたいで。」


「その件はもう大丈夫よ。少しの間この街を頼んだわよアル」


「アメリカ支部に捜査をしてもらっているが、何分急な情報だったからな。おまえたちも現地の捜査に協力してやってくれ」


「わかったわ。よし、荷造り終わり!」


「私はすこし用があるから。カイン、ついてきなさい」


「はい」


「えー、カイン君がいくならアタシも行く」


「バカ弟子、アンタ女たらしの才能あるわよ」


「僕だってなんで気に入られてるかわからないんですよ……」


 わたしとカイン、そしてライカはソーホー地区に向かう。『喫茶:葡萄の木』に情報屋は現れる。いつも入り口から3番目の窓辺の席に座り、飲めもしないコーヒーに角砂糖たっぷり、ミルクをなみなみに入れて飲む男がそこにいる。顔を隠れるように新聞紙を広げている。

 わたしは向かいの席に座り、「アールグレイ、ストレートでよろしく」とウェイトレスに注文する。

 新品のように光沢を放つスーツの男の前にわたしは座る。


「やあ、フラウト。最近大漁らしいじゃないか」


「どうも、パイモン。侍りがよさそうね」


 パイモン・エルモンド。情報屋で表社会から裏社会に至る情報を収拾しており、この男以上に裏社会を知る男はいないと言わしめるほどの情報屋だ。本人曰く、その情報網は人間だけでなく、現界し人間社会に溶け込んだ悪魔にも広がっているそうな。

 情勢だけでなく、悪魔騒動の情報を集めるならこの男以上に頼りになる人はいない。


「あんた、ガンマン騒動の時、ローゼスの契約者の居所を話したでしょう?」


 ガンマン騒動の際、ギャングたちが刑事の住所を売ったのはパイモンだ。警察官の住所は警察という仕事柄、住所は特に秘匿とされる。どこから仕入れたのかわからないが、パイモンほど表裏の情報を掌握している奴はいない。


「私は懐が広くてね。で、用件を聞こう」


「スカーサハとカリフォルニアの関係性を教えなさい!」


「いいぞ。で、報酬は?」


「情報次第よ」


「OK。影の悪魔の拠点がカリフォルニアにある」


「もっと話してもらいましょうか。カリフォルニアに何がある?」


「奴のビジネス拠点さ。おまえたちも知っているだろう。コレを」


 パイモンがテーブルの上に置いた小瓶。その中にはタールのような黒々とした液体が入っていた。


「悪魔の血?まさか!」


「悪魔の処女デビルバージンね」


「ご明察。悪魔の血を呑めば人は自我を失い暴れはじめる。奴らからすれば人を狂わすのにはお手軽の代物さ。さて、ここからはお高くつくよ」


 パイモンのあざ笑うかのような言い方を察するに、奴はスカーサハとのかかわりを持っているのだろう。おそらくわたしとロックの名をスカーサハが知っていたのはパイモンが売ったったからだ。

 パイモンは人間だ。しかし奴が信じるのは金。金を出すのなら人種もイデオロギーも悪魔も関係ないのだ。


「アンタは金に関して嘘はつかない。スカーサハが何をやっているのかが分かっただけで十分よ」



「まったく、アンタがもっとアイツ《パイモン》を絞ればもっと楽だったのに」


「バカ言うんじゃないわ。アイツに顧客情報を聞き出すと高級車数台分請求されるわよ」


 今回の情報だって決して安くはなかった。ビンテージワイン一本分相当請求されたのだから。トラックに乗った男たちの手足を縛り警察署に連絡をする。このトラックがどういうルートでここまで来たのか分かればデビルバージンの製造場所が特定できる。


