第10話 Out Ta Get Me

 マイン宅に到着するころには野次馬が押し寄せていた。

 イエローテープが張り巡らされ、押し入ろうとするマスコミを必死に抑える警官たち。


「嬢ちゃん!」


 わたしは壁を蹴り、庭に侵入すると中には事件現場で立ち尽くすひとりの警官と、マレットさんの姿があった。


「マイン刑事ですね。わたしはカノン・フラウト。マレット刑事とともにローゼス——ガンマンを追っているものです」


「話は——聞いているよ。すまない、状況が飲み込めなくて」


 無理もない。自分の家が襲撃を受けたのだから。

 窓は割れ、壁は煤焦げていた。


「家の中からこんなものが見つかってな。おそらく、ガンマンに恨みを持ったギャングたちの犯行だろう。だが、一体どこでガンマンがここにいると知ったんだ?」


 紙には殴り書いたように「バービカン・コンバトリーに来い!ガンマン野郎!」と。

 おそらくマイン夫人とその子どもは人質か。


「わたしが知る限り、警察官の住所をも掌握しているのはひとりだけ。家の中から銃器は見つかった?」


「いいや、残っているのは銃を乱射した形跡のみだ」


「はやく……助けに行かなければ!」


「マイン刑事、あなたはここに残っていて。相手は多勢。それに全員武器を携帯しているでしょう。ここはわたしに任せて」


「しかし——」


「安心しな、この嬢ちゃんなら必ずあんたの家族を助けてくれる。それよりもまず、俺たちゃバービカンの避難誘導を」


「———ッ」


「やるせない気持ちはわかるわ。けれどここは任せてほしい」


 ここ数か月の悪魔騒動にギャングが関わっているという情報がある以上、対抗手段を持たない彼をいかせるのは危険だ。


「マレットさん、カインは?」


「命に別状はねえが重態だ。シェフィールドでの活躍が嘘みてえにな」


「そう——」


 カインの安否を確認しわたしは、用意されたパトーカーに乗り込みバービカン・コンバトリーへと急いだ。



 バービガン・コンバトリーに到着すると、その異様なまでの静けさに予感がよぎる。

 ここは総合娯楽施設。日夜人でごった返すが、人の気配がしない。

 エントランスに入ると、その静けさはカノンを冷静にさせる。


「人質は……いや、考えるのはやめましょう。とにかく今はローゼスを」


 2階から響く発砲音。

 飛んでくる弾丸をかわし、腰に刺したマシンガンを手に取る。

 敵の数は6人。


「悪いけれど、あなたたちを殺すわ」


 横水平にマシンガンを掃射する。

 カノンの動きを察知してか引き金を引こうとするがWarpによる加速によって1階にいたギャングを弾丸が穿つ。


「なんだ!あいつ人間なのか!」


「おあいにく、相手が相手なのよ」


 地面を強く踏み込み、2階へと舞い上がる。しかし相手もバカではない。すでに弾丸は放たれた。迫りくる弾をダガーで弾くが、それ以上先へは鉄の雨がわたしを阻む。


「ったくよぉ、冷静さを欠くんじゃねえよ!」


 後方からの迫る稲光と轟雷。

 白んだ世界が消えるころには、2階にいたギャングたちの頭は吹き飛んでいた。


「遅かったじゃない。Mr.ローリングサンダー」


「へっ人間にてこずるたぁ、訛ったなカノン。リハビリは十分かい?」


「そうね、もうすこし体を温めたいわ。……来るわよ」


 うす暗い廊下、スタッフルームと思われる部屋からなだれ込む悪魔の群れ。


「またか。これもアンノウンってやつの力か?」


「ええ、これであいつの言葉が本当だったってことね」


 逆手持ちした氷の嬢王を前に構え、ロックは握りこぶしを頭より高く構える。


「遅れるんじゃないわよ」


「こっちの台詞だ。さあ、疾雷と行こうじゃねえか!」


 悪魔の群れに特攻を仕掛けるロックを空気中に生成した氷柱を飛ばし、援護をする。拳に秘めた雷撃を悪魔の胴体目掛け振るうさまはまさにレスラーの如きいで立ち。

 拳で腹を穿ち、首を引きちぎり、頭同志をぶつけて破壊する。


「ハハハハ!ボンバイエだぜ!」


呪術師シャーマンの皮をかぶった狂戦者ベルゼルガめ。電気使い過ぎんじゃないわよ!」


 ロック・バースンが手にした能力「雷撃」は雷を操り攻撃に転じることができるが、発電はできない。そのため充電が必要なのだ。

