第13話 7月18日

7月17日。ソニアと6年ぶりに再会してから四日経った頃、わたしはロックのもとに定期検診に訪れていた。


「まったく、耐久力だけは一人前だな」


「丈夫さだけが取り柄ですから」


カルテ通り、外傷以外は目立った負傷はないらしい。


「ここを出たらまた依頼の山を片付けるのか?」


「ええ、グルーヴとの約束だから。7月18日にわたしをフリーにする。その代わりに奴の依頼をすべて受ける。平等な取引には見えないでしょう?」


「まったく、あのババア一回〆てやんねえとわかんねえらしいな。おまえも無視してもいいんじゃないか?」


「わたしが断ればあなたのところに仕事がいくわよ」


「そりゃごめんだ」


わたしたちにとって7月18日は重要な日。それをグルーヴは知っている。

まるで私への当てつけのように毎年仕事を投げてくる。毎年そのせいで墓参りに行くころには夜も更けている。


「今年こそは三人そろって行きてえな。ライカとは話したのか?」


「いいえ、一回も見舞いに来なかったわ」


「ったく、おまえが呼ぶとか考えねえのかよ!」


「うるさいわね、馬鹿弟子にも同じようなことを言われそうだわ」


「とにかく、働きすぎんなよ。おまえの体は一つだけなんだからよ」


「ええ、じゃあ18日にまた」


ハンガーにかけたロングジャケットを羽織ると、病院を出ていく。

病院前にはカインがタクシーをつかまえて待っていた。


「行くわよ。今回の依頼は何?」


「ありませんよ」


「は?」


「全部アルバートさんにお願いしました。快く了承してくれ明日よ」


「勝手に何やってんのこの馬鹿弟子!」


「バカはあなたです師匠!その体で戦えるわけがないでしょう。あなたはまず、ライカさんと仲直りすることが最優先です」


「ったく——」


タバコに火をつけようとするが、運転手が「禁煙だよ」と微笑交じりに言われる。

流れる街をぼうっと見つめながら、三人で過ごした日々を振り返る。思い返せば悪くない日々だった。ふたりに劣等感を抱くことはあった。しかし自分を認めてくれる人が、ともに高め合える仲間がいた時間はかけがえのないものだった。

しかしそんな時間は先生の死によって終わりを告げた。わたしに力があればもっと続いたはずなのに。ライカがわたしを恨むのは当然のことだ。


「着きました。俺は外で待っていますから、師匠はちゃんとライカさんと話してくださいよ」


ウェストハムにあるとある喫茶店。客の数は少なくほとんどの人は朝食を済ませ、会社に出勤したころだろうか。

その見慣れた紅蓮の髪は窓際の席に座っていた。


「待たせたわね、ライカ」


「退院おめでとう。まあ、あんたの場合、日常茶飯事か」


そのすこし萎れた態度は先日までの怒りが嘘のように写る。席につき、ウェイトレスに紅茶を注文する。ふたりで飲むときはいつもアールグレイ。

しばらく無言の時が続く。緊張と焦りのせいか、ふたりとも紅茶を飲むだけ。

秒針が時を刻む音だけが店内をこだました。


「いい弟子を持ったわね」


「わたしにはもったいないほどにね」


そう応えた瞬間、息を詰まらせたようにまた無言の時が続く。

ライカには皮肉の意思がなかったのだろう。わたしもすこし申し訳なく感じた。


「ごめんなさい、皮肉で返すつもりはなかったの」


「いいわ。アタシだって久しぶりに会ったのにあんなこと言っちゃったんだもの。ほんとうは喧嘩離れなんてしたくなかった」


その言葉は今までの確執を打ち消すかのような一言だった。

わたしの思い込み?それとも周りが見えていない証拠?

