第5話 獣人探し

 予想通りに昼前には街へと戻ることができたサイラスは、限界寸前の眠気と闘いながら、宿よりも先に依頼斡旋所へと向かった。


「なにやら騒がしいな」


 オーラの言葉通り、依頼斡旋所内からは複数人の声が聞こえる。いつもなら昼間はほとんど人気がないのだが、今日に限っては多くの人でごった返しており、スイングドアは閉まることを忘れたかのようにバタンバタンと揺れていた。

 中へと入れば、受付に並ぶ人の長蛇の列が目に入る。


「きな臭いのぉ」

「そうだね。少なくともいい雰囲気ではないね。忙しそうだし、時間をずらすべきかな」

「サイラスさん!!」


 依頼斡旋所から出たサイラスを後方から聞き慣れた声が呼んだ。後ろを振り向けば私服姿のヘレンが通りの端で手を振っていた。珍しくおさげを解いた彼女に近づき、挨拶を交わす。


「こんにちわ。今日はお休みですか?」

「ええ。幸いなことに」


 一瞬依頼斡旋所を見たヘレンは、サイラスに視線を戻すと苦笑いを浮かべた。


「すごい騒ぎですね。なにかあったんですか?」

「一昨日大きな依頼がありまして。ちょうどサイラスさんが依頼を受けたあと、入れ違いで発注された依頼なんですが、法外な報酬額が設定されたんですよ。それも複数受注が可能なのもあって、皆さん一攫千金を目指して依頼を受けに来られているんです」

「ああ、あの太った街商人か」


 オーラの言葉を機にサイラスは一人の男を思い出し、あの人相は元からではなく、本当に焦っていたのかと納得する。


「それはまた大変ですね。でも、いくら複数受注が可能とはいえ、依頼達成できなかった人は違約金を払うことになって損をしてしまうんじゃ?」

「実は今回の依頼、違約金がないんです。本来、違約金は依頼者の負担を減らす目的の仕組みなんですけど、それを依頼主が担保として払っていったんです。どうしても依頼を達成してほしいから、と」


 違約金は、依頼が達成されたときに依頼人から払われる仲介手数料と並ぶ、依頼斡旋所の大事な収入源だ。複数受注が可能な依頼なら、依頼を受ける請負人が多ければ多いほど、払われる違約金も比例して増える。それを免除するなど、どれほどの金額が収められたのか。そして、そこまでして達成してもらいたい依頼とはなんなのか。

 サイラスは渦中の依頼に強い興味を抱いた。


「どんな依頼なんですか?」

「家出した子供の捜索と連れ戻しです。里親として預かっている獣人二人が家出してしまったらしいんです。血は繋がっていなくとも、大事な娘たちだからどうか見つけてほしいと涙ながらに訴えられましたよ」

「へえ、依頼された方は随分と立派なお人なんですね」


 ヘレンの話が本当なら、あの街商人の印象が大分変わる。

 一昔前ほどではないが、未だに獣人の立場は弱い。目に見えた差別はなくとも、奴隷の比率は圧倒的に獣人の方が多く、職業も限定的だ。加えて幼児趣味の風潮がある今日こんにちにおいて、獣人の子供のは極めて高い。金の亡者と呼ばれる商人だ。誘惑が顔を出すこともあるだろう。それをしっかりと自制し、愛情を持って獣人の子供たちを育てていることにサイラスは尊敬の念を覚えた。

 なにより、環境の変化で大人と衝突することはサイラスにも身に覚えのある出来事だった。人の子供の境遇を改善してあげることは難しいが、なにか力になってあげられないだろうか。

 サイラスは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。


「僕も依頼受けようかな」

「おお、ようやくその気になったか!! 善は急げだ、早よ受付に並べ」

「本当ですか!? じゃあ、私が依頼受理しますよ!! サイラスさんならすぐ見つけてくれるから、子供たちも安心ですね!! さ、こっちに来てください!!」


 ヘレンは返事も聞かずに、サイラスの腕を力強く引っ張り、半ば連行する形で依頼斡旋所へと入っていく。そのまま受付、ではなく、奥の応接室に連れてこられたサイラスは、「少し待っててください」と革でできたソファーに座らされた。


「お待たせしました」


 戻ってきたヘレンの手には依頼書と請負札うけおいふだが握られていた。彼女は対面の椅子に座ると、通常運転に切り替わり、落ち着いた口調で依頼の詳しい内容を話し出す。


「依頼人は東区で商館を構えるドゥガルドさん。依頼は義子ぎしである獣人の姉妹を連れ戻してほしいといった内容になります。姉妹は血が繋がっていて、容姿はとても似ているとのことです。銀に近い白髪に、端正な顔立ち。姉が一二歳、妹は六歳です。前述したように、物珍しい白髪なので一目でわかると思います」

「お主、家出の姉妹というのは」

「うん、どうやら僕はその姉妹にすでに出会ってるみたいですね」

「え!?」


 街角でぶつかった少女と、メイタの森で出会った幼女について話せば、ヘレンは「なるほど」と頷いた。


「タイミングもピッタリですね。今のところ、姉妹を見かけたという噂や報告はないので、この調子ならサイラスさんが一番に保護できそうですね」


 自分のことのように喜んでくれるヘレン。

 しかし、サイラスには疑問に感じていることがあった。


「どうして姉妹は家出したんでしょうか? 彼女たちの出生についてはなにか聞いてませんか。例えば戦争や事故で親を亡くした、里子に出されたとか」

「うーん、そう言ったお話はなにも」

「そう、ですか」

「気になるのか?」


 オーラの問いかけにサイラスは言葉ではなく、頷きで返した。

 親と一緒にいたい時期である六歳の妹だけなら逃げ出すのも分かる。しかし、世界げんじつを理解し始める年頃の姉も一緒になって家出するだろうか。新しい環境になにか問題があるのではないか。

