333 超ブラック勤めのヒーローじゃない!

 王都の端、防壁側のスラム街近く、木で出来た建物が多いエリアが火に包まれていた。

 強風で一気に燃え上がってしまったのだろう。


 シヴァは火の区間を断熱結界で囲んでから、結界内に入ってしまった生存者を多重魔法で探知と同時に影転移で離れた所に転移させ、それから一気に結界内の空気を抜いて真空状態にすると、火はすぐ消えた。

 一番早い消火方法で完全に消えるので、火種が残っていて時間を置いて燃え上がる二次火災も起きない。


 そして、火にあぶられた石が熱を持ってるので、徐々に温度を下げて冷ました。一気にやると負荷がかかり石が割れてしまう。

 ガラスはとっくに割れているが、土台に使ってある石が割れれば建物自体が更に倒壊してしまう。


 しばらく、そのままにしておき、その間に煙に巻かれた人たちやヤケドした人たちの治療だ。


 一酸化炭素中毒は一刻を争うのでシヴァは分身を十人作り、それぞれも隠蔽してかぶらないよう配置し、一気にエリアヒール、エリアキュアをかける。


 後は爆発に巻き込まれたり、建物が崩れて来たせいで重傷を負った者たちの個別治療。改良新薬が早速お役立ちだ。


 燃え尽きた部位を切断したり、破損部位が酷過ぎてえぐる必要があるような重傷患者は、手当てや看病をしている人たちには刺激が強いので、一旦、影の中に連れ込んで治療し、治した後は元の場所に戻す。わざわざ姿は現さない。


 新薬や回復魔法だけでは治せないような瀕死の患者は、シヴァ本体が担当し、【時空魔法】で数分、時を戻して体力を戻してから治療した。

 記憶が消えるが、数分ぐらいは問題ないだろう。怪我を負う前まで、となるとシヴァの負担が大き過ぎる。


 ものすごく増やした魔力でも、【時空魔法】まで使うと魔力消費が激しいので、魔力タンクであり省魔力にもなる【大地の杖】も使っていた。

 おかげで、かなり楽だった。


 その頃には建物も冷えたので、シヴァは記憶を共有してから分身を解除し、爆発場所と思われる所を調べてみた。

 位置と建物からして、どこかの商会だった。

 全部焼けてしまって何が爆発したかも分からないが、だからこそ怪しい。

 魔道具の誤作動か、商売敵のテロ行為か、はたまた実はスパイの拠点で情報戦からゲリラ戦になった結果か。


 グルメ情報誌を作るついでに、街の様々な情報も集めてくれているエレナーダダンジョンのエーコに訊いてみると、最後のスパイが正解だった。どちらも他国(どちらも小国郡)なので迷惑極まりない。


 身体の一部が散らばってるだけなので、元凶たちはどちらも死んでるだろう、な感じだった。

 後は騎士団や警備兵の仕事なので、シヴァは結界を解除して自宅に帰った。


 どれだけシラを切っても、エイブル国は今まで以上に「にゃーこやの店長」獲得のため、躍起になるだろう。

 分かってはいても見殺しに出来ないのは、シヴァの甘さか。

 今後を考えると少し疲れたので、シヴァはさっさと露天風呂に入ることにした。


 しばらく行方をくらますか。


 シヴァは風呂から上がると、アルから通信カードを渡した顧客、及び顧客候補にはしばらく不在にする、予約受付は従業員がするから、という連絡を一方的にし、ハイネに渡した通信カードは没収した。


 通信カードは厄介事が起こったら連絡するためのものではなく、あくまで『ホテルにゃーこや』でのアルバイト連絡と宿泊予約ツールである。今後のアルバイトも必要ない。

 そう没収理由とクビ宣告を記したカードと引き換えにしたので、落とした、盗まれた、とは思うまい。


 ハイネからの情報が入らなくなるが、今回の火災もハイネが連絡して来た時と、ほんの数秒遅れただけでエーコから連絡が入っていたので問題なかった。


 サファリス国でもそうだったが、何の義務もない他人を頼ることばかりになって来たので、しばらくと言わず、この機会に「にゃーこや店長のアル」はエイブル国ラーヤナ国での活動を停止するか。


 従業員たちも育って来たので、オーナーがいなくても問題ないだろう。

 影転移で客を連れて来たり、従業員を連れ出す関係上、店員Bとしては時々顔を出す程度で。


 そして、リビエラ王国で活動しているように、認識阻害仮面を装着しただけのシヴァ本体のまま、冒険者アルとして活動すればいい。その方がシヴァとしても動き易い。


 まぁ、まだラーサク一行が宿泊している最中なので、送迎まで終わったら、アルの姿にはしばらく化けない。

 そもそも、アルは育ち盛りの十六歳なのに、まったく成長しておらず、髪の長さもまったく一緒なのを、そろそろ不審に思われている頃だろう。


 本体であるシヴァも髪も爪も伸びてないが、一般的な二十四歳でも数年はそう大して姿は変わらないし、認識阻害仮面のおかげで、人によって見ている姿が違うので問題なかった。


