第5話 バディ
わたしはハイゲートのトンネルの中を進んでいく。
トンネルの中は暗く、単眼式の赤外線ゴーグルなしに進むのは難しい。どこから悪魔が出てくるかわからないため、カインはトンネルの外で待たせている。
『師匠そちらに問題はないですか?』
「ええ、今のところ良好よ。不思議なくらい静かね」
『わかりました。やばくなったら連絡——さいよ。……を―――から』
19世紀ごろに作られたトンネルだからか、無線は途切れ途切れに聞こえる。
使い物にならなくなった無線を捨て、先に進む。中は思ったほどに崩壊はしておらず、コウモリの死骸や、錆びついた線路、バラストが転がっていた。
バラストを踏んだときのじゃりじゃりという音がトンネル内をこだました。
歩き続けて30分ほどたったころだろうか。わたしとは別の足音が聞こえてきた。
「どうやらおでましのようね」
前方を見渡すと4体の悪魔が姿を現す。
わたしは氷の嬢王と、マシンガンを構える。複数相手は陣形を取られれば戦いづらいが、相手に陣形という概念は存在しないようだ。
マシンガンを掃射しながら、一体一体に氷の刃で切り裂き、核を凍らせていく。
「ふう、等級が低いウテルス体だったか。けれど、油断は禁物ね。たぶんここは悪魔の巣窟でしょうから」
捕まえたギャング曰く等級の低いウテルス鉱石はブラックマーケットで流通しており、最低等級であれば、2000ドルほどで取引されている。石ころ一つに2000ドルも払えるかと思うやつもいれば、悪魔の存在を知るものであれば私兵として買い込む奴もいるそうだ。
しかし販売元は何重ものフィルターを介して売買されているため追跡は難しいらしい。
「わたしたちの予想通り、ここはエクソシストを嵌めるための罠のようだ。戻って援軍を要請するか……いや、ここにいる悪魔がなだれ込めば……」
昔見たゾンビパニック映画にこんな展開があったような。研究所が破壊されゾンビたちが街になだれ込む。ありふれたB級映画の展開だが、今現実に起きようとしている。
「ったく、上層部のクソ野郎……」
音もなく、わたしの周りを取り囲む悪魔たち。数は3体から先を考えるのはやめた。驚く心を押し殺し、現状を観察した。悪魔たちを全滅させるのは少々骨は折れる。
「あなたたち、どこから来た?何が目的だ?」
答える仕草は誰も取ろうとしなかった。
先ほど戦った悪魔たちと同じように知性というものは何もない。
一斉に襲い掛かる悪魔の攻撃を避けながら同士討ちを図る。まるでロボットのようになまっちょろい動きだ。
伸びきった腕を両手でつかみ投げる。4体の悪魔が下敷きとなったところに氷の嬢王を突き刺し、核を凍らせる。
「さあ、順番にどうぞ」
コートを脱ぎ捨て、左手のグローブを固く握りしめた。
破状の
(数が減らない……)
氷の嬢王や、型破りな少女を駆使して十数体の悪魔を屠ったが、一向に数が減っている感覚がない。
一体、ここには何十、何百体の悪魔が息をひそめていたのか。
通信も繋がらないため、応援を呼ぶことは不可能に近い。
それにWarpの反動が徐々に体を蝕んできている。敵の数、肉体的疲労、神経疲労は徐々に私の攻撃を鈍らせていった。
逃げ場を失い行動範囲も失っていく。
「判断を見誤ったわね……」
もはや、最終手段を使うしか……
「伏せろ」
瞬間、洞窟の中を轟音とともに風が吹き渡る。積もったちりを吹き飛ばすかのようなその風はわたしを取り囲んだ悪魔たちを吹き飛ばす。
「まったく、いい男ってのは遅れてくるものなのかしら?」
「カイン君から聞いている。とりあえず、奴らを全員倒せばいいんだな?」
拳を合わせ、わたしは塊に特攻を仕掛けた。
まっすぐに飛んでくるわたしを悪魔の群れはUの字を描くように取り囲もうと襲い掛かる。
「ブロウ・ブラスト!」
うしろから迫る風の圧。トンネルという空洞の中を行き場を失った風たちが群となって駆け抜け悪魔たちを吹き飛ばす。わたしが一対一の状態がとりやすい状況を作り出した。孤立した悪魔であれば倒すのはたやすい。
「カノン、どうやら親玉がいるようだよ」
奥に目を配るとあきらかに動きが違う悪魔が数体観測できた。
わたしは憤りをかくせず喉を鳴らす。しかし、今戦っているのは私一人ではない。
「アル、雑魚の掃討をお願いしても?」
「レディのお望みとあらば」
わたしは型破りな少女をアルに渡し、反動に悲鳴を上げる身体をおちつける。
両手に付けた右腕に付けたガントレットは蒼い光を帯び、暗いトンネルを怪しく照らす。
「さあ、当たって砕けようぜ」
地面を勢いよく蹴り、悪魔の群れに突撃する。
「風を喰らえ、ブロウィン!」
ガントレットを突き出し、強く握りしめる。すると、彼の意思に呼応するかのように風があるに向かって吹き始める。
前線にいた悪魔のほとんどがドミノ倒しに巻き込まれ、アルの元へ吸い込まれていく。
悪魔が束となって宙を舞う。
