第2話 エクソシスト
午前1時40分。私は月光きらめくテムズ川流域に身を潜めていた。人気はなく、だれの人影もない。しかし揺らぎながら近づく一つの光、たしかに構成員二人が行方知れずならば不審に思うだろう。だが、揺らぎながら近づく一つの光で私の不安はかき消された。
「すこし早かったか?まだトラックが来ていないようだが」
「もうすぐ到着するってよ。まったく、こちとら水路庁から目をつけられてんだ。あいつらは何してるんだ?」
「ま、石ころを運ぶだけで金がもらえるならいいじゃないか。お、来た来た」
ヘッドライトが船に近づく。大きさは中型のトラックぐらい。キィーというブレーキ音がテムズ川の静寂を切り裂いた。
ふたりの男が座席から降りると、ウテルス鉱石が詰まっているであろう木箱を船からトラックへ運んでいく。
運び終わると、アタッシュケースを受け取り、流域を離れ川を下っていったドライバーはタバコに火をつけ一服を始めた。
テムズの静寂にまぎれ、わたしはうしろから忍び寄り、ドライバーの首を絞める。
「お仕事ご苦労様。お眠り、働き者さん」
同時にもう一人を片付け終わったのか、悠々とそいつの服を奪ったカインが現れた。
眠っている彼らの逮捕は警察に任せるとして、わたしは本来の目的を果たすべく、準備をする。あらかじめこちらで用意した木箱をのせ、トラックの荷台へ乗り込んだ。
『じゃあ出発します』
目的の地リヴァプールへ高速道を用い、足早と向かった。屋根付きのいいトラックだったおかげで気兼ねなくタバコを吸ったり、スキットルに入った酒を呑んだりと退屈もなく約200キロメートルの道のりを過ごした。
「師匠、そろそろ目的地です。酔ってませんよね」
インカム越しに聞こえたその言葉に心の中で返事をする。
運ばれる感覚はまるで宙を浮いているようで、下ろす瞬間は雑で尻を痛めた。足音がなくなるまでじっと潜み、人気がなくなった瞬間に頭上を遮る木を勢いよく突き破って外に出る。
周囲はうす暗く、木箱ばかりだ。おそらくすべてがウテルスだろう。
「あー、あーカイン聞こえている?」
『聞こえていますよ。警備に変わりはありません。おかげで仕掛けるのも容易かったです』
「そっちから悪魔らしき人影は見える?」
『全く見えません。炙りだすのはまかせてください。そちらは?』
「予定通り倉庫に潜入していると思うわ。位置情報をデバイスに送るからジャックに連絡よろしく」
わたしはフードかぶり、倉庫のドアを開ける。デバイスを見るとどうやらここはオフィス地下の倉庫らしい。わたしはランウェイを歩くが如く、敵地を歩く。警備はそんな私に気づくことなく、通り過ぎていく。彼らにはわたしという存在が見えていないのだ。
ファントムコート。人の眼であればごまかせる優れものだ。
「こちらカノン。無事オフィスに到着」
『こちらも仕掛けの準備完了です。師匠、いつでも指示を』
「さあ狂奏曲を始めましょう」
わたしの合図とともにオフィス近くの廃ビルが爆発する。
「おい何事だあ!」
「テロだ、逃げろ!」
周囲にいた住民が次々とオフィスから離れていくのが音でわかる。
オフィスから銃を装備したチンピラ姿の男たちが、ぞろぞろとドアから出てくる。皆、血走った眼をギラギラと輝かせ、放たれた猟犬の如き勢いで街の中を駆け回ることだろう。
「後は頼むわよ、バカ弟子」
わたしは正面から堂々とオフィスに入る。中はまるでパニックだった。走ってくる人たちを軽く避けながら室内をくまなく捜索した。オフィスビルの中を捜索する中で明らかに異様なオーラを放つ部屋があった。どうやらここが悪魔の潜む部屋だろう。
部屋の中には大小さまざな骨と残飯のような肉塊が床に散らかり、渇いた血が床にこびりついている。
沈みゆく月の光に照らされたおぞましい何か。
「あなたが悪魔ってことでいいかしら?」
丸太の如き発達した足。そして肉食獣のように尖った瞳。
爪は血に染まり、牙には歯垢がたまったように肉がこびりつく。3メートルほどの背丈は人ならざる存在であることを証明していた。
言い例えるなら、奴の見た目はトラというべきだろうか。
「おまえ、こいつと同じエクソシストか?」
人間の首と識別できないほどの肉塊が私の足元に投げ捨てられる。
投げ捨てたそれを合図に悪魔はわたしに襲い掛かる。
攻撃をダガーで攻撃を逸らしガードが取れない腹目掛けてマシンガンを掃射した。
距離をある程度取れた瞬間、わたしは右腰のホルスターから彼のライヒスリボルバーを抜き、悪魔の胸に向かって放つ。放たれた弾丸は腕に小さな穴をあける程度だった。
(チッ、やっぱり当たらないか)
わたしは極度にエイムというものが苦手なようだ。
「その程度では俺には効かないぞ人間!」
「そんなことわかってるいわよ」
