070 最上級装備だと怪我する方が難しい

「興味津々みたいだね。ラーメンの麺やスープなら商業ギルドに登録されてるのって知ってる?アリョーシャの冒険者ギルド内の食堂で、普通にランチで出してたよ。ラーメンの麺を焼いた焼きそば」


 アカネがそんなことを教えた。


「…え、そうなのかっ?」


「初めて知った…」


「あの麺を焼く?…想像が付かないな…」


「もうちょと麺は太いって。カップラーメンの麺は戻り易いよう細い平麺でしょ。定番の麺は丸い断面の麺でパスタ器で手軽に作れるみたい。焼きそばも美味しかったよ。アリョーシャだと他の店でも出してるみたいね。こっちはまだみたいだけど」


 近々、パラゴの街でも焼きそばは売られる予定だった。

 商業ギルドのトリノによると、こちらの料理人は手軽な方より、まずスープだろう!と基本レシピを元に、自分たちなりのスープの研究を始めたので、焼きそばより先にラーメンがお目見えすることになる。

 よしよし、計算通り!と登録したシヴァはほくそ笑むワケだ。


「それにしても、商売っ気が全然ないな。レシピまで登録してしまう、とは」


「王様が店長に頼み込んで王宮にもかき氷の魔道具を設置したって噂だぞ。目的は何かの交渉に使うんじゃないか?」


「何の?王族より遥かに金持ってるし、出来ることも多そうなんだけど」


「地位も名誉もいらないって感じだね。画期的な発明だし、みんな喜んでて活気も出てるし、でとっくに勲章とか爵位とかもらってもおかしくないんだけど、断ってるっぽいし」


 他人事っぽくアカネが言う。


「…あ、そういえば!」


「確かにな。そういった話が出て来ない方が不思議か」


「でも、そうなると、いよいよ目的が不明に」


「大したこと考えてないんじゃないか?すごい魔道具と美味しいもの作ったから広めてやろう、レシピが知りたい?別にいいけど、な感じで」


「…ありそう」


「目先の利益じゃなく、もっと先、何年、十何年か先を見据えてるんだと思う。うどんやパスタのように色んな料理が出てるんだから、ラーメンだって同じになるだろうし、錬金術師、魔道具師にとっては挑戦状を叩き付けられたのと同じでしょ。『これ程優秀な魔道具をお前らには作れるのか?』って。囲い込んでる貴族だって自分たちが衰退させていたんだと、自覚することはないにしても、使えないって放逐するかもしれないし」


 鋭い所をアカネは突く。

 シヴァはそれも一応は狙っていた。が、「あれと同じ物を作れ!」と無茶振りしてるだけで、放逐まではまだ行ってない。

 囲い込むからには他の人たちより優秀な錬金術師で害することはないだろうから、一応、放逐された後の受け皿は作って置くつもりだ。

 鍛えて色々開発させる。違う視点で違う発想をするのが人間なのだ。競い合わせるに決まっている。


「…何かアカネさんってすごい頭よくない?…あ、いや、素性探ってるワケじゃないからね。当たってるかも、すごいなって感想」


「それはどうも」


「まぁ、難しい話はともかく、アカネさんが作った料理も美味そうだな。何て料理?」


「パエリア。魚介類の炊き込みご飯みたいな感じ。だから、家庭によっても店によっても色んなレシピがあるよ。冷製スープはガスパチョ。こちらも同じく家庭料理」


 過去にいた転生者、転移者が広めたらしく、こちらの世界にもあるので、アカネは普通に作ったワケだ。パエリアは海辺と海フロアの難易度が低いダンジョン側の街にしかないが。


「魚介類ってどこで手に入れたんだ?」


「アリョーシャダンジョンで。飛びかかって来るから要注意だけど」


「魔物じゃねーか、それ!」


「魔物じゃない魚介類の方が少ないって。食われてて」


「飛びかかって来る魚系魔物とドロップは別だよ。ドロップはもっと小さいけど、丸ごと。他のダンジョンの海フロアだと切り身やブロックだから珍しいんだって。魔物じゃない魚介類だと、ラーヤナ国のトモスの街だと海辺だから色々と食べられるよ」


