428 流れの無名の冒険者なんて怪しいことこの上ない

 ギルドの三階の『裁きの火炎』とギルドマスターとザイサバス公爵の使者は深刻な雰囲気だったが、だんだんと殺伐として来ていた。


 聞いたこともない症状を治す霊薬なんて知らないし、呪いを解ける者にも心当たりがない、と召喚士のリーダー…ギレンがバッサリ断っても、公爵側とギルマスが延々と食い下がっていたのだ。


「おれはそもそも医者じゃない!」


 ごもっともなギレンの言葉なのだが、他にすがる相手がいないからか、ザイサバス公爵の期待が重いのか、使者もねばり強く食い下がり、


「せめて、マルセリーノ様に会ってもらえませんか!お願いします!見識が広い『裁きの火炎』様なら、わたしどもでは気付かなかったことに気付くかもしれませんし、そこから、ほんの少しでも治療の手がかりが掴めるかもしれません」


と必死に頼む。

 聞けばこの使者、マルセリーノと幼馴染み兼従者で「自分も何かしたい!」と志願して使者になったのだとか。


 そんな話を聞けば、さすがに無下むげにも出来なかったらしく、ギレンたちは公爵家に行くことを渋々了承した。

 予想外にギレンが少しは改善する霊薬や治療に繋がるいい情報を持っているのなら、さり気なくサポートしてギレンの手柄にしてもよかったのだが、これでは不自然過ぎる。


「連絡が入った。呪いは媒体見付けて解呪済。治るけど、衰弱が酷くて治療には時間がかかるからとりあえず間に合わせを置いて、病人は保護、人形製作中、だとさ」


 シヴァは分身からの報告をアカネたちに教えた。

 幻影を重ねた所で状態異常耐性を持った人や真贋しんがん、神眼、魔眼、高位鑑定持ちにはすぐバレるし、鼻のいい獣人や魔力が分かる人にもバレバレになるので、リアルな人形なら有機体で作る必要があり、そうなると素材から凝らないと見破られるので、魔力が多いレア素材や高ランク魔石の管理をしている本体にこっちに来い、という意味だ。


 間に合わせは土人形に幻影を重ねたのだろう。

 ぱっと見は誤魔化せても、有機体ではないし、魔力の不自然な流れや気配でもバレる。

 普通の人間と同じような魔力の流れ…いや、病人の魔力の流れにしないとならない。


 別に人形なんて置かずに拉致してもいいのだが、大々的な捜査になるのもウザい。

 正直に「研究がてら治す」と言うのも後々面倒なことになるに決まってる。


 「よく分からないが、奇跡か何かで治った」或いは「手のほどこしようがなく亡くなった」とするべく、準備を整えなければなるまい。

 実際はどうだろうと、政争ならば、王位継承順位第二位が元気ならまた狙われる。

 マルセリーノ本人に『にゃーこや』の関与を教えるかどうかは本人次第。公爵家と王家に貸しを作るのはいいが、別になくてもいい。

 【暗示】で『にゃーこや』が関与したことを、忘れてもらうことも出来るのだから。


 ******


 ちょっと外す、とシヴァはもう一人の分身『ろー』を置いて、本体は分身『いー』の所へ転移する。幻影を重ねるにしろ、マルセリーノと会わないことにはリアルな物は作れない。

 『いー』とマルセリーノは入院施設フロアが作ってあるブルクシード王国のフレールダンジョン、入院フロア集中治療室にいた。

 念のため、独立隔離部屋である。


 既に連絡を受けてコアバタたちも集まって来ていて、治療とリアル人形製作に着手していた。

 シヴァ本体は使えそうな素材をどんどん置いて行く。


 そして、シヴァ本体は呪いの媒体である1cmぐらいの黒い石を『いー』からもらうと、記憶を共有した。


 黒い石はペンダントになっていたが、その持ち主はまったく関係ないマルセリーノの身の回りの世話をするメイドで、自白させた所、どうやら、石だけ呪術師にすり替えられていたらしい。

 まったく無害のガラス玉を錬成して『いー』がまたすり替えていた。

 この媒体は呪いを維持するのに使っていたのだろう。まだかなり多くの魔力が含有されている。


 さて、後は呪いをかけた呪術師と『魔石症』を人工的に起こした人、それらを依頼した人、関与した人たちの洗い出しだが、まだこの街に来たばかりなので、さすがに時間がかかる。


 手っ取り早く自白剤を使ってマルセリーノの父、王弟の公爵から疑わしい人たちを聞き出し、王族、敵対派閥、とシヴァは更に分身を出して次々に情報を集めて行く。

 ティアマト国の情報収集がてら、なので一石二鳥だった。


 公爵たちにも暗示がかかれば、有機人形なんて作らなくてもいいのだが、あいにくと子を思う親に暗示なんてかからないだろう。

 堂々と正面から説得しようにも、流れの無名の冒険者なんて怪しいことこの上ないので、まず会ってもらえない。

 『にゃーこや』の知名度もティアマト国までは及んでないのだ。

 知っていたとしても、後々面倒になるに決まってるので、やはり、正攻法はダメだ。


 シヴァ本体と分身たちが情報集めをしている間に、数人の分身、コア・コアバタたちが頑張ってくれてリアルな有機人形が出来上がった。

 造形や人体構造がシヴァの分身たち、呪いや魔力系、この世界特有のステータスの偽装等々をコアバタたちが担当し、有機人形化は共同作業だった。

 すぐに間に合わせ土人形とすり替える。


 とことんこだわってあるので、臭いまでマルセリーノ本人と同じで、呼吸だけじゃなく、身動きまでするし、髪はもちろん、人工皮膚には産毛、呪いのアザやほくろや傷跡、爪の形や長さまでこだわり、下半身もそのまま完備。人工血液もシヴァたち程の技術がなければバレない。

 まぁ、食べることまでは出来ても体内で消去し、排泄まではしないので、その辺は世話役を誤魔化す必要がある。

 フォローに分身を付けておく。


 分身を変幻魔法でマルセリーノに化けさせることも当然出来るが、外見だけで分身自体が魔力体なので、もうその辺から違和感が出るのだ。


 気を付けるのは【直感】スキルや似たようなスキル持ち。

 何かがおかしい、と思ってしまうので、徹底的に寄せ付けない方針だ。『裁きの火炎』は幸い、誰も持ってない。


 しばらく、調査をしていた所、分身から連絡をもらったのでシヴァ本体は人形マルセリーノ側の影の中に転移する。

 明日をも知れぬ衰弱具合だったので、公爵家の使者がすぐ『裁きの火炎』を公爵家に連れて来たのだ。

 連れて来ただけで公爵夫人自ら出迎えて使用人たちからも大歓迎されていたが、期待が重いのか、『裁きの火炎』の面々は顔がこわばっている。


 マルセリーノはマトモな子供で、使用人たちからも好かれていた。

 すぐにマルセリーノの部屋に通された『裁きの火炎』だが……息を呑んだ。


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