疑問が頭の中でぐるぐると駆け巡る。そのせいでわたしはきっと間抜けな顔をしているに違いない。


「なによ、呆けた顔しちゃってさ。本当よ。あの時、アタシはカノンにひどいことを言った。あんただって泣いて泣いていっぱいいっぱいだったはずなのに、一緒に泣いて一緒に背負わなくちゃいけなかったのに。アタシは突き放して全部あなたに背負わせた」


「ちがう、わたしは——わたしが何も見えてなかっただけよ。もっと力があれば、私が先生の足を引っ張ったの。あなたに嫌われて当然だった」


あふれだす感情の波。せき止めていたダムが決壊するように今までため込んでいた何かがあふれ出す。

確執が消えていく感覚。懺悔するわたし。ライカの本音。


「みんないっぱいいっぱいだった。わたしは一方通行だからさ、あんたの気持ちをわかってやれなかった。だってシルヴァ先生が期待してたのはカノンだったんだから」


「え?」


「そうよ、先生はカノンのことを弟子の中で一番買ってたんだぜ。ジャックにだって一番手を焼いてほしいって。アイツは一番俺に似てるって。だからかな、アタシはあんたに勝手に期待したんだ。ほんとは同じ門下生で実力も同じだったはずなのに」


「なによそれ。初めて知ったわ」


「笑わないでよ。本当よ?」


6年越しに知る真実にわたしはおなかの底から笑う。それは意外だった。

不安という霧雨が晴れるように店内にこだまするわたしの声。


「けれどしかたないわよ。先生が死んだとき、私もどうすればいいかわからなかった。死が隣り合わせな仕事のはずなのに、わたしたちは師匠なら死なないとそう思い込んでいた。だから、ジャックやハルシオンに報告することでしか怒りをぶつけられなかった」


