414 うちの奥様と一緒だとこのぐらいは普通

 前回、ダンたちに急遽頼まれた護衛依頼から約一ヶ月半。

 ダンたちは権力争いに巻き込まれそうなエイブル国から出て、ザイル国クラヴィスダンジョンに潜っていた。


 ザイル国のBランク昇格試験は、

・クラヴィスダンジョンドロップの貴族の納品依頼を達成すること。

・パーティで100階に到達すること。

・Bランクに相応しい魔物を討伐すること(例・100階のフロアボス)。

 このどれか一つを達成すれば昇格になる。

 クラヴィスダンジョンは一週間だけ使える転移石システムなので、到達階証明は容易いこともあるのだろう。


 元は転生者がダンジョンマスターをしていた関係で、ドロップ品の種類が豊富でケーキやクッキーといった加工品も多く、人気が高いダンジョンだった。それを更にシヴァがダンジョンマスターになったことで、このダンジョンならドロップ品が変わっても目立たない、と色々と種類を増やしたため、更に更に人気になっていた。


 転移石は期限内の到達階までならどのフロアでも転移出来ることもあり、ダンたちも色んな意味で美味しいドロップが多いフロアに居続けたりしているので、探索速度は遅かった。

 今は60~70階の家具シリーズをコンプリートするべく、集めている……。

 まぁ、貴族の納品依頼以外は期限がないため、じっくり取り組めばいい。



 シヴァはタクララン国の砂漠の街から小国群の一つであるティアマト国に来る商人護衛依頼の一週間後。

 ティアマト国にて食材や桜の木を探しつつ、のんびりと旅をしていた。

 まぁ、また護衛依頼なワケだが、今回は少し違う。

 アカネと一緒なのだ!


 いくら、冒険者ギルドカードをアルからシヴァへと名前を変更したとはいえ、通し番号が付いたギルドカードだし、慎重に行動していたが、そろそろ大丈夫だろう、と判断したワケだ。


 海を越えた大陸でも全国共通で使える冒険者ギルドカードとはいえ、その有用なシステムをちゃんと活用していないのももったいない話だが、シヴァたちにとっては助かる。


 別に強い魔物もいないので、コツコツと経験を積ませたい駆け出し冒険者のサーシェとリミトも巻き込み、四人で臨時パーティを組んだ。

 商人二人、馬車一台に護衛四人なら適正人数なので、そういった依頼を探した所、ちょうど商人夫妻が依頼を出す時に出くわしたのはラッキーだった。

 …いや、幸運値が高いシヴァとアカネのおかげなのかもしれない。


 依頼主のソウザ、ペレイラ夫妻は三十代前半。

 三人の子供がいて一番下の子も七歳になり店の手伝いをするようになったので、妻のペレイラも本格的に働き始めた所らしい。


 行程はベニヤミンの街から南西ハイマ村で一泊、野営一泊、ケパレーの街二泊、野営、夕方王都オルディア到着、といった六日の予定だ。

 ケパレーの街では卸しと仕入れを両方する関係上二泊で、その間、護衛は自由で街中の護衛までは含まれていない。


 どうしても目立ってしまうデュークとバロンは今回は留守番なので、時間停止のアイテムボックスがある、という体裁は取り繕えないため、一々調理することになる。


 道中の食事は各自で、となっていて、食事代をもらえれば作る、といつものようにシヴァが申し出たが、ペレイラ夫人に断られた。

 一食一人前銀貨2枚というのは平民には高い、野営も二日だけなので何とかなる、と。


「安いぐらいなのに…」

「知らないって不幸…」


 サーシェとリミトが小さく呟いていたが、本当にその通りだとシヴァは思う。

 何かあれば冒険者ギルドが責任を取ってくれるとはいえ、見ず知らずの初対面だ。警戒するのも無理はないが、見る目がなさ過ぎだった。商売もあまり儲かってないのだろう。


 すぐ飛び付いて来たマンダルやナディアが例外なのか。

 …いや、それなりに稼ぎがある冒険者なら、食事事情が悪いのが普通の護衛依頼でこの破格の申し出は飛び付いて当たり前かもしれない。


 護衛たちは全員、馬で移動するが、貸馬は借りなかった。

 リミトは前に手に入れた自分の馬、サーシェは『ホテルにゃーこや』の馬を借りて持ち込み、シヴァは人工騎馬のアオ、アカネも人工騎馬のマロンに乗ったので。


 季節は木々も花を咲かせ、色とりどりの蝶が飛び、蜂系魔物がせっせと蜜を集める暖かくなって来た春。

 のんびりと常歩なみあしでパカパカ歩くのも、オツなものだ。時々なら。


 先頭はリミト、荷馬車の右横にサーシェ、左横にアカネ、最後尾がシヴァで、シヴァとアカネはちょくちょくと食材採取、狩りで抜ける。リミトとサーシェが交替することもあるが、基本はこの配置。


