431 内政干渉だが、まぁ、関わったついでだ

 マルセリーノの意識は三日後に戻ったので状況説明をしたのだが、助かった実感が薄いのか、実感があるからこそ、逃避したいのか、幼児返りを起こした。


 …と言っても、「もうやだ」「あんな怖いトコ帰りたくない」「今度こそ殺される」としくしく泣くぐらいだ。

 いくら大貴族の令息でもまだ十三歳の箱入り息子、メンタルが強いワケがなかった。



 ティアマト国現王の子は八歳の王女、二歳の王子。

 どちらも王妃の子だ。揉めるからか一夫多妻ではない。

 王太子は決めていないが、現時点での王位継承順位第一位は王弟のザイサバス公爵、第二位がマルセリーノ。

 父の公爵を引かせられる上、上位継承者の排除も出来るからこそ、自分が狙われることはマルセリーノもよく分かっているらしい。

 かといって、生きてる限り、継承権放棄も法律で出来ないようになっているのだ。


「死んだことにして他国で第二の人生を歩むことも出来るけど、それだと両親も従者も使用人たちも見捨てることになるぞ」


 マルセリーノは一人っ子だった。

 跡継ぎはいなくなってしまうが、親戚がいくらでもいるので養子にすればいい。

 従者や使用人たちは狙われている公爵家に勤めている限り、安全とは程遠い。


「分かってます…ぼくがどうしようもなく臆病で弱いことも…」


「でも、味方も多い。国と揉めた場合、公爵領とその周辺の領地は味方になるだろうから、独立して公国を作ることも出来る。力のない公爵なら誰も脅威に思わねぇから攻撃もしねぇだろ?言い換えれば、国王の力が弱いからこそお前が狙われるのを阻止出来ねぇ。公爵は国王が実の兄だからこそ、遠慮があってお前を守り切れねぇ」


 内政干渉だが、まぁ、関わったついでだ。


「…公国?」


 驚き過ぎたのか、マルセリーノの涙は止まった。


「別に内乱をやって独立しろとは言ってねぇ。別の国になれば法律を破ることなく王位継承権を放棄出来るし、政敵を排除して守りたい者たちをしっかりと囲い込めるし、距離を置いた方が上手く行くことも多い。そうやってどんどん独立して小国群になってるワケだしな。

 もちろん、手っ取り早く王位簒奪して、現国王を退位させてもいい。上が荒れれば、民たちの生活も荒れる。もう均衡が崩れそうになってるんだから、いい加減動かねぇとたくさんの者がくだらねぇ争いで死ぬだけだ」


 このまま、公爵が動かないのなら、いずれ公爵一家ごと暗殺されて終わりだろう。公爵夫人も聡明で有力な侯爵家出身なので残して置くワケがない。

 弱腰の国王だからこそ、都合がいい連中がたくさんいるのだ。

 もう二年で成人のマルセリーノより、まだ幼児の王子を傀儡にしたいのだろう。


 シヴァが公爵なら国王を説得するか、実際に体調を崩す薬を盛って退位させ、王女と王子は公爵の養子にして穏便に世代交代する。公爵も考えているとは思うが、更に家族や身内を危険に晒すことにもなるので躊躇しているのだろう。


 それこそ『裁きの火炎』に護衛させればいいのに。

 とりあえず、マルセリーノ人形はどうするか、をマルセリーノ本人に決めさせることにした。

 『奇跡』の回復をして本人とすり変わるのか、このまま容態が悪化して死んだことにするのか。


 前者の場合は、当然、のんびりと療養は出来ないし、また新たに刺客が送られて来ることだろう。

 マルセリーノが完全回復するまで現状維持で、人形をそのままにしておくのは却下だ。瀕死の状態でそう長いこと生きられるワケがなく、不自然過ぎるので。


「選ぶ前に両親と話す機会をもらえないですか?」


「何で超リアルな人形を置いて来たと思ってる。両親の態度から敵にバレる可能性が高くなるからだ。使用人にスパイが入り込んでるし、使い魔も窺っている」


「でも、それをすり抜けてぼくを保護してくれたんですよね?」


「対価は?おれが勝手にやったことと今回は違う」


「う…どれだけ財産を積んでも足りない気がします…。身体もようやく、起き上がれるようになっただけですし…」


「固形の食べ物もまだ早いしな。もちろん、すり変わるのなら回復するまでフォローはする。せっかく助けたカイがなくなるし」


「では、死んだことにした場合は、完全回復した後のフォローもして頂けるんでしょうか?」


「ああ。公爵家の坊っちゃんなんて金の使い方すら分からず、すぐ野垂れ死にしそうだし」


「そこまで酷くありませんが、乱暴な輩に金を取られて終わりでしょうね…」


「いや、身体も価値があるから売られるな。少なくとも自衛出来るよう鍛え、別人として公爵家に戻るのならそのフォローもしてやろう。別の人生を送りたいのならその助力も。死んだことにするなら、対価は将来払いで両親と会わせてやってもいい」


「それは人形が死ぬ前ですか?後ですか?」


「後。演技が出来るとは思えねぇし、敵も油断するから」


 大事なことを改変する場合は【暗示】もかかり難い。


「そうですね。では、死んだことにしますが、ぼくの病気を治して呪いも解呪し、高性能な身代わり人形まで作り、回復後のフォローまでしてくれる対価は、どのように払えばいいのでしょう?」


「魔力を安定させる魔道具も作って与えて、が抜けてる。

 じゃ、公爵領に学校を作って知識と技術を平民を含めた大勢の人たちに学んでもらおうか。父親に頼み、資金と人材を出してもらい、マルセリーノは学校の責任者になって円滑に運営出来るよう尽力する役目。当然、学生たちよりたくさん勉強してもらう。顔が知られてても大丈夫。認識阻害のマジックアイテムを使うから。青年になったら顔立ちも変わるだろうし、なしでも大丈夫になるだろう」


 認識阻害のマジックアイテムは体型も誤魔化せた方がいいので、仮面タイプではなく、通信機能と収納も付けたイヤーカフ型にするか。

 冒険者でも貴族でもない少年がペンダントや指輪や腕輪をしている方が目立つ。

 イヤーカフなら髪で隠れるし、この辺は細工物が盛んだからか耳飾りは平民にも一般的なのだ。


「それで対価になりますか?あなたのメリットは全然ないように思えるのですが…」


「長期的には十分なメリットだ。おれが作って欲しい物を作れるようになり、更に発展させることも出来るようになるのはな。お前のかかった魔石症だって今では珍しいとはいえ、かつてはたくさん罹患した奴がいたからこそ、人工的に病気にさせることが出来た。ならば、本来なら治せる奴がいたり、治療法を知ってる人がいたり、書籍にまとめてあったりしてもいいハズなのに、どうしてすべてがなかったと思う?公爵家が調べてもひっかからない程、綺麗さっぱりと」


「…え?どうして……貴族が秘匿してるから、ですか」


「そう。秘匿し過ぎて知識自体も失われてるようだけどな。そんな知識はかなりたくさんある。錬金術師も魔道具師も貴族が囲い過ぎてて同様。薬師や鍛冶師や細工師も徒弟制度にしてるせいですたれ、改革をする者は排除され、文明自体が衰退する一方。バカ過ぎると思うだろ?」


「……はい」


 色々考えてみるんだな、とシヴァはマルセリーノの病室を後にする。

 マルセリーノには休養がたっぷり必要なので、その辺にして休ませた。


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