「そうね。まだ未熟だった。今もまだ」


「うん。さて、こんな湿っぽい話はここまで。聞かせてよ日本の話をさ」


閉めっぽい空気をかき消すようにカップに残った紅茶を飲み干すふたり。

水道水が飲めることや、駄菓子がおいしいことなど話題が絶えなかった。

久しぶりに話すせいか、声を出して笑う。

しかしその時間は長くは続かなかった。

鳴り響く着信音に舌打ちし、耳元にスマホを当てる。


「緊急!緊急!ダグナムにて悪魔発生!」


「数は?」


「4体が観測されています」


「カノン、アンタはここに残りなさい」


「は?何を言って」


「退院して間もない体で戦うのは危険よ」


「バカをおっしゃい、これはわたしの仕事よ。堅簿を担ぐならにでしょう?」


その言葉に「フン」と鼻を鳴らし、店を出る。

カインが用意したタクシーに乗り、ダグナムへと向かった。



「カイン、魔道具の準備は?」


「持ってきてません」


「「はぁ⁉」」


わたしとライカは驚きの声を上げる。


「だって今日は仕事なく終わるはずで」


「このバカ弟子がぁ!ま、ライカと共闘するなら氷の嬢王も邪魔かもしれないけれど……」


「ほら、どんな状況でも対応するのがコンツェルン流じゃない。気に病むことはないわよカイン君」


「ライカ、カインを甘やかさないでちょうだい。ったく、タクシー急いでちょうだい」


最近の悪魔騒動の多発によってハルシオンも警察もアンテナを張っていたのか、到着するころには避難が完了していた。

悪魔のいるところ以外破壊した痕跡が見られない限り、アンノウンが影を使い転移させたのだろう。


「ライカ、影を扱う悪魔を見たら気をつけなさい。そいつがシルヴァ先生を殺した奴よ」


「オッケー、アンタも無理しすぎるんじゃないわよ!」


両手に火炎をまとわせる。


「さあさあさあ!参ろうか」


炎をまとわせた拳を悪魔の顔面目掛け放つ。

拳がぶつかった瞬間全身を炎で包む。怯んだところに胸目掛け手刀を刺し核を破壊する。

ライカの能力「火炎」は炎を発生させる。

Warpの高速化を使い、悪魔を怯ませたところをライカの火拳で核を穿つ。炎舞うロンドンの街に吹き抜けるつむじ風。6分程度で4体を屠るが、悪魔の数は減らない。


「これはどういう事よ?」


「そりゃあ影の悪魔アンノウンがいるってことでしょう」


低級悪魔の群れが左路地から出現しているように見える。鬱蒼とする影が敷かれた路地はトンネルに近い状況と言える。

束になって襲い掛かる悪魔の群れ。それを眩い一閃が焼き尽くす。


「待たせたなライカ、カノン。Mr.ローリングサンダーの登場だ」


「おそかったじゃない。焔薙は?」


「ほらよ、いい剣だな日本刀ってやつは」


「幽雲一刀焔薙。アタシ一押しの日本土産よ」


腰に焔薙をさすと、手首をぐるぐると回す。


「わたしも魔道具が欲しいところだけれど、ま、アンタらがいれば十分ね」


すこし笑みを浮かべる。


「さあ、カプリチオを始めましょう」


三人一斉に走り出す。両翼をロックとライカで固めたこの状況は、目の前にいる悪魔のむれなど気にならないほど頼もしい。

雷撃で敵を蹴散らし、炎で活路を見出す。一瞬の道さえできればわたしのWarpで加速した際に生まれる突風で大量撃破が可能。

先生がわたしたちを例えた言葉を思い出してしまうほどだ。


「そういや、三人で同じ戦場に立つだなんて先生と喧嘩した時以来ね」


「あれはシルヴァ先生に一方的にやられて喧嘩の艇を成してなかったぞ」


「疾走雷火、先生は良くわたしたちをそう評していたわね」


6年ぶりの共同戦線だが、呼吸が合うように私たちは悪魔を蹴散らしていく。

あふれだす悪魔の波がやむ。相手もこの状況では意味がないと察したか。

奥から現れる光をも呑みこむ漆黒に包まれた人型の何か。傘をさし、自分を陰で埋め尽くしておりその姿は見えない。


「知っているぞ。その白い髪青い目カノン・フラウト、黒き肌に堅牢な肉体ロック・ロンチェロ。で、おまえは誰だ?」


「あんたがアンノウン?アタシの妹弟子が世話になったわね。アタシの名はライカ・フィドール。シルヴァ・コンツェルンの仇、とらせてもらうわよ!」


真っ先に飛び込むライカ、カノンの反応速度を超えた彼女の速度は常軌を逸し、まるで怒りを燃料に加速しているようだった。

焔薙が纏う炎は激しく燃え、アンノウンの首元に刃が迫る。炎の光で影が焼け、本体が見えそうになった瞬間刃は虚空を斬る。


「ほう、シルヴァ・コンツェルンと言ったな小娘。覚えているぞ、ワタシが戦った中でも指折りの人間だった。そんな男の弟子であるならそんな生ぬるい攻撃をするんじゃない。拍子抜けだぞ」


「なにをおおおお!」


「まて、ライカ!挑発に乗るな。ちょ、カノンまで!」


わたしも煮えたぎる怒りで奴を殴る寸前だった。しかし焔薙ぎの刃が奴の体を通り過ぎた時点で察した。


「ライカ、避けなさい!」


次の瞬間直径1メートルの傘影から現れる数匹の悪魔。その凶器とも思える無数の腕がライカにつかみかかろうとする。

Warpの最高出力でライカに飛びつき悪魔の手から逃れる。


「大丈夫?」


「ありがとう、でも危なかった」


「たぶん、あの影がある限りアンノウンに攻撃は当たらない。藪から棒に攻撃するのは危険よ」


「その速度、前から気になっていたその速さだ。そうか、おまえシルヴァと一緒にいた小娘だな。よくぞそこまで能力を磨いた。能力を制御できずに足手まといになっていた時とは大違いだ」


「残念だけれど、挑発に乗るほど短期じゃないのよ」


(炎の光がかき消された?あの傘に仕掛けがありそうね)


