第9話 その名は『ローゼス・スター』

 壁中が弾痕で穴だらけの部屋。カーテンは破れ、ひび割れた窓から日光が差し込み、そよ風が吹く。火薬のにおいが外に逃げ、焦げ臭さがしだいになくなっていく。

 ドアは金具を破壊され、役割を成さなくなり、手で軽く押しただけでその場に音を立てて倒れた。


「おや、こんなところに客人たぁ物好きもいるもんだな」


「おまえがロンドンのガンマンか。俺はMr.ローリングサンダー。医者をやっている。おまえのせいでこちとら迷惑してんだ。ツケ、払ってもらうぜ」


「へえ、それは大変だな。だが俺にも正義ってやつがあるのさ」


 すこし豪華な椅子に腰かけた男、その風貌を見ただけで確信へと変わる。

 テンガロンハットを深々とかぶり、真っ赤なスカーフを首に巻いている。まさにカウボーイというべき風貌で、目を見張るのは腰に下げられた二丁のシングルアクションだ。


(人間の武器を使うのか。悪魔にしては珍しい)


「俺ぁただの風来坊さ。そんな奴をそのご自慢の腕でしょっ引こうってえのか?」


「ああ、俺はエクソシストでな。悪魔を祓うためにここに来た」


「へえ、おれが悪魔だって知ってるのかい。けど俺は殺しちゃいねえ。おまえたちに世話になるようなことはしちゃいねえよ」


 ハットを少し片手で持ち上げ、その青々とした眼を見せる。顔は自然と笑っており、ゆっくりともたれかかった椅子から立ち上がった。

 帽子をかぶり直し、テーブルをはさむように窓辺へ歩き出す。


「危険性がある以上、ほっといてはいけない決まりでなぁ。祓わせてもらうぜ」


 ガンマンはうしろの窓に身体を投げる。カノンにもらった資料には大人一人が窓を突き破った形跡が事件現場にはあった。おそらくガンマンが逃亡の際に突き破っていったのだ。


「逃がすかよ、サンダーウェブ!」


 ブレスレットから射出されるワイヤーはガンマンの足に絡みつく。ロックはワイヤーを強く握りしめ、全身に力を入れる。


「ハハハ!痺れるねぇ電撃かぁ!」


 ロックの能力は雷撃。身体に貯めた電気を自在に操ることができる。

 電撃走るワイヤーを空中で引っ張りガンマンはロックを空中に引きずり出す。


 ガンマンの咄嗟の判断能力に驚きつつロックはブレスレットを外し受け身を取る。


「あんた、ここに住む白い奴らとは肌もが体も違うな」


「ああ、アメリカンさ。なにせ、俺の家計はシャーマンでね」


「アメリカン!おおそうか、おまえとはいい酒が飲めそうだぜ。どうだい、これから一杯やらねえか!」


「ガンマン野郎と飲む酒はねえよ!」


 腰に備えた手斧を携えロックは走り出す。その猛々しい姿ににやりとお笑い、腰にぶら下げたシングルアクションを手に取る。

 息をつかせぬロックの攻撃のことごとくをかわしていく。


「OUT」


 呟やき引き金を引いた瞬間ロックは後方に吹き飛ばされる。咄嗟に街灯につかまり反発する。


「どうだい、いい風が吹くだろう?」


「おまえ、風を操るのか?いや違うなあ、これは風じゃねえ。隠しっこなしだ。おまえの能力を言いな」


「へ、言ってやるものかよ。おまえ、そんな鈍使うたちじゃねえだろ。言ってほしけりゃご自慢の腕で吐かせな!」


「言われなくても!」


 斧を投げ、迫りくる弾丸を弾きながら前進する。

 全身に纏った外部装甲で弾丸を弾きながらガンマンの懐に入り込む。

 ガンマンの胸倉をつかみ、雷撃を乗せた頭突きを繰り出す。何度も何度も何度も。自身の額から血を流そうと頭突きを止めることはなかった。

 そして一気につかんだ手を引き寄せ、ラリアットをぶちかます。


「面白いねえ、しびれるねえ!やはり人間は面白い!」


 接近を許すまいとガンマンは能力を使いながら距離を取る。吹き飛ばそうとする見えない衝撃をかわしていた。それはエクソシストとしての勘なのか、それともシャーマンの霊的な力か。