 街道を通っていれば道は間違えようがないし、街道沿いまで魔物が出て来ないし、シヴァもアカネも影転移が使えるので何かあってもすぐ駆け付けられるのだ。


 午前中の街道脇の空き地での最初の休憩で、ソウザ・ペレイラ夫妻は驚きに目を見開いた。

 シヴァがアウトドアテーブルセットを出したことではなく、瀟洒な陶磁器のティーカップ・ポットセットで香りのいい紅茶を淹れ、美味しいマドレーヌまで添えてあり、まるでお茶会のように優雅だったことで。


「…やり過ぎでは?」


 苦笑混じりにリミトが小声でツッコミを入れる。

 商人夫妻は荷馬車の荷台で休憩だ。


「そう?うちの奥様と一緒だとこのぐらいは普通」


「食器も美味しさのうちだしね。リミトとサーシェももっと食べた方がいいし」


「しっかりと食べてるよ~」


「成長期だといくら食べても追いつかないんだよ」


「本当にそれ。ちゃんと食べてるつもりでも、油断すると痩せてたし。…いや、それは今もそうか。消費カロリーが多過ぎで」


「魔法もカロリー使うよね。…ということで、お腹が空いたらすぐ食べる!」


「はい」


「でも、魔法の場合ってどこを消費するの?身体強化以外は身体はそんなに動かないよね?」


 リミトがそんな素朴な疑問を呈した。


「頭。脳味噌。魔法の威力や制御は知力に依存してるんで」


「そんなに難しいことは考えてなくてもってこと?」


「それは慣れがあるからだな。最初に魔法使った時はどうだった?」


「…そう言われてみると妙に疲れてた」


「馬に乗ることも最初はそうだったよね。まぁ、馬は体力が上がったこともあるんだろうけど」


「二人共、乗馬も上手くなったよね。慣れない道だと気を遣うけど、貸馬よりクセが分かってるから安心感も違うし」


「うん。それは思った」


「そもそも、いい馬だってのもあるんだけどな。こっちの方の馬はもう少し小さくて足も短く胴も太い」


「いわゆる農耕馬だね。騎士や兵士以外は早駆けなんてほとんどしないから、それで十分なんだろうけど」


 ソウザ・ペレイラ夫妻の視線は感じていても、誰もがスルーして普通に美味しく飲み食いした。

 何か言いたいのなら言えばいいのに。


「馬が違うのは地域性ってこと?」


「だな。移動速度的には牛や羊やヤギ、その類の魔物でもいいかもしれねぇ」


 この世界の偶蹄類は総じて人が乗れる程大きい。


「でも、気性が荒くない?魔物だともっとテイム出来ないような…」


「だから、速度的には。乗れるぐらいの大鳥が簡単にテイム出来たら、行動範囲もかなり広まるだろうにな」


「落ちない?」


「結界か風魔法が使えないと危ないね。…あ、でも、飛べる魔物の大半は魔法が使えるか。人間のために使ってくれるかどうかはともかく」


「飛ぶのに魔力を使ってるだろうしな。グリフォンなら魔力的にも賢さ的にも問題ねぇけど、滅多にいない」


「ペガサスは?」


「幻獣じゃなかった?本当にいるの?」


「海越えた大陸にはいたぞ。生息地域が違うっぽい。…お、アカネの好きな食虫植物…魔物だな、あれ」


 シヴァは広場の端にあるマーガレットのような形の鮮やかな赤の花に気付いた。花だけでも手のひらぐらいある大きいものだ。


「え、危なくないの?」


「大丈夫。食虫だから虫しか食べないよ。虫が付き易い植物の近くに植えとくと、かなり働いてくれるんだよね。魔物だからちょっとなつくし」


「それ、アカネにだけだから!」


「テイムしたってこと?」


「いや、それ以前。知能もそう高くない魔物だけど、反応の違いでアカネには何となく好感度が高い感じだから懐く」


「ゆらゆら揺れて返事してくれるんだよ」


「それってよくあるの?」


「アカネだけには。元々色々な植物を育ててたのもあると思う」


「野菜じゃなくて?」


「見て楽しむ植物も。庭作るのはこちらだと貴族ぐらいだろうけどね」


 平民は庭持ちの家でも畑が定番で、わざわざ庭に花を植えることなんてしない。花屋も植木鉢もあるので、それでいいのだろう。



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