第8話 ロンドンのガンマン
5月9日火曜日。受肉体討伐から一か月が経つ。
傷の治りはいつもより早かった。ハルシオンの医療技術か、それとも———
「今日退院だったな」
「ええ、世話になったわ」
「まったく、治療だけに専念すればいいものを筋トレをやらせろだの、アンノウンの情報はどうだの……まあ、カノンらしいっちゃらしいが」
「一度怠れば3日はかかる。それに……」
影から下級悪魔を呼び寄せていたアンノウンの情報をジャックに集めてもらっているが、いまだ発見情報はない。冷めやらぬ熱がふつふつとわたしのなかで滾りつづける。
「あんまり無理はするなよ。おれは誰一人として欠けてほしくないんだからよ。そういや、ライカのこと知っているか?」
「いいえ、あれっきり連絡はおろか名前すら聞かないわ」
「そうか。あいつな、使節として日本で活動しているんだ。我らがハルシオンの代表って名目で」
日本にはハルシオンとは別のエクソシスト組織がある。彼らの情報は現代でもあまり出回っておらず、派遣されたエクソシストたちは口々に「信じられない」と言い、実態を話したがらなかった。
「どうせ名目上で友好関係を築くためとかいっていびりでしょう」
「ま、それもおれたちがカプリチオ《できぞこない》だからかもな」
「そういえば、最近話題のロンドンのガンマンについて情報回ってきてる?」
「回ってきているも何も、こちとらそいつの対応に手を焼いてるんだよ」
ロンドンのガンマン、2週間前からロンドンを騒がせている有名人だ。
ギャングばかりを狙い、毎度どこかの病院に搬送依頼をしては姿を消す謎の人物。
搬送されたギャングたちの命に別状はなく、足には22ミリマグナムだと思われる弾痕が刻まれているという。
そして彼は電話の最後にこう言い添えるという。
——『ロンドンのガンマンより』と。
「警察が手を焼いているらしい。市民は『警察は無能。かれこそ私たちの平和を守る保安官』と言いやがる。警察官の面目丸つぶれ。血眼で探してるみたいだぜ」
「ふーん。ただの世直しバカなら楽なんだけど」
「なんだ、悪魔の仕業とでも?」
「ええ、あまりにも事件のスピードが速すぎると思ってね」
「悪魔が人間の武器なんか使うかよ。どうせ複数人の犯行だろ?」
「マレットさんの資料によればすべての音紋は一致しているそうよ」
「それを先に言いやがれ!一日二件のペースで起きやがる。もしかしたら——」
「アンノウンが関わっているかもね。一応あなたも用心はしておきなさいな。わたしはわたしで捜査するから」
毎日新聞の一面を飾る様子から新聞社もいいスクープが取れたと大はしゃぎしていることだろう。
毎日二件のペース。しかも30分もたっていないのに十数キロ離れた場所で同様の事件が起きる。防犯カメラにはそれらしき人影が写っていないことから、もしかしたらとわたしは勘ぐっている。
「あいよ。って噂をすればなんとやらだ。すまん急搬だ」
「ええ、いってらっしゃい。特務課に呼ばれているから、わたしもぼちぼちお暇するわ」
「ああ。一つしかない体だ。くれぐれもおしゃかにすんじゃねえぞ」
わたしは身支度をすませ、病院を後にする。
そとにはタクシーをつかまえたカインが立っていた。
「師匠、長い病涼お疲れ様でした」
「ええ、お出迎えご苦労さま。今からロンドン警視庁に行くわよ」
「例のウェスタン野郎の件ですね」
「ええ、きっと今頃ひっ迫しているに違いないわ」
タクシーに警視庁に行くことを伝え、車を出す。久しぶりの病院の窓以外から見る景色というものは実にいいものだ。
警視庁につき、アポを済ませ特務課の部屋に案内される。ドア越しにわかるガヤガヤとした音と、鳴り続ける電話のベル。
「こんにちはー。マレットさん元気ぃー?」
わたしのなめ腐った態度に特務課の皆さんは呪ったような眼で睨みつける。
おなじみメアリー女史が舌打ちをしながら応接間の方向を親指で刺す。
そこには冷めきった紅茶をすするマレットの姿があった。
「おや……カノンの嬢ちゃん、退院おめでとう——」
か細い声は激務のそれを表しているようだった。
「資料は全部読んだわ。で、上はどういう見解を?」
「見解も何もおれたちに全部丸投げさ。メディア対応も現場の情報収集も聴取も全部…全ぶぜんぶ……上のバカヤロー!」
予想通りというべきか病室で新聞を読みふけっていたわたしでもわかるように世間でのガンマンに対する反響はすさまじい。