 第一印象が払拭されたとはいえ、サイラスはどうしても街商人ドゥガルドが怪しく思えてならなかった。


「ふん。お主が考えたところでなにも変わらん。姉妹の力になってやりたいと思うならまず見つけることだ。そしてその目で見て、判断することだな。リカと呼ばれていた妹とは会話ができなかったが、姉の方はもしかするかもしれない。そうすれば、より多くの情報から正しい選択ができる。悩むのはそこからだ」


 オーラの言葉に背を押されたサイラスは依頼を受け、請負札を手に応接室から出た。






 ドアを閉めた時、敵対的な視線がいくつもサイラスの体に刺さった。そのうちの三対の瞳がガツガツと品性のない足音を立てながら近づいてくる。進行方向を塞ぐように目の前に立ったのは、盗賊然とした大男と目つきの悪い小男、小太りで禿げ頭の男の三人。


「お前、なにか知ってんなら教えろよ」


 大男が代表して喋ったが、主語のない言葉にサイラスは頭を傾げることしかできなかった。


「とぼけてんじゃねえよ!! ガキどもについてなにか知ってんだろ!?」

「ガキどもって言うのは、白髪の姉妹のことですか?」

「それ以外誰がいんだよ、あぁん!?」

「早々にチンピラに目をつけられてしまうとは、お主も難儀だなぁ」


 サイラスとしては丸く収めたいが、どうやらそうはいかなそうだ。他人事を決め込んでぬいぐるみのふりに徹するオーラがとても羨ましい。

 いつの間にやら左右に立つ小男と禿げ頭。唯一の逃げ場は応接室へ繋がる扉だが、その扉も禿げ頭がもたれかかるように押さえている。見た目と言葉遣いに反して三人の行動は抜け目ない。

 サイラスは溜息をひとつ、長く吐くと、剣の柄頭に手を置いた。それはいつでも剣を抜くぞ、と言う明確な敵対意志であり、サイラスを囲う三人もそれを察して慌てて剣の柄を握った。

 依頼斡旋所の空気が一気に重くなる。野次馬たちは息を呑み、受付嬢たちは心配そうにこちらの様子を窺っている。


「残念ながら貴方あなたたちが望むような情報はなにも持っていません。まあ、持っていたとしても商売敵においそれと教えはしませんが」


 口元には嘲笑を浮かべ、普段からは想像もできない高圧的な声色で話すサイラスは、たじろぐ大男に畳みかけるように言葉を続けた。


「そこを退いてください。従わなければ問答無用で斬ります」

「はったりを。戦う気もないくせに」


 サイラスの剣がなまくらだと知っているオーラが茶化しを入れてくる。事実、刃毀はこぼれしたサイラスの剣は著しく殺傷力を失っていた。しかし、サイラスは必要とあらば、戦うやる気だった。


「はったりじゃないさ」


 その証拠に、サイラスは三人が答えるの待たずして剣を抜いた。

 ジャリジャリと耳障りな音を鞘に残した刀身が姿を現す。


「なぁんだその剣は!? ボロボロじゃねえか。ビビらせんじゃねえよ!!」

「知ってますか」

「あ?」

「どうして斬転虫ザンテンチュウに斬られた怪我の治りが遅いのか。それは剣や槍とはと違い、背中に生えた無数の鋭利な棘で肉をズタボロに切り裂かれるからです。それを理解したなら、次はこの剣を見てください」


 大男はなにか恐ろしいものを見るような目で剣を見た。両刃の刀身はほとんどが欠けており、その凸凹でこぼことした形状はのこぎりのようだ。あれで斬られれば、最悪腕が壊死するんじゃないか。そう思うほどに、剣の状態は酷く劣悪だった。


「安心してください。殺しはしません。ただ、戦うやるからには更生したくなる程度には傷を負ってもらいます。少なくともこの一件には関わりたくないと思わせてみせます、絶対に」

「三対一だぞ!? 勝てると思ってんのか!?」

「分は悪いな。どうだ、力を貸してやろうか?」

「ええ、勝ちますよ。さあ、貴方たちも剣を抜いてください。一方的に斬るのはいささか後味が悪いので」


 左右を挟む小男と禿げ頭が後退し距離を取った。

 サイラスとしてはそれぞれの得物で応戦されるよりも、掴みかかられた方が厄介だったため、事態は好転したと言える。

 大男は手斧を、小男は短剣を、禿げ頭は短杖たんじょうを構えた。


「ふむ。あまり魔力を感じぬが、禿げ頭は魔法使いのようだな」


 オーラが同種の存在に反応こそしたものの、興味を持つことはなかったことから、サイラスは禿げ頭が大した魔法使いではないと判断する。

 なら、最初に倒すべきは鬱陶しそうな小男か。

 一番手を焼きそうな小男を倒す算段を決めたサイラスは、オーラを抱え直し、脚に力を込めた。
















「やめだ!!」


 地面を蹴ろうとした、その時、大男が降参の意を表した。

 

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