181 何故か、病院にいる重病人はすぐに治って退院する

「そういえば、アル様、一週間前、このイベントのことを決める前に、『夕暮れ食堂』の看板娘ミラさんの怪我、治しましたよね?探してましたよ」


 そこで、トリノがふと思い出したように、確認口調でそう訊いて来た。


「何で確認口調?」


 一応、名乗ったが、「アル」という通称の冒険者は多いのだ。


「他に治せそうな人を知らないからです」


「やっぱり、アル様なんですか。すごいですね。こちらでも、もう少し何とかならないかとお客様方に頼まれて、回復術師を当たっていましたが、状態を知るなり無理だという人ばかりで。回復魔法だけじゃなく、何か特別な薬を使ったんですか?」


「いや。やけど跡とひきつれた所と損傷箇所を全部切り取ってから、回復魔法をかけただけ。切り取った後なら上級ポーションでもよかったかもな」


 あのぐらいの範囲なら、【パーフェクトヒール】じゃなくても、上級ポーションでも再生しただろう。


「き、切り取った?」


【アルがこわいこといったよ~】


「ちゃんと深く眠らせてからで、本人に痛みはまったくない状態だって。こっちは魔法やポーション頼りで医学の発展は遅れてるけど、悪い所を取り除いて止血すれば、かなり生存率は上がる。いずれは簡単な応急処置の本を作るつもりだけど、症例が多いものだけでも数があり過ぎるから絞れねぇワケで。分厚い辞典になっちまいそうな勢い」


「ポーションや魔法を使わない治療ということですか?」


「応急手当っていうのは、ちゃんとした医者や回復術師に診せる、ポーションを用意するまでのつなぎってことだな。傷の洗浄をするだけでも生死を分かつもんだし、クリーンも浄化も知識がない状態では効き目が薄い。

 …そう、そっからなんだよな。細菌やウイルスの概念説明…百科事典セットかよ、な分厚い本のセット物に…」


「アル様でも、そう簡単に作れない膨大な知識、ということですか」


「いや、おれが知ってるのはほんの一部だけ。それでも膨大って話。何で病気になるのか、何で怪我しても治るのか、怪我したら何でキレイに洗う必要があるのか、等々の知識はねぇだろ?」


「…ないですね」


「そこから説明して理解してもらわねぇと、予防も応用も出来ねぇし、薬も作れねぇワケで。怪我の場合も知識のないまま、汚い布を適当に巻いたりすれば、膿んで腐る。それを呪いだの何だの見当違いな対処して死なせてる例がたくさんあるしさ。ポーションの使い方も知らねぇ人が多いから、今回のヤケド跡も中級ポーションを使ったからこそ、変な所で固着しちまったワケで。応急手当で冷やして炎症が少しは治まってからなら、キレイに治ったかもしれねぇのに」


「…そうなんですか?」


「おれの見立てだとな。ポーションが判断してくれるワケじゃねぇから、こういったことが起こる。効果範囲を見極めて使う必要があるのは、ポーションだけじゃなく、エリクサーも同じ。

 子供に使うのと大男に使うのとでは、薬やポーションの量が違うのは分かるだろ?だから、薬効は怪我や病気の度合いに左右され、どこを優先で治すかという判断はいくら霊薬でも出来ない。

 エリクサーを使う場合は、半死半生の場合が多いから、内臓が一番ヤバイのに、ちぎれた手から生やす、とかやっちまうこともあるワケで。生命維持に必要な箇所から治す、という感じに出来ればいいんだけど、中々難しく」


 エリクサーは霊薬だし、どうして生えるんだ?と疑問に思いながらも、現に手足が生えて来るので、その優先順位をいじくる、とまでは中々。


「エリクサーと似たような薬を作ってるんですか?」


「色々チャレンジしてるぞ。数滴で効果があるMPポーションとかケタ外れに回復するスタミナポーションとか。味が犠牲になりまくってるから実験台が欲しいんだけどな…」


「………それはちょっと怖いものがありますね」


「アル様が使うために開発したのではないのですか?」


「そうなんだけど、他の方法もあるから激マズポーションは最悪の場合にってことになるな。強力な毒消しで味も何とかならねぇもんかと試したら、薬効まで消えちまって。あ、飲んでなくて鑑定しただけな。強力毒消しはそれはそれで使えるからいいんだけど…とそんな派生した薬が結構あったり」


「……何かもうアル様、才能にあふれまくってるんですね…」


「溢れてたら、変な薬ばっかり作らねぇだろ。…まぁともかく、話を戻すけど、看板娘のミラとやらに『変に騒ぎ立てるな』って注意しといて。危険になるのは、その娘なんだからさ」


「そうですね。情報が早い人たちなら誰が治したのかの推測も付いてますので大丈夫でしょうが、それ以外の方々が厄介ですし」


【やっかい?こっちもなおして~ってつれてくるから?】


「優秀な回復術師を上手いこと取り込んでお金を稼ぎ、ひいては自分の地位まで上げようとする輩が厄介、です。何故か、病院にいる重病人はすぐに治って退院しますので、病人を連れて来ることはまずないでしょうが」


「…何故か、じゃなかったことが今分かりました…」


「…え、新薬の実験台にしてるんですか?アル様」


 率直に訊いて来てしまう職員がいた。


「さて」


 「結局、治るんだから、いいんじゃね?悪くはならねぇし」と回復魔法修行も兼ねて結構やりたい放題で「治療ゲリラ」をしていたりするが、アルはしらばっくれておいた。

 激マズの薬だけは試せない。スリープをかけても跳ね起きそうだし、さすがに良心がとがめるので、やはり、悪人の実験台が欲しい。


【アル、いろいろしてるんだねぇ】


 素直なデュークが断定してしまうが、アルはスルーしておいた。余計なことを言えば、裏付けしてしまうことになる。


 お茶の後はしばし解散になり、お昼を食べてから再び集合、となった。


――――――――――――――――――――――――――――――

新作☆「番外編30 誰にも奪えないもの」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330668099530404

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る