「ボンバイエ《ぶっ殺すぜ》!ガンマン野郎」


 強く握りしめた拳に全エネルギーを集約し、ガンマンの腹部目掛け放つ。拳は眩い光を放ち、周囲を白光に包む。

 その丸太の如き腕から放たれる衝撃と、雷撃がガンマンの体を貫通した。


「いい一発だが、核を外しちまったな」


「まだやれるぜ俺ぁよぉ」


 ガンマンは腰にぶら下げた筒状のものに手を掛ける。ロックが全身をしならせ攻撃をしようとした瞬間——


「あばよ、Mr.ローリングサンダー」


 スモークグレネードとともにガンマンは自身の体と、ロックを吹き飛ばす。煙幕がはれるころには瓦礫だけが残っていた。


「っち、逃したか。ッつ野郎、いい腕強いてやがるぜ」


 能力が付与した弾丸が装甲を破壊し、足に喰らったようだ。


「ひどくやられたわね」


「ああ、ナメてたな。おかげで充電切れだ」


「で、ロンドンのガンマンはどんなやつだった?」


「荒くれ者さ。あの野郎の能力吹き飛ばす奴は効いたぜ」


「吹き飛ばす?磁力でも引き寄せるでもなく?」


「訳が分からんな。だがあいつ、まだ人を殺していないときた。銃を使うことと言い、変な野郎だぜ。それに———やつはウテルス体だ。受肉体にしちゃあ手ごたえがなさすぎる。なのになぜか能力を使いやがる」


「なに?ウテルス体で能力が使えたですって⁉」


 本来悪魔は受肉して自身の能力を使うことができる。しかしガンマンはウテルス体だとするならば、このルールは適応されないことになる。


「わかったわ。能力を使えることを加味して捜査をしましょう。なにやら面倒になりそうね。アルにこのことを連絡をしてちょうだい。これ以上被害が出ないといいのだけれど……」



 5月10日水曜日——

 サザークにて“ロンドンのガンマン”の犯行と思われる事件が発生。

 アルバート・ハープソンの活躍により、これを撃退。


 ジャックから送られた資料を見て少し顔を緩ませる。


「すごいですね、ガンマンの出現場所がわかるだなんて」


「簡単よ。月曜は東、火曜は西、水曜は南、木曜は北。今までの事件が法則性を教えてくれただけよ。あとはギャングの名簿と照らし合わせるだけ」


「しかし、なぜ悪魔はそんな手間のかかることをするのです?」


「わからないけれど、ガンマンのように自身に枷を掛けたような悪魔は昔にも確認されているわ」


 今回のガンマンも銃を使い、法則を自身に課している。

 ゲームの縛りプレーのように、ただ狩りを楽しむためのハンデなのかそれとも。

 ロックとアルの言葉が真実なのなら、ガンマンは人を殺す気がない。


「あとは住処だけですね。ガンマンの好き勝手はさすがに」


「見当はついているわ」


「え!?なんでそれを速く言わないんですか!」


「んー……今も変わらずそうだけれど、わからないことが多かったからかしら」


「まったく、師匠は——で、どこなんです?」


「場所はわからなかった。けれどこの人なら知っているでしょうね」


 わたしが手にした資料はギャングの潜伏場所を記した資料だった。

 そこに書かれていた責任者の名はマイン・オーエル。ロンドン警視庁、専門活動部で活躍する30代の若手刑事だ。


「まさか、警官が悪魔と契約したと⁉」


「それがわからないから言えなかったのよ。けれどマレットさんのおかげでやっと動けるわ」


 封が閉じられた封筒を開き、マイン・オーエル刑事の経歴、出身等々確認する。中でもわたしは住所に目をつけた。

 ——イーリング。ロンドン郊外の住宅地の一つだ。


「まさか、悪魔の根城は」


「可能性は高いわね。けれど、一つ不思議なことがあるのよ」


 わたしはマイン刑事が悪魔を召喚し、一連のガンマン事件を起こしていたのだと考えていた。しかしかれは一度も家に帰らず、専門活動部の刑事たちと張り込みをしていたらしいのだ。この場合、悪魔と契約するタイミングがわからない。もしかしたら計画的に事件を起こした可能性だってあるのだ。


