145 シヴァはけんじゃ?

『ねぇねぇ、シヴァ。うみのむこうがわはどうなってるの?』


「見に行くか?」


 シヴァは騎竜を出してデュークを乗せてやり、海の向こう側へと飛んでやった。

 ずーっとずーっと続いている。空間拡張してあるのだ。クルーザーがあるし、「適当な場所に小島を作って別荘作る?リゾートアイランドってことで」という案があるので。

 全然、急いでないので中断しているが。


『シヴァ…どこまで続いてるの?』


 変わり映えのしない景色にデュークはだんだん飽きて来た。当然だ。


「かなり広く。ダンジョンってかなり広くも出来るんだよ。戻るか」


 シヴァは砂浜に一瞬で転移した。


『なんかこわかった。ずーっとずーっとおなじで』


 砂浜に降ろすと、デュークがそう感想を述べた。

 シヴァは騎竜をしまい、側のデッキチェアに座る。


「ここじゃねぇけど、そういったダンジョンのフロアもあるぞ。海じゃなく荒野だけどな。スゲェ広くてほんのたまにしか魔物も出て来ない。でも、最初はそんなこと分からねぇからずーっと警戒してねぇとならねぇから、精神的に疲労させる感じだな」


『…ダンジョンってこわいね…』


「ここもダンジョンだっつーの。…ああ、誤解してるかもしれねぇけど、冒険者の従魔って移動に使うか、戦わせるかだろ?デュークはそういったことはしなくていいから。身を守る術や狩りは身に付けてもらうけどな」


『え、ぼくいらないの?』


「いらねぇってワケじゃなく、好きに過ごしてていいって話。おれもアカネも移動手段はとうにあるし、戦闘力はソロで十分以上だから。デュークにして欲しい仕事もあるぞ。大雨で大変だった被災地はいまだに明るい話題が少ねぇから、子供たちと遊んでくれるだけでいい。ほら、デュークは可愛さが売りなんだろ?」


 その話をしていた時、デュークは寝ていたのでまだ話してなかった。


『それっておしごとなの?』


「ああ。スゲェ大事な仕事。たくさん人が死んでたくさん怪我してたくさん怖い目に遭ったんだから、そう簡単に明るい気持ちにはなれねぇんだよ。どのぐらい酷くてどうやって救助して復興して行ったか、動画撮って編集してあるから見てみる?」


『うん』


 シヴァは再生専用プロジェクター『ロジェ』を出して、サファリス国の大雨災害の様子を撮影した動画をデュークに見せてやった。記録として編集してある。

 シヴァたちが駆け付けた時はまだ大雨で、家も人も流されてる状態だった。

 何とか救助しようと頑張っている人たち、避難所も浸水して他の場所に移動するにも人手がなく、土嚢を作って少しでも浸水を抑えていたり、水をかき出したり。

 怪我人病人も続出し、薬も回復術師も足りず、誰もが暗い顔して絶望と不安で押し潰されそうだった。


 アカネが水竜三匹を討伐し、雨がやみ、ようやく日差しが出て、分身たちとコアたちと共に救助活動をし…とここから何とか巻き返した。

 我ながら、かなり無理したが、ここまで復興出来たのだから悔いはない。


『ぼくで、やくにたてるの?』


「ああ。冒険者だって滅多に見ねぇグリフォンでまだ子供だぞ。大人だって興味津々だって。幸いにもデュークは寿命が長い。ゆっくり知識を蓄えて、またこういった災害の時には助ける側に回れるといいな」


『うん。…それにしても、なんにんもシヴァがいるようにみえるけど、なんで?』


「影分身。魔法で分身を作ったんだよ。もちろん、本体より性能は落ちるんだけど、魔力補給すれば、他に援軍頼むより有能だから。他の人たちにはおれの仲間ってことで、顔が分からねぇようにするマジックアイテムで誤魔化してあるから、内緒にするように」