「いったい、スカーサハは何を考えているの?デビルバージンの生産場所を教えるなんて意味わかんないわ」


「きっとそれだけじゃないってことでしょう。人身売買にどんな関係性があるのかもわからない


 パイモンはビジネスと言っていた。デビルバージンを売る相手は十中八九人間だろう。しかし金はどこに使うのか。悪魔が経済をやったところで集まった資金に意味はない。


「今まで戦ってきた悪魔とは違って計画性があって、引き際がわかっている。まったく、今まで通りとはいかないわね」


「先生を殺した相手よ、一筋縄でいってたまるか」


「そうね」


 サイレンを鳴らしながら来るパトカー。グラサンを掛けた警察官たちが男たちを連行していく。


「聴取と車の修理お願い。私体は引き続き調査に映るわ」


「おつかれさーん」


「ッチ、上の命令だからって好き勝手やりすぎだぜあのアマ」


「まあカルテルの野郎をとっちめてくれれば、トランプに呆ける毎日が帰ってくるんだ。今は我慢だぜマイク」



 わたしとライカは別行動をとっていたカインと合流する。

 ファストフード店でハンバーガーをむさぼりながら、わたしは疲れ果てたカインの顔を観察していた。耳に付けたインカムはアルバートにつないでおりロンドンの状況をモニタリングしてもらっていた。


「で、調査の成果は?」


「えっと、目立った成果はなかったです。売人も末端ばかりでロクな成果がなかったというか……」


 恥ずかしそうに答えるカインを見て、大きなため息が出る。まだこのバカ弟子は変わらないようだ。


「早くその人見知りどうにかしてくれない?」


「ちょっと、カイン君が疲れてるのにそんな当たり方するなんてサイテーよカノン!」


「こっちは聴取待。以前捜査は難航中ってことね。アル、そっちは?」


『以前までの悪魔騒動が嘘のように静かだよ。準備中ってことかな』


 準備中。一番聞きたくない言葉だ。奴の能力は影に物質を出し入れできる。容量があることを願いたいが、低級悪魔の大軍を召喚できる時点でその願いは簡単に崩れ去る。


「デビルバージンを売って、ウテルス鉱石を買う。そして私兵を増やす。恐ろしいわね」


「ライカ、恐ろしいことを言わないで頂戴」


『新しい情報が入り次第連絡するよ。今ジャックさんがほかのギャングたちの密輸を調べてくれている』


「わかったわ、無理しないでね」


 通信を切り、残ったハンバーガーを食べきる。

 カインがバンズにかぶりつこうとした瞬間、銃を持った男がドアを蹴り破り店内に乱射する。


「アハハハハハハハハ!ブッコワレロ――!」


「カイン、伏せてなさい!」

 テーブルを蹴り客の頭上をWarpで駆ける飛んでくる弾丸を手甲で防ぎ勢いを殺すことなく男の体に組み付く。

 勢いで床に勢いよくぶつかった男はその衝撃で気絶する。


「これは……中毒者め」


 外に出た瞬間、その目に映るのは薬をキメたであろう人間が住民を襲っていた。

 まるで昇天したかのように満面の笑みを浮かべた人間が恐怖で歪んだ住民たちを襲い狂う。悪魔でもカルテルでもなく、一般人である以上殺すわけにはいかない。ザックトレガーで糸を発射しながら中毒者を捕縛していく。


「カイン君、避難誘導よろしく!」


「わかりました!」


「警察が手こずるわけね。数が減りやしないわ」


「逆に増えてるわ。おそらく」


「スカーサハ……」


 デビルバージンを輸送するトラックを追跡するのに増援できなかった理由がこれだ。

 今、カリフォルニアはデビルバージンに溺れた人々に溢れている。警察はそんな中毒者の対応に追われていた。

 暴走した中毒者を無力化し、私たちはタバコに火をつける。

 まるで、暴れさせることで捜査の目を紛らわせるように感じる。自分から来いと言っておいてこの行動は正直臭い。


「アンタ、カインをひどく気に入ってるじゃない」


「アタシ、あの子好きよ。なんか昔のカノンに似てる気がして。それに可哀想なのよ。記憶もなくて親も友達もいないだなんて」


 電柱に寄り掛かった体を起こし、すこし空を見上げる。


「本当ならエクソシストなんて目指さないで普通の青年として生活してほしいと感じてしまう。だからあたしぐらいあの子を甘やかしたっていいでしょう?」


「そう——けれど甘やかしすぎるのはやめてちょうだい」


「いっそアタシの弟子にしようかしら」


 陽炎の中、立ち上る煙がわたしたちの今を表しているようだった。何も得ることのないまま、時間だけが過ぎていく。燃えて落ちていく灰のように。

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