「わかるわ。いちいち面倒事は投げるくせにうまみは吸ってくのよね。で、事件に法則性はあるの?」
「強いて言えば上が追っていたギャングどもが狙われていることぐらいだ。どこから情報が流出したんだ」
「内通者ねきッと。そのギャングのリストは共有してもよろしくて?あんしんなさい、わたしの弟弟子と元タッグだから」
「ああ、アルバート君とMr.ローリングサンダーか。いいよ、今は猫の手も借りたい気分だ」
ロックの奴、あの名前で浸透してるのか。
しかしここに内通者がいるのならわたしたちがこの事件にかかわることも知られているかもしれない。
今更網を張ったところで無駄かもしれないがこのリストを基に捜査を進めるしかない。
「ロックとアルが関わることはあなたとわたしだけの秘密で」
「ああ、誰にもいわないよ。たのむぜ嬢ちゃん」
事務所に戻りタバコに火をつける。久方ぶりの煙を味わいながらテーブルの上にはロンドンとその周辺の地図を広げる。警察からの情報を基に、事件現場にはピンが刺されている。
主に事件が起きた曜日は月、火、水、木のみだった。曜日ごとにピンの色を変えているがその異形たるや目を疑いたくなるものだった。
犯行現場は一つ一つが遠く、おおよそ30分で行えるものではない。それにロンドンは渋滞がひっきりなしに起こる。そのため数時間で移動するには困難と言えるだろう。
「悪魔の仕業とみて間違いないでしょうけど、どうやって移動しているのでしょう?」
「なんでもかんでもアンノウンの仕業にするのはおかしいかもしれないけれど、もし影を移動しているのなら渋滞なんて関係ないもの。それか移動系の能力を持っているか。しかし、気になるのは相手が銃を使うということね」
ガンマンの正体が悪魔だとするならなぜ銃なんて使う?そしてなぜ人を殺さない。全身凶器、上位存在的ポジションのUMA。そんな悪魔がなぜ人間の武器に頼る。
「悪魔の思考を探るなんて方位磁針なしで砂漠に投げ出されるのといっしょ」
しかしピンを並べるうちにある法則性が浮かび上がる。けしてランダムではない。直線的だ。
しかしピンを並べるうちに見えてくる法則性。ランダムに狙っているわけではないようだ。
「師匠、マレットさんより連絡です。ブロンプトンにて事件発生」
「どうせ事後でしょうね。わかった。アルとロックに連絡を。おそらく次の事件が起きるとしたら……ここと、ここかな?」
わたしとカインはブロンプトンへと向かう。身体がなまっている以上、戦いに参加しても足手まといになるだけだ。今は情報収集に徹し、ガンマンのことはふたりに任せるとしよう。
ブロンプトンに着くと事件が起こったと思われる家屋には人だかりができていた。
周囲はイエローテープで区切られているが、マスコミと野次馬で通るのが難しい。
「おーい、嬢ちゃん!」
人ごみをむりやり引き裂いてマレットはわたしを現場へと案内してくれた。窓には無数の弾痕が見え、争いの跡が鮮明に残っていた。扉を開いた瞬間部屋中に充満する火薬が鼻につく。
窓だけではない。部屋のかべにびっしりと撃ち込まれた9ミリの弾丸。そして地面に転がるマグナム弾。
「いったい、どんな暴れかたをしたのよ。マレットさん、この跡は何?」
地面にチョークで書かれた放射状の絵。長方形の何かが集まっており、大きさ的に弾丸の後だろうか。
「ああ、嬢ちゃんに聞こうと思ってたんだ。発見された当初、一個の断案を中心に弾が円を描いて転がってたのさ。悪魔退治の専門家的にどう思うよ」
「悪魔の能力でしょうか……磁力とか?」
「狩猟用の弾じゃあるまいし。それに使われた弾丸はアルミ製、非磁性体よ」
部屋の散らかりようは襲撃ということで納得は行くが、弾丸が綺麗に円を描いているのだけは説明がつかない。
報告書には銃声を聞いて即通報。律儀に一個一個並べたわけではないだろう。
そして目につく一文がひとつ。
「犯人と思われる人影が西の空に飛んでいった——ねぇ」
わたしの勘はどうやら当たっているらしい。
「カイン、アルとロックに連絡を。3コールで出ないほうに行くわよ」
「もう目星がついたんですか!?」
「ええ、あとは実際に会うだけよ。マレットさん、後は任せなさい」
「ああ、新たな情報が入り次第、連絡する。きっぱれよ、嬢ちゃん!」
カインがふたりに連絡をすると、応答しなかったのはロックだった。
つまり、ガンマンはフラムにいる。
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