423 死なせず無力化するミッション
休憩後、再び出発し、何事もなく…だったらよかったが、王都の側なだけに王都から来る馬車が多くなり、中には貴族の箱馬車もあり……。
貴族の場合序列があるので、爵位の低い者の馬車は道の脇に寄って、高位の馬車が通り過ぎるのを待たなければならなかった。
外に出て頭を下げるまではしないのは、防壁のない街の外で魔物の備えが必要だからだろうが、すれ違えない程、街道が狭いワケでもないのに停まるだけでも無駄だった。
タシンド・イル・ウィレーンは子爵なだけに中々進まない。
それだけならまだしも、夕食に停まった空き地でバッティングしたのが伯爵家…ジョフロア・イル・ローレンソン伯爵一行で、こちらをあれこれ使おうとする。
馬の世話、野営テントの設営、夕食の準備、食材までタカろうとして来た。
そういったことは毎回のようでサミー・カルテーリたち騎士は慣れており、前半は手伝ってやっていた。後半は「伯爵家程、余裕がございませんので、食材もギリギリでして」と。
それに、夕食の準備は昼食と同じくシヴァたちが請け負っているので、気付いた伯爵の騎士が遠回しによこせと言いに来たので快く売ってやった。大盛り一食銀貨5枚で。
ローレンソン伯爵一行は十五人、急な注文なので安いぐらいだ。
大勢の場合は丼もの、と夕食はオークのソースカツ丼、具だくさんスープだった。食器の返却やり取りが面倒なので、紙製丼、スープカップである。
日持ちしないのに、こんなに大量の肉をどうして持ってたんだ?という疑問をあっさり封殺してしまえる程、気に入ったらしい。
味の決め手は丁寧な下処理とソースだが、レシピまでは教えない。熟成もさせてある特製ソースなので、早々マネ出来ない。
このまま、スゲー美味しかったね、で終わればよかったが、そうは行かず、伯爵一行に専属で雇われている冒険者の一人…ウロスが肩で風切る、本人としてはカッコイイと思っているらしい歩き方で近寄って来た。
「おい、お前。光栄に思え!ローレンソン伯爵様が雇って下さるそうだ。王都まで半日程度、騎士たちだけで十分だろ。冒険者ギルドへの報告は子爵が上手く話をつけてくれ…」
お前、とウロスが話しかけたのはシヴァではなく、アカネだった。
食材を出していたのはシヴァだが、食事の采配していたのはアカネだったのと小柄な体格で見くびったのだろう。
最後まで言葉は言えず、宣言通り、アカネはウロスをぶん投げていた。
軽く片手で身体強化なしで。100m程で勘弁してやったらしい。
剣を腰に差していたので、それで肋骨にヒビぐらい入っただろう。…って、受け身も取れないのか。ワザと山なりだったのに。
「見た目で『弱者』だって決め付けるバカって多いよね」
「ある程度の腕があれば、何となく分かるハズなんだけどな。あっちの護衛の質がお粗末ってだけか。…リミト、行く?即死させなければ何とかしてやる」
ウロスが投げられたことで、すぐにいきり立ち、武器を抜いて近寄って来たのはウロスのパーティ仲間五人だった。騎士の方は呆然としたままなのは、やはり実戦経験が浅過ぎるからだろう。
「え、ぼく一人?」
「過剰でしょ。わたしの方が殺傷性の高い攻撃するからリミト指名だろうし」
「そ。これは訓練じゃなく実戦。本気で襲いかかって来る連中を死なせず無力化するミッション」
「了解」
返事と共にリミトは戦闘モードに切り替えた。
【鑑定】スキルは持っていないリミトだが、相手の得物はさり気なくチェックが入っているし、子供相手だと魔力が限られている魔法は中々使うまい。詠唱始めた所で蹴られてるだろうが。
セオリーとしては、一番強い相手をまず潰す。
無理なら邪魔になりそうな相手。ウロスと違って、仲間はそこまでリミトを舐めていなかったらしく、最初から身体強化をかけていたが、練度が低く反射神経も鈍い。
ヒゲ面の剣士はリミトの弓を避けられず肩に刺さり、その後ろの斥候がナイフを投げる。
リミトにも他の人間にも当たらない。
既にその場にいなかったリミトは槍使いの首に蹴りを入れて意識を刈り取り、大剣使いに斬撃を放つが、剣で防がれた。
いくら身体強化をかけても素の身体に依存するし、まだ身体が出来ておらず、体重も軽いので攻撃力が低いのが難点である。