傘の陰に入られた状態ではアンノウンに攻撃は当たらず、奴は多様な攻撃を繰り出せる。あれも魔道具の類と考えるべきだろう。

ライカの首元を触る。ほのかに冷たい体はライカの能力のデメリットが蓄積されている証拠だ。このまま戦っては身体に負荷がかかる。


「ライカ、 借りるわ」


「アタシだってまだ……」


「わかってる。チャンスは一度きり。そのために今は温存しなさい」


焔薙を握った瞬間、手のひらを焼かれるような痛みが走る。魔道具は制御を間違えればその能力に支配されるか、攻撃を受ける。

そのため初めて使う魔道具は制御にすこし手こずる。


「ロック、影を剝がすわよ」


「ああ、ボンバイエだぜ」


両サイドからじりじりと詰める。影の中に何を忍ばせているか、南泰の悪魔がいるかわからない。今は午後3時。このまま夕暮れが訪れれば奴を逃がしてしまう。


「どこからでも来るがいい。ワタシは逃げも隠れもしない」


刀身に宿った炎を目いっぱいに伸ばす。囂々と燃える炎を構え、Warpで加速する。その様はジェットのように炎が空を走る。


「それでは小娘といっしょだぞカノン・フラウト」


アンノウンの右肩から左腰に掛けて刃を走らせる。わたしが繰り出す袈裟斬りは空を切るが、すぐさま、片刃をひっくり返し、斬り返す。


「能力の高速化をここまで制御するか」


「アンタが馬鹿にしたライカのおかげよ。それより、あなたのその傘は何?」


「これか?名はない。そうさな、『宵の傘』とでも名付けるか。これがある限り、ワタシに光がさすことはない」


「へえじゃあその傘、閉じてもらおうか!」


右腕に溜めた雷撃を白銀の傘目掛け放つ。

意識を能力操作だけに回せば宵の傘を破壊される。


「ロック・ロンチェロ、それは悪手というものだよ」


太陽とは反対方向にバク中して回避するとアンノウンはダイビングをするようにロックの陰に飛び込む。

「野郎、どこに行きやがった!」


「ワタシの能力は影。影へもぐり、影へ何かを収納できる。そして影を通して操ることも容易だ」


ロックの動きがいきなり鈍くなる。全身に力を入れているのか全身の筋肉が肥大し、血管が浮き出る。

体の向きを変え影の方向へと歩き出す。


「ロック!そっちに行くな!」


「影野郎、俺を操ってやがる。カノン、俺を斬れ。じゃねえと奴を逃がしちまう!」


柄を強く握りしめる。ここでロックを斬ればアンノウンを止められるのか。

奴は影を移動する。ここでロックを斬ったからと言って、奴に攻撃を与えられるわけではない。


「あなたを斬るなんてできない」


「馬鹿野郎!ここで止めなきゃ、止めなきゃコイツの横暴は続く!俺は医者だ。俺はおまえらにも、この街の人にも傷ついてほしくねえ!だから——」


「ロック、歯ァ食いしばれ!」


うしろから飛んでくる焔の拳。ライカの火拳はロックを吹き飛ばす。空中を舞うロックを掴み周囲に炎の渦を発生させる。それは太陽に煌々と輝く。


「チャンスは一度きり。こういうときこそアタシの出番よ!」


影が消える直前、アンノウンははじき出されるように地面から現れる。

影の衣を失ったその姿は影の闇とは対照的に鈍色に輝く。

そのフォルムは今まで戦ってきた悪魔とは違い、華奢な女性のようであった。

ロックは無理をしたライカを背負い、その場から離れる。


「ワタシを影から出したのはシルヴァ以来ね」


傘に手をつっこむと、中から槍を取り出す。上段に構えるアンノウンに対し焔薙を下段に構える。

一瞬にしてアンノウンはわたしとの距離を詰める。まるで脳が錯覚を起こし視覚がフリーズする。咄嗟に焔薙で攻撃を逸らすが左腕を黒き刃が穿つ。そして傷口から無数の

針が現れ傷口をズタズタにしていく。しかしすぐさま殴り間合いを取る。

 

(能力への理解力が段違いすぎる)


「おや、先ほどの威勢はどうしたのかな?カノン・フラウト、キミはひとりでは戦えないの?」


「フッ、長物が嫌いなのよ」


片腕が使えないとなると両手で振るうことができない。刺突を防ぐのだってギリギリなのにこの状況では——


(せめて——せめて氷の嬢王さえあれば)


ないものねだりが嫌いだ。自分の弱さをものにぶつけるのが嫌いだ。スローモーションに迫るアンノウン。胴体を腕を足を。一切動かすことなくスライドするような移動に反応することができない。


「師匠!」


次の瞬間、私の心臓を穿とうとする漆黒の刃が胸に触れる瞬間、アンノウンの動きが止まる。

カインだ。

カインが氷の嬢王をアンノウンの体に突き刺したのだ。しかしおかしい。わたしとアンノウンはいつの間にか物陰に入り込んでいた。しかし氷の嬢王の刃はたしかにアンノウンの鈍色の肌を撫で斬っていた。