 このままロックが本気で暴れれば低級悪魔の群れなど一掃できる。しかし


「一瞬道を開いてやる。おまえなら一瞬あれば十分だろう。人質とガンマンの元へ急ぎな」


「そうね。それが最善策ね」


「よし、行くぜ、雷撃槌トゥアノ・バンカー!」


 一直線に放たれた一閃の雷撃。

 雷撃に悪魔が焼かれ、道ができる。

 開かれた一直線の道をカノンは「Warp」の一声で加速し駆け抜けた。


 ポケットの中に入れていたモバイルバッテリーを数本胸に当てる。


「さあて、悪魔ども。太陽のもとで祈り狂え。我が魂の名はMr.ローリングサンダー」


 悪魔を薙ぎ払いながら壁へ走り出す。

 力強く地面を踏み込み、壁を蹴り宙を舞う。


「ローリング——サンダーーー!」


 落ちてくるロックが地面に接触した瞬間エントランス全体に雷撃が放たれる。轟音とともに走る雷に悪魔たちは焼かれ散った。


「後は頼むぜ、カノン」



 バービカン・コンバトリーには温室がある。様々な植物が植えられており、広い吹き抜けたスペースがある。おそらくギャングたちの目的は——


「よく来たなガンマン野郎!部下が世話になったなぁ!」


 聞こえてくる怒号は冷静さを欠いたよう。

 スペースを取り囲むようにギャングたちは銃器を持って並び、二階も同様にローゼスに狙いを定めていた。


「人質を解放してもらおうか。そいつらは関係ないはずだ」


「俺に要求する立場かおまえはぁぁぁぁぁ!まずはその銃を捨てやがれ」


 ローゼスは二丁の銃を床に置き、ゆっくりと離れる。

 視線はけしてギャングのボスから離さない。


「ようし、おまえに一発ぶちかましてぇところだが、おまえに返り討ちにされちまう。だから……」


 ボスがフィンガースナップをすると、奥から悪魔が現れる。体格はガンマンが普通の人間ほどの背丈に対して、二倍以上大きい。


「コイツぁ、おまえを倒すために用意した用心棒だ。せいぜい楽しませてくれよロンドンのガンマンさんよぉ!」


 悪魔同士の戦いが始まった。

 しかしそれは一方的なものだった。

 一方的に攻撃を仕掛ける悪魔と、防御に徹するローゼス。攻撃の隙は十二分に存在した。しかし攻撃に転じることはなく、只撃たれているだけだった。


「いいぞやれー!」


「ぶっ殺せー!」


「ハハハハ!影の野郎からもらったウテルスは高品質だ!」


 ウテルスの等級が高いほど悪魔は受肉体に近い力を出せる。

 やじをとばす彼らにとってこれは憂さ晴らしだ。たまった鬱憤を晴らすようにヤジ宿郷を飛ばすさまは見るに堪えない。

 迫りくる拳をガードしていた腕が徐々に下がっていく。

 がら空きになったボディにパンチが直撃し、重々しい音とともに吹き飛ばされる。

 このままではローゼスがやられるのも時間の問題だろう。


「最終手段をとるしかないようね」


 わたしはファントムコートをかぶり、人質の元へ歩き出す。皆ローゼスがやられる姿に熱狂し、監視が甘くなっている今やるしかない。

 妻子の元まで到着するとわたしはファントムコートを二人にかぶせる。


「ローゼス!」


「その声はカノン・フラウト!」


「なんだお前!」



 近くにいたギャングが人質が消えたことと突然現れたわたしに気が付く。銃を構える前に至近距離からの掃射で黙らせる。

 私に気づいたギャングたちをWarpで一掃する。


「これを使いなさい!」


 手に持ったリボルバーをローゼスめがけて投げる。その瞬間わたしの行動の意図を察したのか、空中に舞い上がりリボルバーをつかむ。


「こいつは——!」


銃を受けった瞬間わたしの意図を受け取ったようにテンガロンハットのふちを指ではじく。


「ああ、任せるぜ。Out Ta Get Me!」


 ローゼスの言葉に応えるようにライヒスリボルバーに赤い亀裂が入る。

 素早く弾丸を二発撃ちこむと、悪魔の腕ははじけ飛ぶ。先ほどまでの戦況からは考えられないこの光景に驚くのも無理はない。


「なぜ能力を使える!」


「Get!」


 何かを引き付けるように腕を引くと悪魔の体はローゼスの元へ引き寄せられる。

 何が起こったかわからないように悪魔の動きは止まり、腹部に残りの弾を受ける。


