244 懐柔するならまず胃袋を掴むべし

 程なく、ヒルシュが戻って来たので、シヴァも一緒に地下の食品貯蔵庫へ向かった。

 冒険者ギルドで解体してもらった肉ブロックは大きいので、適当にカットして食品によく使われる葉っぱで包んでやった。棚にまだ少しスペースが空いている。


「ランニングバードの卵、いる?」


「もちろん欲しい!いくつある?」


「100個単位であるぞ。今の在庫量は…327個」


「…持ち過ぎだろ」


「よく使うし、馴染みの食堂にも時々分けるからな。30個ぐらい?」


「1個いくらで?」


「銅貨2枚。他の魔物肉も安価で売ろう。ただし、新しい料理が出来たら優先的に食べさせること、が条件だ。これはどこの食堂でも同じ」


 ランニングバードの卵自体、ほぼダンジョンでしか手に入らないので、五倍はするが、養殖鶏の鶏の卵とだいたい同じ値段だ。

 この世界の酪農は魔物にも盗賊にも狙われ易いため、それなりの防犯設備を整えないとならず、養殖物でも結構高い。


「乗った!でも、定期的に食材を分けてくれるのか?旅してるんだろ?」


「そうだけど、大丈夫。おれがどこにいても【影転移】が使えるから長距離なら何度も繰り返すだけだ」


「て、転移だと?」


「騒がれるから黙ってて欲しいけどな。こんな感じ」


 シヴァは見える範囲の短距離で【影転移】して見せた。


「…すげぇ。何?実はすげーランクが高い冒険者なのか?」


「Cランク冒険者」


 収納にしまってあったアルの冒険者ギルドタグを見せる。


「それ以上だと面倒だから上げない派か」


「まぁな。だから、金持ちだし、いつでも食材を持って来れるワケだ。あ、そういや、ラーメンレシピの本持ってるけど、欲しい?」


「欲しい!らーめんってあれだろ。画期的な保存食ってどっかの大魔導師が出した第三の麺類」


「大魔導師じゃねぇけど、自動販売魔道具で売ってたあれな。エイブル国、ラーヤナ国ではレシピも出してて」


 これ、とシヴァは新品のレシピ小冊子を出してやった。


「見てもいいのか?」


「もちろん。銀貨1枚だ」


 了承したヒルシュは小さい小冊子を慎重にめくり、やがてかなり真剣な顔になった。


「…これ、作れる奴、いるのか?」


「いるって。海の魚は冒険者ギルドで依頼を出せばいいし、後は市場で手に入るものばかりで、時間をかけるだけなんだから。作るんならその海魚も分けてやるぞ」


 金持ちの商人や貴族が試しに「荒節」を作っている。満足の行く味ではなかったようだが、大ざっぱ過ぎてちゃんとレシピ通りに作らないのと材料の質が違うのと塩が違うのでしょうがない。

 市場に出回っている一般的な塩は雑味が多過ぎるのだ。

 精製したらまだマシにはなるが、ミネラルを多く含んだ美味しい塩を作るには海水から丁寧に精製するか、錬成した方がいい。


「…何でも持ち過ぎだろ」


「『備えあれば憂いなし』」


「アルも作ったことがあるのか?」


「もちろん。その魚出汁、朝の肉まんにも入ってたぞ」


 和風出汁肉まんだったので。


「…!!美味しさの秘密はそれもあったのか!」


「それも、だな。肉は確かオークジェネラル」


「……アルよ。そんな高級品、普通にくれるとかありなのか?」


「ウチじゃ普通に食う肉なんで、気にすんな。そもそも、オークジェネラル程度はどこのダンジョンでも普通にいるし、大半は肉ドロップだし、で在庫は増える一方なワケで。食材は無駄にならねぇしな」


 それ以上言うのも無駄だと悟ったらしく、ヒルシュはさっさと切り替え、ランニングバードの卵を30個買って棚に置き、肉とレシピ小冊子の精算もしてから地下貯蔵庫を出て再び食堂に戻った。


「アル、明日には宿を出るのか?」


「ああ、そのつもり。ドリフォロスダンジョンに数日潜る予定だけど、さっきやったようにいつでも来れるしな」


「じゃ、また食材売ってくれ」


「了解」


 じゃ、とシヴァは片手を挙げてヒルシュと別れ、離れの部屋に戻った。

 バロンは落ち着かなかったのか、玄関先までシヴァを出迎えたので、よしよし、と頭を撫でてやった。

 デュークは自分のカゴでぐっすり寝ていた。

 この辺が野生と箱入りの違いである。今後、警戒し過ぎるのも気が休まらないだろうから何だが、すっかり懐いたようで何よりだ。

 『懐柔するならまず胃袋を掴むべし』で正解だった。



――――――――――――――――――――――――――――――

更に一周年特別企画4コマ漫画2本!

https://kakuyomu.jp/users/goronyan55/news/16817330669664370865

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る