 化けるのが面倒だし、生前のアルトの知り合いに見られたら騒がれるだろうから、アルの姿は完全に引退したいが、今までの人脈はアルなのでしばらくは無理だろう。

 徐々に切り替えて行くしかない。


 トリノにはバラしても全然大丈夫だろうが、それもタイミングを見誤るとトリノとその家族が危険なので、慎重になってるワケだ。

 商売関係は店員Bに切り替えでいいだろう。


「オーナーは結婚して奥様と世界グルメ紀行に行きましたので、『にゃーこや』はわたしが受け継ぎました」


 そんな感じで。

 世界グルメ紀行は本当に行きたいので、時間を作ろう。

 シヴァはキエンダンジョン内農場で品種改良に取り組んでいたアカネの所へ行き、経緯を話した。


「あーあ。そりゃないわ。強い人に頼りたいっていう気持ちは分かるけど、王様の護衛騎士が民間人に頼るようじゃダメダメ過ぎだね。しかも、他国人…って、あれ?シヴァって一応はエイブル国出身ってことになるの?」


 そんな質問が返って来た。そこなのか。


「実家がエイブル国にあるアルトはな。おれの自宅はここにある以上、ラーヤナ国人じゃね?ダンジョン内は次元が違うけど」


「まぁ、ともかく、いい加減、異世界人だと勘付いてるだろうに、まったく義務も義理もないんだから、尚更、ダメダメだよね。目の前で火災が起きてるのなら消火や救助に協力はするけど、頼んでもないのにわざわざ呼び付けるってのは違うよ。無料奉仕、滅私奉公、超ブラック勤めのヒーローじゃないんだしさ」


 歯にきぬ着せぬ言葉にシヴァは笑う。

 シヴァは別にタダ働きをしたワケじゃないのだ!

 救援要請したハイネにしろ、国にしろ、払えるワケがないので、取り敢えずは保留にしてやってるだけで、大火災消火、建物冷却、怪我人救助と治療、他国からの交通費と出張料金、と妥当な金額を計算した後、請求書を送るつもりだった。

 アカネもその辺は分かっているからこそ、この発言だろう。


「そんな風に思ってそうだけどな。違法奴隷を解放したせいかも?」


「治療ゲリラのせいもあるんじゃない?だから、シヴァが化けた『アル』が表に出なくなるのはいいと思う。『人の噂も七十五日』だしね。結婚してグルメ紀行という設定で全然問題ないって。わたしも砂漠に行きたい。『ぶらり砂漠の旅』で!」


「砂漠トカゲ?羊?カニ?」


「どれも!美味しかったっていう食堂とデーツがたくさんってたオアシスも案内してね。って、わたしだけでもディメンションハウスから行ける?」


「今はアカネがその場所を認識してねぇから無理。おれと一緒に一度その場所に行った後ならアカネ単独でも移動出来るけど」


「だよねぇ。じゃ、明日から砂漠で。砂漠仕様装備で大丈夫?」


「もっと軽装で大丈夫。昼間はだいたい45℃ぐらいだけど、湿気がねぇから体感温度はもっと低いし、中は夏服でフードありローブに『少し涼しい』『少し温かい』魔法陣を刻む程度でオッケイ。砂塵よけはマジックアイテムで。作っとこうか?」


「うん、よろしく。サングラスもいらないの?」


「そこまでギラギラしてねぇぞ」


「そうなんだ。冷たいお菓子、たくさん持って行こっと」


 暑いのは確かなので、正しい準備だった。アカネのマジックバッグも時間停止なのでまったく問題ない。


「よろしく。デュークとバロンは誘う?」


「この前もご苦労さんだったし、お休みでいいんじゃない?もちろん、一緒でもいいよ。あ、そろそろ依頼受けてもいいかも」


 時々、ちゃんと依頼を受けているアカネである。長引く依頼は受けてないが。


「従魔は連れず、別々に受注したら目立たねぇか」


「でしょ?」


 アカネも認識阻害仮面を装着するとはいえ、念は入れておいた方がいい。

 …ということで、「ぶらり砂漠の旅」は決行されることになった。



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新作☆「番外編40 最強種の黄昏(たそがれ) ― 捕食者side ― 」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818023213376231504

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