驚きを一瞬で冷静さで上塗りしたのか、すぐさまほかの影へと逃げる。


「ワタシは確かに影にいた。影ではワタシに攻撃を当てるなんて不可能。なぜ?なぜだ?そしてこの氷牙。まさかお前が持っているものは」


「師匠、ここは引いてください。もうすぐ援軍が来ます」


カインの両腕は凍り付き、腕を上ろうとしていた。


「よくやったわカイン。ここからはわたしに任せなさい」


「しかし」


「安心なさい」


片腕が使い物にならなくとも戦える。

ワタシが構えた瞬間、アンノウンは矛を傘の中にしまう。


「ここは手を引こう。今の君たちであればいつでも殺せるからね」


「まて!」


最高速度でアンノウンへ突撃をする。すり抜けることなく、宵の傘で受け止める。


「あと、ワタシの名はアンノウンではない。スカーサハ。そう、影の悪魔スカーサハだ。覚えていたまえ。そして追い詰めた君たちにワタシから一つご褒美をあげよう」


影から伸びる数本の触手がビル群に鞭撃つ。そこには「アメリカへ来い」と書かれる。


「貴様、一体何を!」


「気になっていたんだろう?我々とギャングが手を組む理由を。誘拐された子どもたちの行方を。ならばアメリカ、カリフォルニアに来なさい。あなたが抱える物の答えになるわ」


そう言ってスカーサハは影に消えていった。いつのまにか世界は夜の帳におおわれ、もはや追跡をすることはできなかった。

静かに冷えた風がやりきれない私のそばを通り抜けていった。



7月18日。

ブロンプトン墓地。

私たちは喪服に身を包み、ポツンと中ぐらいの石が置かれた場所に集まっていた。

わたし、ジャック、カイン、ロック、そしてライカ。みんな揃ってここに立つのは初めてだった。


「シルヴァ、おまえの弟子はやっと仲直りしたぞ。みんな五体満足に無事この日を迎えることが出来た」


「ええ、アタシは専属のエクソシストに」


「俺は医者に」


「私は探偵に。三人、振り回されているけれど今も変わらず前へ進んでいるわ。そこで見守っていてちょうだい」



墓参りが終わった後、わたしたちは近くのレストランへ行く。各々好きな酒を飲み、いい具合に酒が回り始めていた。


「ねえねえ、カイン君。カノンのとこよりもアタシのとこに来なさいよ~」


「え、あ、ちょ。それはちょっと」


「こんなツルペタデカゴリラよりもアタシのほうが魅力的でしょう?」


「なんでそんなに出れついてんのよアンタ」


「別にぃ~。ま、カイン君色男だし、この人見知りなところが包容力そそるのよ」


「バカ弟子め」


「ちょ、師匠、助けてくださいよ!」


酔っているのかいつもよりもわたしもライカもハメを外していた。いや、これは酒の力じゃない。三人そろって飲むのは師匠の酒を内緒で飲んだ時以来だ。そのときは酒の美味しさも酒の力も知らなかった。なによりピートがキツかった。


「そうそう、このレストランを選んだのはシルヴァがよく飲んでた酒を置いてるからなんだ。おーい」


ウェイトレスが持ってきた緑色のボトル。ラベルには「LAPHROAIG《ラフロイグ》 18年」と書かれていた。


「これ?たしかに先生のセラーの中にあったようななかったような」


「ま、ジャックのおごりなら飲もうじゃねえか」


ロックグラスに大玉の氷を入れてLAPHROAIG《ラフロイグ》を注ぐ。カイン以外の手に渡る。


「よし、渡ったな。じゃあ我らが師に乾杯!」


グラスを合わせ、一斉にLAPHROAIG《ラフロイグ》を口に含む。口に入れた瞬間、私たち三人は悶え狂い始める。


「し、師匠?」


口の中に広がるスモーキー香りがわたしたちの喉を支配する。その高いピートが、わたしの脳裏に焼き付いた記憶を呼び起こす。

そうあの酒だ。盗み呑んだあの時の酒だ。


「「「むせる!」」」

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