「こいつは礼だ。たっぷりうけとりな」


 そして銃低で激しく銃低で頭部を殴ると排莢し一発の弾を込める。

怯んだ悪魔がローゼスを見た瞬間、銃口は胸の中心につきつけられていた。


「Out!」


 怯んだ悪魔の胸に銃を突き付け、静かに引き金を引く。体内に弾丸を撃ち込まれた瞬間、悪魔の体は爆発し、下半身を残して散っていった。


「さて、次はおまえたちの番だぜ悪党ども」


 わたしが相手をしていたギャングたちは謎の力に吹き飛ばされていく。

 まるで放たれた弾丸が人を突き飛ばすように。


「冥途の土産に教えてやるぜ。俺の能力、Out Ta Get Meは収束と反発だ!」


 二階にいたギャングたちも次々と弾丸に引き寄せられ、一階へ転落していく。蹂躙というにふさわしいその光景はやつが悪魔であることを私に再認識させた。


「ローゼス、うしろ!」


 祖の掛け声に気づいた瞬間、背面撃ちをする。放たれた弾丸は綺麗にボスの眉間を貫いた。


「助かったぜカノン・フラウト。おまえが来なかったら死んでたぜ」


「その方がよかったわね。悪魔に力を貸すなんて癪だけれど、あなたが死んだら人質も殺されていたわ。最善策をとったに過ぎないわ」


「ま、最後に暴れられたんだ。悔いはねえよ」


 ローゼスがマイン刑事の息子と交わした契約は人を殺さず、悪党を倒すこと。契約を破った悪魔は消えてしまう。

 しかしどうだろうか、ローゼスの姿は一向に変わるそぶりはない。


「なんでだ、俺は消えるはずなのに」


「どうやら契約違反にはならなかったようね。すこし持論を話しましょうか。契約は悪党を倒すことじゃなかったのよ」


 タバコに火をつけ、わたしは一息つく。ローゼスは眉間にしわを寄せ、わたしの言っていることの意味が解らないようだった。


「そうね、小さい子にとって両親ってのはかけがえのない存在なの。そんな家族がずっと帰ってこない状況が続けば不安は募り、寂しさが体を支配する」


「つまり、チビが真に望んだことは父親が速く帰ってくるってことか?」


「ええ、けれどそれもかなわないかもね」


「どうして」


「あなたがいる限りマイン刑事は多忙なままなのよ」


 あくまでマイン刑事たちが行っていた捜査は巣綿花のものであった。しかしローゼスが世に知られたことで、世間は混乱した。その混乱を取り払うためにも警察は働かなければならない。


「つまり、俺の存在がちびの願いを邪魔しているってことか」


 ローゼスは自分の胸に銃口を当てる。


「死ぬつもり?」


「ああ、チビがいなかったら俺もアイツ《悪魔》みたいになっていた。せめてもの恩返しにはなるだろうさ」


 わたしは彼の存在がわからなくなった。恨むべき、憎むべき悪魔に変わりはない。

 非道で凶器に満ちた存在のはずなのに、ローゼスは例外に思えて仕方がなかった。


「いい提案があるわ。あなたは死んだ。上半身がバラバラになって。」


「言っている意味がわからんぞ」


「偽造するって言いたいのよ。ったく。今回だけは見逃してあげるわ」


「カノン・フラウト——ありがとう。火、もらっていいか?」


 テンガロンハットを深々とかぶり直し、目元を覆う。咥えたタバコに火をつける。


「まったく、おかしな悪魔よあなたは。火ぐらいあなたたちの力でつけれるでしょう?」


「無駄を楽しみたいのさ。それにこんないい銃を使うのはいい気分だ」


「第一次世界大戦のドイツ将校が使ってた銃よ。あげるわ。どうやら、その銃はあなたを選んだみたいだし」


 長く使われる道具には強い意志が宿る。シルヴァ師匠の仮説では年季の入った武器は能力の伝達力が上がったり、能力が宿ったりするらしい。

 わたしが使っても何にもならなかったのに、ローゼスが使ったら形状も変化するということはこの仮説も眉唾物ではないらしい。

 外からパトカーのサイレンの音が鳴り響く。どうやら警察が到着したようだ。


「そろそろ俺はお暇するかな」


「最後に一つ。質問をしてもいいかしら?あなたはなぜ人間を助けたの?」


「そりゃあ———ウェスタンが好きだからさ」

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