手数でなら圧倒出来るので、剣士の男を防戦に回らせ、隙を作ってパラライズを打ち込んだ。ついでに詠唱をし始めていた斥候にも。
リーダーの赤毛の槍使いは、ヒゲ面の剣士の肩から弓を抜いてポーションをかけ、治療していた。残りはこの二人。
すかさずパラライズを打ち込んだリミトだが、この二人は魔法耐性がそれなりに高かったので大した効果がなく、逆に距離を詰められる、と見せかけてヒゲ面の剣士はサーシェに【縮地】で距離を詰め…そうになった所で、一瞬で小型盾を装備したサーシェが踏み込んで【シールドバッシュ】で跳ね飛ばした。
「舐められてるし」
ちなみに、【シールドバッシュ】は攻撃ダメージを跳ね返すだけじゃなく、二倍にして返すスキルで、相手の勢いがよければ更にダメージを与える。
そして、何もない方向なら空気がクッションになるが、跳ね飛ばした方向は木だった。
バキッ!といい音がしたので、木だけじゃなく、どこかの骨も折れたっぽい。
その間にリミトは赤毛のリーダーを倒していた。土魔法で足を拘束して隙を作っていた。卑怯でも何でもない。実戦なのだから何でもありだ。
リミトは抜かりなく、結構なダメージを食らってるヒゲ面にスリープをかけた。
「うーん。【縮地】以外のスキル使わなかったのは、余程、自分の腕に自信があったのかな?」
リミトはその辺が解せないらしい。
「それと、治せる程度じゃないと働かせられねぇ、とか思ったんだろ」
さてさて、後始末、とシヴァは怪我した奴らと破損した装備を治してやり、ローレンソン伯爵一行とタシンド・イル・ウィレーン子爵一行、シヴァたち四人以外の全員に【暗示】をかけた。
少し揉めたが、大したことはなかった、と記憶を改竄したのだ。
記憶を消したワケではないので、先程感じた恐怖は深層に残っている。今後は不用意な行動はしないだろう。
「で、今後、思い出すかどうか、経過観察もしよう、ってワケね」
「さすが、ご明察」
アカネがあっさり見抜いたのはつき合いが長いからである。
「…何かもう反則過ぎだよね。【暗示】ってどこまで効くの?」
サーシェが呆れ混じりにそう訊いた。
「生存本能に反する暗示は効かねぇ。あくまで【暗示】だから自分がこうだったらいいな、と思う物事の方がかかり易い。この場合は処分されるかも、と戦々恐々とするより、全然いいから、かなりしっかりかかるハズ」
「『嫌いな人を好きになれ』という暗示はかからなくても『嫌いな人の嫌いな行動は実は複雑な理由があって、今では本人も反省してるし、実はあなたのことが好きみたいよ』という暗示はかかって、気になって好きになっちゃうんじゃない?」
「…アカネって悪知恵にかけてはスゲェよな…」
悪知恵とは失礼な、とむくれて見せるアカネは可愛いのだが。
「えー?納得なの?嫌いな人はどんな理由があっても嫌いだと思うけど」
「そこは人生経験の浅さが出るな。『嫌い嫌いも好きのうち』ということわざが故郷にあって、事実、好き嫌いは意外とひっくり返るんだよ。これ以上嫌いになりようがないから、好きになるしかないっていうのもあって」
「……信じられない」
「ぼくもそれは分からないって」
「じゃ、『好きの反対は無関心』っていうのは知ってる?興味すらないってこと」
アカネがそんな例を出した。
「あーそれは分かる」
「嫌いな虫とか視界に入れたくないっていうのと同じ?」
「そんな感じ。まぁ、【暗示】が意外と早く切れた所でこっちには何の影響もねぇし」
朝も飯をたかられそうなので、伯爵一行にはよく眠ってもらい、こちらは早めに出立することにしよう。
しみじみと貴族関係は面倒臭いが、中々出来ない経験ではあった。
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新作☆「番外編44 育ての親心、白鷹獅子知らず」
https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093074635349833
コラボ4コマ(18,19,20,21)
https://kakuyomu.jp/users/goronyan55/news/16818093075093102173
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