悪魔の間合いから少し離れ、伸びる手を弾いていく。
動き最小限の動作でさばききれる攻撃。どうやらウテルスの等級はそこまで高くないらしい。
「まえの奴より面白そうだ。いいぜ、遊んでやるよ!」
悪魔の言葉を聞く耳などない。地面を強く蹴り悪魔の体に突撃する。
窓を突き破り、わたしたちは空に投げ出される。すぐに腕に付けたブレスレットからワイヤーを射出し、ほかの建物に乗り移る。それを悪魔は壁を蹴り私の後を追う。
「おいおい、逃げるだけかぁ!」
弾切れになったマシンガンを悪魔に向かって投げると、勢いよく白煙が吹き出す。白煙で目がくらんだ瞬間にわたしは人では到達しえない速度で悪魔に急接近した。
煙幕が晴れたかと思えば瞬間移動をしたように私が現れるのだ。悪魔といえど驚くのは無理ない。反応が一瞬遅れ、防御が甘くなる。
そう、一瞬あれば私の刃は悪魔に届く。
「貴様、いったい何者だ⁉」
ダガーが突き刺さった場所を中心にひび割れたように凍り付く。
刃は月光に照らされて、蒼く冷ややかな光を放つ。
「普通の人間がなぜ俺を凍り付かせている⁉人間ごときがなぜ!」
「人間に不可能はないの。これは氷の嬢王。あなたの仲間から作った武器と言えばわかってくれるかしら?」
もちろん人間が氷を生み出すことなんてできない。
魔道具。受肉した悪魔の死体を武器や道具に加工したものだ。その悪魔が持つ能力を人間でも扱えるようにしたものであり、悪魔退治には重宝する。
わたしはこの氷の嬢王を気に入っている。先生曰く、ロンドンの街を凍り付かせるほどの被害を出した悪魔の骨を加工した一品らしい。
先ほどまでの勢いが嘘のように、悪魔はわたしの動きに対応できなくなっている。氷の嬢王の力によって動きが鈍っているのだろうが、悪魔の動きに変わりはない。ただ私が速くなったそれだけだ。
「貴様の攻撃速度どうなっている⁉明らかに人間ができる動きではない!」
「おほめいただけて光栄ね。あなたたちが能力を持つように、わたしたちだって能力を獲得したのよ」
食べること。それすなわち食べ物を、自分の一部とすることだ。
ハルシオンが保管する資料によれば中世から続くエクソシストたちは悪魔の肉を食べ、能力を得た。あるものは炎を操り、あるものは時を止める力を得た。悪魔に対抗できる力を、悪魔を喰らい手に入れる。
「わたしの能力はただ速くなるだけよ。どう?シンプルでしょう?」
しかし速ければ物体の威力は跳ね上がる。野球ボールもスピードが乗れば弾丸の強さに等しいらしい。
わたしは閃光のごとき速さで攻撃することができる。
高速化したわたしの拳は悪魔の体を衝突事故が起きたようにバキバキにへこませていく。四肢は氷の嬢王によって氷塊と化し、あげることすらままならない状態だった。
自慢の牙でわたしに喰らいつこうとするが体のほとんどが動かない今、避けるのは容易だ。ワルツを踊るようにひらりと回避し、一定の距離を取る。
「まだだ!俺が、人間ごときに!!」
悪魔は再生しない体に慄くと、市街地へと一直線に走り出す。
「まて!」
奴が逃げた先はまずい。
リヴァプールの人工量を考えれば今は逃げ道がひっ迫している可能性があった。
Warpとブレスレットから放たれる糸を巧みに使い、屋根の上を移動する。
わたしの予想はよく当たる。
悪魔は齢30歳ほどの男を腹から貪り食っていた。ご自慢の刃から滴る血肉。血走った眼と、傷跡から湧き出る肉塊。
「さっきはよくも俺をコケにしたな!」
動揺で足がすくむ。
人間を食べたことでパワーアップしたのか、悪魔の拳はわたしの腹に直撃し冷たいコンクリート塀に吹き飛ばされる。
「どうした!さっきの人間はおまえの恋人かぁ!」
「違うわ、おまえがだれを喰おうが私にはどうでもいい——けれど目の前で食うのを見るのが嫌なだけよ!」
幸いにも外部骨格のおかげで骨は数本損傷した程度だ。
まだ戦える。
「まだそんな目ができるとはなぁ!」
悪魔と自分がついた嘘のせいか、ふつふつと煮えたぎる怒りがわたしの拳を熱くした。
調子に乗ったのかもう一度同じように攻撃する。真正面に来る拳を氷の嬢王をWarpの加速を上乗せして振りあげる。刃と拳がぶつかった瞬間拳ははあっさりと真っ二つに切断される。
ガードがら空きの腹目掛け、乱雑に刃を走らせる。
「さて、そろそろ閉幕といきましょう。CRASH&BARN《粉砕しな》」
屋根のコンクリートを力強く蹴り、牙突の構えを取る。
防御も取れずカカシとなった悪魔の胸を氷の嬢王は穿つ。
すると氷の花が中心に咲き乱れ、わたしはめいっぱいの力を振り絞り柄頭を殴る。押し込まれた刃は貫通し、内側の核もろとも音を立てて砕け散った。
「悪魔祓い完了」
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