112 あの領主は通常運転し過ぎていた

 さて、まずは朝食の炊き出しだ。

 ここ数日は食うや食わずだったため、胃が小さくなっている人が多いので、胃に優しい雑炊とミートパテサンドだ。

 米も食べなくもないのだが、馴染みのない人も結構いるのでパンも付けるワケだ。

 串焼きとか唐揚げとか出したい所だが、まだまだそこまで胃腸が元気じゃないので、徐々に、だ。


 ちなみに、胃腸が元気なシヴァとアカネは普通の和定食の朝食で、これからビシバシ働いてもらう騎士団、警備兵たちも別の天幕で朝から豚丼と味噌汁を食べさせている。


 分身たちが各避難所、仮設住宅を回り、炊き出しを配って行き、それが終わると配膳を手伝っている。

 シヴァ本体が食べた後に分身を作ると、分身もお腹いっぱいだった。分身でも腹が減るというリアルさ具合で、どういった仕組みなのか変換して魔力になるらしい。排泄はしないのに。

 神獣たちと同じだ。


 シヴァとアカネは経過観察も兼ねて領主の館、元重傷者、元病人の部屋へ。

 体力が落ちてるのでまだまだ安静が必要なのだが、落ち着ける所で安静にしていたおかげか、大分顔色がよくなって来ていた。

 これなら、他の人たちと同じメニューでいいだろう。


 手っ取り早く体力を取り戻すスタミナポーションを飲ませるのもありだろうが、なるべく、自然に回復した方が身体の負担は少ない。

 回復魔法は本来身体が持つ回復力を引き上げる魔法なので、身体に負担をかけたのと同じなのだ。


 領主の館には役人たちだけじゃなく、仕事をサポートする秘書や下働き、館を維持する使用人がおり、領主のプライベート棟に領主とその家族と使用人が住んでいる。

 現地を飛び回っている役人たちは、一緒に炊き出しを食べているが、ロクに働いてない、普通の食事が食べられる者たちにまで振る舞う必要はない。


 役人も一緒になって働いてる人たちも、着替えや雑貨を持ってちょくちょく様子を窺いに来ているので、別に不便はないそうだ。

 ただ、この先の不安がある、と。

 それは当然だ。


「大丈夫だ。国王自ら救援隊に加わって駆け付けて来る予定だから」


 しっかりとアピールをしておいてやり、食事の配膳はアカネとコアバタたちに任せ、シヴァはプライベート棟にいる領主の元へ。

 長い机の豪華なダイニングで眠そうに食事を食べていた。


「これから、国王及び暇そうな貴族たち、編成されているハズの救援隊を迎えに行く。現場の人間が頑張ったからこそ、何とかなっていたものの、ちゃんとした指示も出せず、適当な仕事しかしてねぇツケを払うんだな。国王の行幸ぎょうこうだ。こっちの棟は宿舎に使うから荷物をまとめとけ」


「…はぁ?何言って…言ってるんですか」


「予告はしたぞ」


 杖を出したシヴァはそう言って王都ティサーフに転移した。

 目の前の転移だが、隠蔽をかけたのどうの言っとけば分からない。

 やはり、かなり、魔力消費を抑えられた。使わない時は邪魔になるのでさっさとしまう。


 面倒なのでシヴァは王都の門から入らず、隠蔽をかけてから足場結界を蹴って王宮の上へ。やはり、ロクに魔法対策をしてない。

 歴史書や魔導書では防御結界や魔法防御アイテムについて、色々と載っているのに、現在ではどこの国でも衰退しているようだ。


 【魔眼の眼鏡】で国王っぽい人を探すと、五十前後の国王と宰相らしき年配の男と向かい合ってソファーに座り、朝食を食べていた。ここが執務室だろう。

 かなり眠そうで、ソファーに毛布が置いてあることからしても、ここ数日、二人共ロクに自部屋、自宅へ帰れていないらしい。

 非常事態の時のトップは本来こういったものなのに、あの領主は通常運転し過ぎていた。


 シヴァは執務室の中へ転移して、鑑定をすると間違いなく国王と宰相。

 状態が【寝不足、集中力低下、心労で胃潰瘍になりかけ】などと出ている。国家存亡の危機だと、しっかりと状況把握が出来ているらしい。

 シヴァは二人の前まで歩いてから、隠蔽を解いた。


「突然、失礼。おはよう。おれはSSランク冒険者のシヴァ。お疲れだな、国王、宰相。胃潰瘍になりかけてるから、ヒールをかけてやろう」


 シヴァはエリアヒールで二人同時に癒やしてやった。


「…え?」


「…は?いつの間に?」


「安心しろ。一番被害が酷かったセプルーの街、及び、その周辺は既に救助済だ。瀕死の民も飢えてる民もいない。だが、領主が頼りにならず、未来に不安を覚えている。士気を上げるためにも、国王の行幸ぎょうこうが必要だ。ついでに暇な貴族にも手伝ってもらおう、とここに来た。話すより映像で見た方が分かり易いだろう。食べながらでいいから、見てみろ」


 シヴァたちが最初に到着した頃から、飛行カメラで動画を撮っていた。

 シヴァと分身たちの顔が映らないよう絶妙に編集したのは、日々研鑽し技術を上げているコアたちだ。

 ちゃんとアカネが下位水竜を討伐する所も映っているが、顔はなるべく見えないようにしてあった。


 水竜が討伐されると途端に雨が上がり、どこにも行けない孤立した高台に取り残されていた民たちを分身が助け、土砂に埋まった民も助け、重傷者、病人の治療をし、川に堤防を作って整備し、不要な水を回収し、避難民を丈夫な天幕に誘導し、仮設住宅を建て、炊き出しを振る舞う。

 そういった様子がダイジェスト版でもちゃんと映っている。第一騎士団副団長のビューベルト及び騎士団が到着した所もバッチリと。


「ゆ、夢でも見ているのか…?」


「これ、これは、本当のことなんですか?幻影か何かではなくて、民たちは救われたのですか?」


「一時的にはな。国内だけじゃなく、各国に復興支援を要請しねぇと、伝染病が流行はやりかなりの死者が出ることになるだろう。この西部地域の大部分の畑がダメになってて、衛生面を整えるのもまだこれからだからな。冬になる前に早急に対応しねぇと、凍死者も出る」


「各国にはギルドを通して救援要請を出している。引き続き、復興支援も頼もう。衛生面を整えるにはどうしたらいいんだ?浄化させるのか?錬金術師か?」


「どちらも、と出来る限りの魔法使いだな。属性は何でもいい。職人もだ。おれは冒険者ギルドの要請を受けて動いたワケじゃない。おれの情報網にただならぬ様子の早馬が引っかかり、事情を調べたからだ。それが昨日の二時半頃。準備を整えて仲間たちとこの国に来たのは三時過ぎ。時間が合わんと思わないか?おれはエイブル国王都エレナーダにいたのに」


「……そうだ。どうしてそんなに早く…ああ、何か速い騎獣を持ってるのが貴殿だったか」


「それもあるが、おれは影転移が出来るからだ。だから、ここからセプルーの街まで国王一行、及び救援隊が何百人いようが一瞬で連れて行ける。復興には人手が足りんからな。救援隊は集めてる所だろうが、手の空いてる人間も至急集めてくれ。宿舎も食事もちゃんと用意出来るから着替えだけ持って」


 宿舎は分身たちがせっせと作ってるハズだ。後で区切ればいいので大部屋ばかりの集合住宅宿舎だ。トイレの数も増やさねばなるまい。

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