 わたしたちは車を走らせ、イーリングへ急ぐ。連戦による負傷なのか、ガンマンの目撃情報は今のところない。


「マレットさん、マイン刑事はまだそこにいるかしら?」


『ああ、ガンマンが現れる前からずっとな。他の刑事がさじを投げる中、あの人は俺たちの協力をしてくれていた。嬢ちゃん、あの人は——』


「わかっているわ。わたしだって市民を守る警察が悪魔の手を取るとは考えたくない。引き続きガンマンの動向を調べてちょうだい」


 謎が謎を呼ぶこの現状にガンマンの根城であろう情報が手に入っただけでも光明というものだ。

 アクセルを強く踏み込み、イーリングへと向かった。


 イーリングにあるマイン刑事の家に着く。わたしはドアベルを鳴らし、コートの中にあるライリスリボルバーへと手を掛ける。

 ドアが開いた瞬間、出てきたのは40代前後の女性だった。


「何の用でしょうか?」


「わたしはマイン刑事の部下のものです」


 わたしは警察手帳(偽)を開き、自分があたかも警察化のようにふるまう。


「夫は仕事に出たっきりで。今いるのは息子との三人だけでして」


「なるほど、わたしはその客人の方に用があるのです。外傷を見てきてほしいと言われまして」


 階段をはずむように降りてくる足音。まだ10歳にもなっていない少年が玄関に立つ。すこししょぼくれた顔をする少年。


「帰ってき——お父さんのお仲間⁉お父さんは元気ぃ?」


「元気だよ」


 おそらく父親が帰ってきたと思ったのだろうか。

 わたしの作り笑顔を見てカインはすこし渋い顔をするがすぐさま取り繕う。

 同様の話をすると少年は「ローゼスゥ!!」と叫ぶ。普段着姿の眼の紅い男が階段から降りてくる。


「どうしたチビ。俺に来客かぁ?」


「どうも。わたしはカノン・フラウト。わたしの弟弟子Mr.ローリングサンダーが世話になったわね」


 ロックの異名を聞いた瞬間に、ガンマンは眠そうな顔からしかめた顔をする。


「なるほど、ここじゃなんだ外で話そうぜ。カノン・フラウト」


 わたしとガンマンは路地裏へと向かった。カインはマイン宅へおいていき、わたしとガンマン二人きりだ。


「よくもまあ俺の寝床がわかったな」


「正直当てずっぽうもいいところだったわ。探偵を名乗るのも恥ずかしいほどにね」


本来であれば身辺調査やイーリングでの聞き込み調査を行うべきだが、ゲリラ的に起こるこの事件の中動くのは難しかった。それにマイン刑事以外の警官が悪魔と契約している可能性があった。そのときはしらみつぶしに専門活動部全員の自宅を訪問するつもりだった。

わたしは氷の嬢王を構え、臨戦態勢に入る。


「おいおい、そんな物騒なもんは下げてくれよ。おまえに危害は加えない」


「悪魔の言うことをエクソシスト《わたし》が聞くとでも?」


「俺ぁ悪者しか裁かねえよ。なんだ?人間は多様性多様性いう癖に俺の多様性は認めねえのか?安心しろ、俺は契約上おまえに危害は加えねえ」


 ガンマンは両手を広げ武器を持たないことを表した。


「わかった。殺すのは後にしてあげる。聞きたいことは山ほどあるわ。じゃあ一つ目、あなたの契約主はだれだ」


「あのチビちゃんだぜ。契約はギャングを殺さず捕まえることだ。あと、俺の名はローゼス。ローゼス・スターだ」


「じゃあ二つ目、なぜあなたは能力が使える?」


「薬の力さ」


「薬?」


「ああ、詳しく話知らんが俺らの力をこの身体で使えるようにするらしい。影の野郎が言ってたぜ」


 反射的にわたしの体はローゼスの首に氷の嬢王を突き付ける。心の底で煮えたぎる怒りが神経を伝いわたしの体を動かした。


「アンノウンを、影を使う悪魔のことを知っているならすべて吐きなさい」


「おいおい、落ち着けよ。おれはあいつと組んでねえ。お前が欲しい情報は持ち合わせちゃいねえ」


「じゃあなぜおまえは奴と接触した」


「奴がいきなり俺の前に現れたのさ。薬と一緒にな。協力を持ちかけられたが、俺ぁ、あいつは気に食わねえから蹴った」


 ローゼスは落ち着いた口調で坦々としゃべる。煮えたぎる憎悪を落ち着け、氷の嬢王を鞘に納める。


「おまえとあいつの因縁は知らん。だが俺は悪党以外に銃口を向ける気はねえよ」


「なぜ?」


 純粋な質問だった。たしかにローゼス・スターという悪魔は他の悪魔とは違い、人を殺さず、ましてや人と共生をしているのだ。


「そりゃ、うん?」


 多かった口は無口となり、ローゼスは何か察したのかマイン宅のある方向を向く。

 次の瞬間、「OUT」とつぶやき、宙を舞う。


「待て話はまだ!」


 その姿は空中にはじき出されたようでも、吸い込まれたようでもあり姿を消した。

 ローゼスが消えてから数秒が立ったころ、カインからの電話が鳴り響く。


「師匠……早く戻ってきてください……」


「カイン!」


 うなだれたカインの声と、逃げ惑う人びとの声がスピーカーから鳴り響く。

 嫌な予感がわたしの頭を支配した。

 沈む夕日が空を炎のごとく染めあげる。

 わたしの予感は悪い意味で的中したのだ。

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