「ブラスト!」
塊が彼の射程範囲に入った瞬間、型破りな少女を装着した腕を勢いよく突き出す。
瞬間、塊となった悪魔はことごとくコンクリートの壁にたたきつけられていく。あるものはコンクリートに埋もれ、あるものはうしろで倒れる仲間を下敷きに飛んでいく。そのさまはまさに花火のよう。
「KILLPOP。相変わらず、ガサツな能力ね。けれど、それがいい」
アルの能力は風を操るものではない。あれはBLOWINというガントレットの能力だ。
その能力は衝撃波を生み出す能力だ。対象に衝撃波を与えることができ、さきほどの空気弾も彼の能力とガントレットあってこその御業だ。
「これでまだ4割ちょっとか。骨が折れるなぁこの仕事は」
「雑魚狩りご苦労様。じゃあ、いつもどおりやりましょう」
「久しぶりなんだ。まあ、君に言っても無駄か」
「わかってるじゃない」
わたしはかれの言葉に少し安心した。その気持ちを押し込めて目の前の群敵にむかって走り出す。右手に氷の嬢王を、左手に小型機関銃を携えて。それに続くようにアルも走り出す。
わたしは壁となった悪魔を氷の嬢王の一閃で薙ぎ払い、アルは衝撃波で的確に核を破壊していく。
雑魚悪魔は簡単に対処できるが、奥の1体はどうやら等級が他より高いらしい。
幾度か氷の嬢王で斬りつけたが、刃が通りづらい。
「カノン、雑魚はあらかた片付いた。残りのあいつだが……」
「言わずとも、でしょう?」
「OK」
「「さあ、デュエットを始めましょう」」
ブレスレットから糸を伸ばし、氷の嬢王の柄頭にくくりつける。そして悪魔の正面から攻撃を仕掛ける。一撃ごとに距離を離しては壁に着地して別の角度から攻撃を繰り返す。
「よくも俺の手下を殺しやがったなぁ!」
「あらあら、怒りを顔に出すだなんて人間よりも上位の存在じゃなくて?」
「うるさいうるさいうるさい!あいつさえいなければ、俺だけでこんな世界、滅ぼしてやるわ」
『あいつ』。やはりこの騒動は誰かが糸を引いているらしい。
「聞きたいことはたくさんあるけれどけれど、あなたはきっと末端よね」
氷の嬢王に括り付けた糸を強く引っ張る。そうすると悪魔は名状しがたき珍妙なポーズをとり、その場に固まった。ザックトレガーから出した糸で素巻きにされ、拘束されているのだ。
防御が取れなくなった悪魔の背中に回り、体を弓のようにしならせる。
「CRASH」
「&」
「「BARN」」
背腹を同時に拳で挟む。Warpの高速の攻撃と、KILL POPの爆発的衝撃波がウテルスの肉体を突き破り、核を直接破壊する。
「あいかわらずね」
「カノンこそ。3年たっても違和感ないなんて。すこしうれしいよ」
わたしたちの吐息以外何も聞こえないトンネルの中。静けさが私たちの勝利を祝っているようにも感じる。
安心したせいか、体に入った力が空気が抜けるように抜けていく。アルは倒れようとするわたしを受け止める。
「大丈夫。ずっと使っていたわけじゃないから、そこまで体は崩れちゃいないわ」
「まったく、君の癖は変わらないな。どうせここの悪魔たちがロンドンの街になだれ込んだらって考えたんだろう?」
「さすがはわたしの元ボーイフレンドね。3年たっても変わらないってことよ」
緊張感が抜ければ自然と口元が緩むものだ。
しかしアルは天井を見上げ、少し焦った顔をした。
「どうしたの?」
「ここって改修工事も何もやっていない廃トンネルだったよな」
「ええ。まさか……」
嫌な予感が頭から足裏まで過る。それは上から降ってきた砂埃によって革新へと変わっていった。
「Warp!」
アメフトのようにわたしはアルの腹タックルをして走り出す。
わたしたちが立っていた場所にはコンクリートと土砂の雨が降り注ぐ。まるで私たちを呑みこもうと迫る土砂を回避しながら出口へと走る。
逃げ道を塞ごうとする瓦礫をアルの衝撃波で破壊する。
光が徐々に大きくなってきた。わたしは地面を強く蹴り、光に向かって飛び込む。
「師匠、アルバートさん無事でしたか!」
「ただいま。間一髪って感じね」
「すまない。カノンにいいところを見せようとしたんだが、張り切りすぎちゃったな」
「しかしまさか通信障害が起こるなんて。ジャックさんからもらった通信機はここでも問題なく使える性能のはずなんですけど」
「日本製なら可能でしょうよ。たぶんそれ中国製じゃない?」
しかしいきなり通信障害が起きたことはすこし気になる。突然現れた悪魔の群れと言い、奴らを操る『アイツ』といいわからないことがたくさんだ。
「それにしてもはでにやりましたね。こりゃ、ウテルスの回収や調査が大変そうだ」
「ハハハ……面目ない」
しかし今は考えなくてもいいだろう。
このあと、ジャックが調査班を引き連れてハイゲートに現れ、めちゃくちゃ怒られた。
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