『はーい。…って、そんなすごいぶんしんつくるのって、まりょくがすごくいるんじゃないの?』


「そう。分身を出すだけなら維持にそうかからねぇけど、それぞれガンガン魔力使ってると、さすがに本体の負担もでかかった。緊急事態じゃなければ、ここまで無理しねぇよ」


『シヴァってこのくにとなんかかんけいあったんだ?』


「いや、全然。救援要請の早馬がエイブル国に入って来た時、こっちの情報網にひっかかって、ようやく知ったぐらい。困ってる人たちを助けるのは普通だろ」


 シヴァが普通を語るだけで、アカネのツッコミが入りそうだ。


『シヴァのふつうは、きぼがちがうきがするけど~』


「SSランク冒険者は、本来、こういった時のためにいるんだよ。今回はギルドから依頼が来るより先に動いたが、事後承諾で」


 笑って、シヴァはデュークに果実水を丼に注いで出してやった。シヴァは普通のグラスに。


『あ、そうだよ。シヴァはSSランクなんだよね?アルはランクあげないのはなんで?』


「言っただろ。メリットねぇからって。ギルドからの情報ももらってるけど、うちの情報網の方が遥かに早いし、SSランク冒険者に指名依頼を出すとかなり高額になるから滅多に依頼ねぇし、面白そうな依頼も中々受けられなくなるから」


『え、そうなの?こうランクならえらびほうだい、とかじゃなくて?』


「逆だ。SSランクだけじゃなく、高ランクになると、塩漬け依頼…報酬や条件が見合わなくて、誰も受けねぇまま、ずっと放置されてる依頼を受けて欲しがられるんだって。金に困ってねぇし、大半の依頼は達成出来るから」


『そうなんだ。だれもいらいをうけなかったらどうなっちゃうの?』


「ギルドが手数料だけもらってキャンセルになる。冒険者たちが受けるよう条件や報酬が用意出来なかった依頼主が悪い、ってことになるワケだ。討伐依頼はしょうがねぇな、とギルド職員が行くらしいけどな。他の人たちも危険だから」


『いろいろなんだねぇ。シヴァはなんでつよいの?ぼうけんしゃになってすぐ、Sランクになったってきいたことあるけど』


「そう。何でと言われても努力したから。デュークにはよく分からねぇだろうけど、おれもアカネもこっちの世界の人間じゃねぇんだよ。おれらがいた世界とは星座も違うし、魔法もなく、魔物もいない世界だったから」


『んん?よくわかんない』


「だろうなぁ。過去にも異世界人がこっちの世界に来てたり、転生してたりで、味噌や醤油がこっちにも伝わってるんだけど。おれは四ヶ月ちょい前にこっちに意識だけ転移してアルの外見の身体に入ったんだよ。今はもう元の身体を取り戻したし、その時にアカネも連れて来たんだけど」


『…もっとわかんない』


「複雑な事情ってのは、大人でも中々理解出来ねぇ話ってこと。じゃ、もう少し分かり易く言うと、カップラーメンは異世界の食べ物で、こっちの材料と魔法で何とか再現したワケ。自動販売魔道具もこちらアレンジだな」


『え、そうなの?なんとなくわかるようなはなしになった、かも?』


「どっちだよ。まぁ、だから、こっちにない知識を持ってて披露もしてるから、転生者だと疑ってる人は多いんじゃねぇかな。この場合の転生者は前世、前の人生は異世界人で、その記憶がある人。おれは転移者。一度も死んでなくて今は身体ごと来ている状態」


『けんじゃ、とかいうのじゃないの?おじさんがいってたことある』


「その賢者が出て来る書物はかなり読んだけど、元異世界人だろうな。転生か転移かは分からねぇけど、残したものからして」


『シヴァはけんじゃ?』


「そうとも言えるし、そうじゃねぇとも言える。こっちの世界で言う賢者は『知識が豊富で色々研究して教え導く人』だろ?導いてはいねぇし。おれの好き勝手してるだけで」


『やっぱり、よくわかんない』


「だろうな。『この世界』っていう範囲すら曖昧認識だろうし。まぁ、おれらの素性はデュークも知らない、ということで」


『わかった。…なんか、のんびりするねぇ、ここ。さむくないし、あつくもない』


 寄せては返す波の音。鳥も虫もいないので波の音、木々が揺れる音だけが聞こえる。

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