「…一体、どれだけ距離があると…」


「あ、そっか。ごめん。シヴァ、すごい速い騎竜を持ってるからマヒしてた。ダンジョンってたまに、何かすごい物がドロップするそうだから頑張って」


 アカネは気楽に応援するが、全員Cランク昇格試験の受験者である。

 いくら、パーティでもそこまで深層に潜れるワケがない。アカネを除き。


「…ちょっと待て。アリョーシャダンジョンの海フロアって20階以上じゃなかったか?」


 現役のCランク冒険者のフィヨルドだけあり、その辺りに気が付いた。


「うん。24階。数の暴力で大変だったけど、何とか」


「…ソロってことかよ…旦那は?」


「ギリギリまで助けなくていいって言ってある。そもそも、こうも最上級装備を揃えてもらってるから、怪我する方が難しいんだけど。何度も跳ね飛ばされてるけど無傷」


 全部の装備に【衝撃耐性】が付いてるので、当然だった。受け身を取るのも、かなり上手くなったアカネである。


「……そうか」


 そんな雑談をしつつ夕食を終え、見張りの順番を決めた。

 フィヨルドを除いて二人ずつ三交替で九時就寝。三時間ずつ。

 クジを引いた結果、ガジャルとラバーヌ、オロゾとシュタイン、カラバッサとアカネとなった。真ん中の組が一番貧乏くじだが、仕方ない。


 九時までの二時間程は自由時間。…と言ってもセーフティスペース内でだ。ドロップの整理をしても早く寝てもゲームをしても何でもいい。

 アカネはセーフティースペースの端の方に、さっさとテントを出して中へ入った。風呂に入るのだろう。

 シヴァはさすがに遠慮して、アカネの影から岩の影に移動した。


 ******


「…美味しそうなご飯だったな…」


 シュタインがポツリと呟く。


「言うな。おれらの食生活の貧しさを思い知っちまうだろ」


 カラバッサがたしなめた。


「おれ、Cランクになったら料理上手な彼女を作るんだ」


 ガジャルがそんなフラグを立てるようなことを言う。


「誤解のないよう教えてやるが、Cランク冒険者になったからって寄って来るのは金目当てばっかだからな?」


 フィヨルドがそう教えた。


「フィヨルドさん、彼女いるの?」


 ラバーヌがズバッと訊く。


「聞くな!」


「拠点構えて地道な冒険者してないと難しいわよね。不安定で危険度高いし」


「それでもモテる奴はモテるけどな!」


 確かに。


「それより、水、大丈夫か?何なら出すぞ」


 魔法使いのオロゾがそう申し出ると、ラバーヌとフィヨルド以外は水を頼んだ。ラバーヌとフィヨルドは飲水ぐらいは出せるのである。


「こんな時、いつものパーティの有り難さがよく分かるよ」


「同感。水魔法は比較的覚え易いって言うから、スクロールを買って覚えようかな。攻撃にも使えるし」


「魔力をまず増やさないと、使い物にならないぞ」


「あーそれもそっか。使えば使う程、魔力は増えるんだっけ?」


「そうだ。金に余裕があるなら、ギリギリまで魔力使ってMPポーションで回復してレベルも上げて、って繰り返すと、短期間で魔力を増やせる。トイレは近くなるけどな」


「そのぐらいで増やせるならメリットは多いか」


「無詠唱のコツは?」


「そんなのあったら、こっちが知りたい」


「アカネさん、全部無詠唱よ?訊いてみたら?」


「そう言うラバーヌさんは?」


「秘密かもしれないし、もし、教えてくれたとしても、そう簡単に出来たらみんな無詠唱だから、よ」


「ごもっとも」


「ところで、ラバーヌさんは本当にテントなしで、そのまま転がるのか?」


「そうよ」


「アカネさんに頼んでテントに入れてもらったら?もう一人寝るぐらいのスペースはありそうだし」


 さすがに女性が、と思ったらしく、シュタインがそう勧める。


「ダメよ。これは試験なんだから準備しているものだって加点減点対象だし、アカネさんは初対面の相手をテントに入れる程、危機感薄くないし、甘くもないわよ」


 その通りである。年の功か、ちゃんと見る目はあるらしい。


「それで言えば、初対面の男たちの前で無防備な所をさらすのはどうかと」


「受験者の安全のためにも試験官がいるんだけどな」


「ああ、フィヨルドさん以外の試験官も、な。隠蔽魔法かマジックアイテムを使ってるようだけど、もう二人」


 オロゾがそう言うと、


「え、もう一人だと思ってた」


とシュタインが言い、


「そうだったのか?」


「気付かなかった…」


とガジャルとカラバッサ。


「え、気付いてなかったんだ?アカネさんが巻き込まないよう気を付けてたから、その視線でバレバレだったんだけど」


 待機が多いラバーヌはそれで気付いていたらしい。


「そう。アカネさんは視線が正直だよな…。何となく分かるのか、偶然なのか隠れてる二人に魔物が突っ込んだ時も、流れで二人の方に魔物が集まってしまった時も助けてくれてたけど」


「どれだけ有能よって話よね」


 アカネは探知魔法で分かるだけじゃなく、慣れもあるんだろう、とシヴァは思う。影の中だけじゃなく、隠蔽をかけていることもあるので。

 興味深い話はその程度で、後は雑談なので聞き流した。


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