370 シヴァ、何でもありだな

 ちょうど注文が入ったので、シヴァはリビエラ王国ダグホードの街のヒルシュの所へ納品に行くことにした。

 宿の食堂は朝の忙しい時間は過ぎている。


 認識阻害仮面ありシヴァでも、冒険者ギルドカードが『アル』だったので『アル』と名乗っていたし、デュークがうっかりしたせいで『シヴァ』と名乗ることもあるのもヒルシュは知っているが、冒険者ギルドカードを『シヴァ』に変更したから『シヴァ』で、と通信バングルで伝えてあった。

 変更したのは表向きの「多過ぎる名前だから紛らわしい」という理由で。


 肉や卵を納品をした後、シヴァがヒルシュにポップコーンの作り方を教えてお茶していると、少女が食堂に飛び込んで来た。


「あ、よかった!いた!ヒルシュおじさん、ポーションか痛み止めの薬、あったら売ってくれない?お父さん、また腰やっちゃって」


「またか。ちゃんとした医者に診せた方がいいんじゃないのか。下級ポーションだと痛みを和らげるだけで、根本的に効いてはいないのかもしれんし」


「まぁ、忙しいとどうしてもね。…あ、ごめん。お客さんと一緒だったんだ」


「ああ。じゃ、シヴァ、ありがとな。またよろしく」


「おう。ポーションも薬も各種持ってるぞ」


「…いっそ店、やったらどうだ」


「もうあるって。限定品しか売ってねぇけどな。今、ちょうど色んな新薬があって、治療データが欲しいから怪我人に協力してもらってるんだけど、どう?もちろん、無料」


「新薬って?」


「新しい薬」


「言葉の意味を訊いてるワケじゃないって。何でそんな貴重そうな薬を持ってるんだ?」


「おれが錬金術師で薬剤師でもあるから。よく怪我する冒険者だとポーション代もかさむから、覚える連中も割と多いぞ。おれは研究するのが楽しいからだけど」


「……あっ、だから、金持ちなのか!」


「錬金術師や薬剤師としてはほとんど活動してねぇって。色々と金目の物を持ってるだけ」


 優秀な頭脳を筆頭に。


「あ、あの!よければ、ポーションを売ってもらえませんか?」


「新薬の方が効き目はあるのに?副作用があるけど」


「ダメじゃねぇか!」


「その副作用の個人差が激しいからデータ取ってるんだよ。腰痛なら、かゆい、眠くなる、少し気持ち悪くなる、少しめまいが、程度だけど。回復魔法も使えるからショック症状が出ても安心」


「……シヴァ、何でもありだな」


「よく言われる。まぁ、心配ならヒルシュも立会いの上でいいから」


「あ、じゃ、よろしくお願いします」


 やはり、不安だったらしい。

 少女は近所で宿屋をやってるヒルシュの友人の娘で、アイシャと名乗った。


 十分程歩いた宿屋の主…ジョンは、裏の倉庫に酒のケースを取りに行き、持った所で腰を痛め、すぐ発見されたものの痛がって運べないため、毛布をかけられてまだそこに伏せていた。

 温まるとマズイ時もあるとはいえ、火の気のない倉庫はかなり寒い。

 凍える程の寒さではなくても、薄着でここにいたジョンの身体はかなり冷えていた。


 シヴァはジョンを飛行魔法で浮かし、【クリーン】をかけてから、火魔法でジョンの身体の周囲に温かい空気を作り、浮かせたまま、空き地まで運び、ベッドを出してその上にそっと降ろした。


 ヒルシュもアイシャも口を開けっ放しだったが、ついて来てはいたのでスルー。患者たるジョンは何が起こっているのか全然分からないようだが、動くと痛いのでじっとしていた。


 それから、シヴァはジョンの腰に手をかざし【診断】する。

 何となくカンが働いたので申し出たのだが、これは【直感】のおかげだろう。


「脊髄に腫瘍が出来てる。腰の骨の中のデキモノだ。中級以上のポーションが手に入らなくてよかったな。下手すりゃ腫瘍が大きくなって悪化してた。そうなると血流と神経が遮断されて足が動かなくなる」


「よく分かりませんが、お医者さんでもあるんですか?」


「その辺の医者より人体構造には詳しいけど、医者や学者から専門知識を教えてもらったことはねぇし、団体にも所属してねぇから医者ではねぇな」


「ただの腰痛じゃないのは分かったが、治せるのか?」


「おう。ただ、これはガンだから…悪性腫瘍だから数年でぶり返す確率が高い。身体の中にすごく小さい悪さをする種が広まってしまった、という感じ。…あ、肺にも腫瘍があるな。ジョンさん、ガン家系…親兄妹先祖は長生きした人が少ねぇだろ?」


「そうだけど、何故分かる?」


「そういった因子…っても分からねぇか。あれだ。髪の色や目の色と一緒。たとえば、黒髪が出易い家系とか青目になり易い家系とかあるだろ?これも一緒でこういった病気になり易い家系ってこと。

 つまり、娘さんも同じ病気になる確率が高い。まぁ、娘さんも後で診てやるけど、とりあえず、ジョンさんは治しとこう。一旦眠らせるけど、起きた時には治ってるから」


「あんたは?」


「通りすがりの錬金術師であり、薬剤師でもあり、研究者でもある」


 シヴァはジョンを【スリープ】をかけて眠らせると、二人だけの周囲に結界を張り、少し離れているヒルシュとアイシャに向き直った。


「見たくねぇもん見ることになるけど、いいのか?腫瘍を摘出…悪さしてる内臓の一部を取り出すんだけど…ヒルシュは平気か。肉さばいてりゃよく見る光景だ」


「…人間は捌いたことないからな?」


「それが当然。患部を開かなくても取り出せるから、見るのはレアな内蔵の一部程度」


「アイシャは後ろ向いてろ」


「でも!」


「これだけ無造作に高度な魔法使う奴が、わざわざ初対面のジョンを殺す理由なんかないだろ。従魔たちにも慕われてるしな」


「従魔を基準にするのはやめとけって」


 ツッコミを入れつつ、シヴァは土魔法でトレーを作り、【魔眼の眼鏡】でしっかりと把握した腫瘍をトレーに転移させ、相応しいポーションで傷を塞ぎ、足りない細胞や骨を補う。何度か繰り返して終了、だ。


「…それがデキモノか?意外とでかいな…」


「ああ。腰痛だけじゃなく、手足の痺れや胸の痛みといった症状もあったハズだ」


 ジョンを起こして訊いてみると、やはり、そういった症状があったらしい。寒くなったせいだと本人は思っていたそうだが。

 腫瘍を一応見せてみたが、そこまでグロイものでもなかったので不思議そうに見ていただけだった。

 悪性腫瘍は研究材料にシヴァがもらっておく。コアたちにも分析してもらおう。


 恐る恐るベッドから起き上がったジョンは、まったく痛みがなくなっており、この所なかったぐらい身体が軽いことにも驚いていた。

 腫瘍と自分の体調が結び付いていなかったらしい。


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